ゲームをしましょう
シンシア
ゲームをしましょう「〇〇〇危機一髪」編
休日の昼下がり。
お昼ご飯を消化している最中で少し眠たくなる気持ちを抑えつつ、私は書物に向き合っていた。
読んでいる本のタイトルは『魔法指南書─初級─』である。ある人によれば現存する指南書の中で、最も内容が簡単なものらしいのだが私にはさっぱりである。
このまま読み進めていても分からないことが増えるだけな気がするので、一階にいるご主人様の所へ聞きに行くことにした。
冷蔵庫にはレモネードがあったはずなので、気分転換も兼ねてだ。
私は指南書を小脇に抱えて部屋を後にした。
部屋から出ると階段の下から青白い光が差し込んでいるのが分かった。
何かトラブルでもあったのだろうかと脳裏をよぎったが、すぐに杞憂だと判断した。大きな物音は聞こえなかったし訪問者も滅多に来ることは無い。
それどころか常識がある人間はこの家に近づこうともしないので、揉め事とは無縁である。
だが、物音も訪問者も些細な理由の一つだと思えてしまう事実が確かにあった。
この下にいるのは青髪の魔女なのだ。
青白い光に目を細めながら階段を降りると、件の光を発している主がいた。やはりご主人様が奇妙な事をしていたのだ。
テーブルには樽と獣型の人形と幾つもの小さな両刃の剣があり、ご主人様はそれらに青白い光を当てていた。
「ご主人様、何をしているのですか?」
近くに行って声を掛けるとすぐに返事があった。私の事を確認するなり、作業を中断して向き直ってくれた。
「これはですね。おもちゃを作っている所です」
「おもちゃ?」
「言葉足らずでしたね。おもちゃと言ってもただの遊び道具と侮るなかれ。上手に魔力をコントロールするための訓練用の道具です。見た方が理解が早いと思うのでさぁ、さぁ──」
私を向かいの席に促すと、ウキウキとした様子で実演してくれた。
樽に人形をセットしてクルクルと人形を回すだけで準備は終わった。人形は獣型と言っても二足歩行の獣、つまりは獣人であった。
ニコニコとした顔であるが、どう見ても樽に捕らえられた哀れな獣人に見えてしまい少し心苦しい。
「ここに四種類の剣がありますね。もちろん作り物なので危なく無いですよ。これに規定量の魔力を流し込むと──」
ひとりでに剣は浮き始めた。しっかりと規定量を流し込まないと制御が出来ない造りになっているらしい。四種類の剣の違いは魔力の規定量の違いであり、都度細かな調整を強いられる所が難しいのだ。
「浮かせたら後はそのまま樽の穴の好きな所に刺し入れます」
カチッという音がした。しかし、それ以上の変化は起きなかった。これだけであれば人形を上にセットする意味は感じられないし、ゲーム性がなくおもちゃと呼ぶには心もとない気がした。
「この人形に何か仕掛けは無いのですか?」
「これはね……まだ知らない方が楽しめるかも。そうだ! リリーも一緒にやりましょうよ」
「え!!! 私ですか? 魔力操作なんて出来ませんよ」
「ふふーん。そんなこともあろうかと魔力操作なしver.もこちらに用意してありますよ!」
ご主人様はテーブルの下の箱からもう一セット取り出した。樽も剣も同じものだったが人形だけは獣人ではなく人間であった。
「良かったです。こっちは人間なんですね。獣人に剣を向けるのは心苦しいかったので」
「──もしかして、獣人の人形は私に見えましたか? 貴方は本当に優しい人ですね。配慮が足りてませんでした」
ご主人様の手が私の頭の上に伸びる。掌の感触は私の手と同じだ。ご主人様は人間では無く獣人であることに間違いはない。しかし鋭い牙や爪、屈強な身体や毛深い体毛が生えているわけでは無かった。
あるのは頭の上の耳とお尻の尻尾だけで、後は人間と変わりがない。獣人の中でもネコミミと呼ばれる種族である。
私はそれぐらいしか知らないが、特殊な出生であることは理解できる。きっかりと人間と獣人が線引きされたこの世界で、ここまで生きていくのには壮絶な苦労があったはずだ。
生まれの事を抜きにしたとて、大切なご主人様に少しでも似ている人形に剣を向けるなんてこと、私にできるわけがなかった。
「わかりました。ではこちらを使いましょう」
ご主人様は先程の手順で樽に人形をセットして樽の周りには剣をばら撒いた。
「魔力操作なしver.の方の剣は何か違いはあるのですか?」
「はい! 手触りが違います」
「──手触り」
手に取ってみると確かに違った。柄の形や施された意匠が違うので触るだけで判別出来るくらいには手触りが異なるのだ。
ただ魔力の規定量という違いよりは格好良く無いし、地味である。
私が確認している間もご主人様はニコニコと自信満々に微笑んでいるので水を差す気にはならなかった。
それに、迂闊に聞いてしまえば細かな剣の違いについての講義が、始まってしまうのは目に見えているので止めておくのが吉だ。
「私から刺してみても良いですか?」
「どうぞ」
私は赤色の剣を手に取る。
樽には無数の穴が空いている。ぐるっと等間隔に空いているようだ。
どこに刺そうかを考える。そういえばこのゲームの勝利条件とはなんなのだろうか。先程は魔力のコントロールという要素があったので、刺した剣の種類に応じてポイントを付けるとか刺すことの出来た剣の数を競うだとかルールのつけようがあると思う。
しかし、どれでも楽に剣を取ることができ、絶対に刺すことができる魔力操作なしver.は何で競うのだろうか。対面のご主人様は私の様子をニヤニヤしながら見守っているので、おそらくターン制であるのだろう。
私は考えても分からなかったので、適当に刺すことにした。取り敢えず自分の一番真正面の穴に決めた。
「えい」
カチッという音がした。どうやら成功したらしい。
「うん、次は私の番ですね。最初なのでテンポよく行きますよ」
ご主人様は青色の剣を手に取って樽に刺した。カチッという音がする。ちょうど私が刺した位置の反対側の穴であった。
「はい、次はリリーの番ですよ。交互に刺していきましょう」
「このゲームはどうすれば勝ちなのですか?」
「うーん、そうだね──今回だけ特別ルールでびっくりした方の負けにしようか」
「それだと仕組みを知っているご主人様が有利では?」
「それじゃあリリーがびっくりしたら私の勝ち、びっくりしなかったらリリーの勝ちというのはどうかな?」
「はい、それならいいです。ただ私の方が有利ではありませんか。驚くなと言われれば我慢しますよ」
「構わないですよ。リリーは絶対にびっくりしますから」
ここまで言われてしまっては嫌でも勝負に乗り気になるというものだ。驚くということは人形に何か仕掛けがあるに違いない。
せいぜい、首が落ちるとか一定数の剣を刺したら樽がひとりでに周り出すとか、その程度のものであろう。
最初にこれはおもちゃだと言っていたのだ。
私は黄色の剣を取って樽に刺した。
それから気が付けば剣は残り4本となっていた。
次はご主人様の番である。緑色の剣を手に取った。
「悩ましいです。どこに刺しましょう。正直ここまでゲームが続くとは思っていませんでした」
ご主人様の耳がぺったんこに寝ている。相当頭を悩ませているらしく「んー」とか「むー」とか言いながら穴を見比べている。
今更に気が付いたことだが、はずれの穴がどこかに存在するのだ。そこに剣を刺してしまうとなんらかの仕掛けが起動して負けとみなされる。
おそらくこれが本当のルールであろう。だが、今回のルールは私が驚かなければいいのでそれさえ分かっていれば問題ない。電流が流れるかもしれない。剣を刺すときは注意しておこう。
「ここにしましょう。えい!」
カチッという音がするだけで何も起こらなかった。
「ふー、これを外さなかったのは大きいですよ」
私の番が回ってくる。ハズレが一つだけだとすると確率は三分の一である。
「リリー言いことを教えてあげます。これは単なる運などではありません」
「え?」
「よく穴を見比べてみてください。それぞれ違って見えてくるはずです」
私は樽を回しながら残っている三ヵ所を見比べた。しかし、違いなどなかった。
「違いなんてありませんよ。三ヵ所とも同じです」
「見た目はそうかもしれませんが怪しいとか危険だと感じる場所があるのです」
いやそんなわけないのだ。いくら見比べても同じものは同じだ。ご主人様だって四択であれほど悩んでいたのだ。危険な場所がわかるのであれば、あの段階で迷う必要などないはずだ。なので、ブラフである。
「分かりました。これに決めます」
私は青色の剣をとって樽に差し入れた。
すると、カチッという音と共に樽の上の人形が勢いよく飛び出したのだ。
「っわぁ!」
私は思わず短く声をあげてしまった。人形は天井に付くギリギリの所まで飛び上がったと思ったらすごい勢いで落下してくる。途中で軌道は大きくづれて私の方へ向かって来ている気がした。
そのことに気がついた時には直撃を免れない高さまで迫っていた。私は顔を下に向けることで顔への直撃は避けようとした。目を瞑ってあたらないことを祈った。
「ほい。まったく私の大切な人の所に落ちようなんて。そんな事はさせませんよ」
私は目を開けて顔を正面に向ける。身を乗り出しながら私の頭上に手を伸ばしているご主人様の姿があった。
「大丈夫ですか?」
ご主人様は椅子に座り直すと心配してくれた。私はそれに頷いて答える。
「少し、飛び出す高度は調整した方がいいですね。テストプレイに付き合って頂きありがとうございます」
「いえ、楽しかったです」
「何が起こるか知らせなかったので余計に緊張させて怖がらせてしまいましたが、樽に剣を刺していき人形が飛び出してしまったら負けというシンプルなゲームでした」
「怖いことばっかり考えてしまいました。電流が流れるのではないかとか」
「私がリリーにそんな危険なことをさせるわけないではありませんか」
それもそうだと私は笑ってみせた。
「そういえば、本を持ってきていましたね。何かわからないことがありましたか」
「そうでした」
私はテーブルの上に置いた指南書を手に取るとページを開いて見せた。
「ふむふむ、私は貴方の為であればどこへでも駆けつけますから遠慮せずに助けを求めてくださいね」
ご主人様はそういうと椅子を私の横へ運んできて「ここが分からないのであれば、もっと前の話が理解出来ていないはずです」とみっちりと講義が始まった。
ゲームをしましょう シンシア @syndy_ataru
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