死んだ勇者の後始末

海沈生物

第1話

”悪しき魔王の手によって、善なる人々の日常が脅かされた暗黒の時代”


”魔王が使役する恐ろしい風貌をした魔族によって、人類の滅亡の瞬間が迫る中、一人の勇者を名乗る青年が立ち上がった”


”雲すら貫く最高にして最強の武の継承者であるモンク”


”ドラゴンすら一瞬にして焼き切ることができる魔法を扱う魔法使い”


”あらゆる攻撃を耐えることができる戦士”


”この三人の仲間と共に、世界を悪しき魔王の手から救済するため、立ち上がった”



 だがしかし、と心の中で呟く。目の前にあるのは―――自分で言うのも恥ずかしいことだが――――――な仲間を引き連れた、な勇者の死体である。


 半月型の柔和な目に、女神より賜った「聖なる目」を宿した男。男性にしては割と小柄な体型をしており、近所のおばちゃんや同級生から「小動物」と称されて遊ばれるタイプのように見える。だが、その本質はとても気遣い屋で、いつも他者を慮っている。まさに「女神に選ばれた聖人」と評されるに相応しい人物である。


 だがしかし、私はそんな勇者を殺した。それも事故ではない。故意である。しかも恋愛絡みという最悪の理由である。ここ最近、勇者は私の愛する「戦士」ちゃんと典型的な「恋愛フラグ」を立てていたのである。例えばそれは、ふとした瞬間にお互いの手が触れ合って”きゅん”となっていた……みたいなものである。


 私は二人が恋愛フラグを立てている姿を見て、焦った。彼女の作るご飯の美味しさに「戦士ちゃん、私の奥さんになってほしいなー!」と裏返った声で言いながら、

危機感を感じていた。


――――――このままでは、勇者に戦士ちゃんを奪われてしまう。


 ただでさえ、異性愛者である戦士ちゃんと同性愛者である戦士ちゃんでは付き合うことができないというのに。それなのに、ただ「男」で「勇者」という典型的にモテる要素を持った相手に、同じ土壌に立って争うことすら許されないまま、彼女を奪われるなんて。そのことが、どうしても許すことができなかった。


 それからの私は早かった。翌日、森の倒木に横たわって皆が寝静まった頃に睡眠薬を調合した。その睡眠薬を料理に混入した。三人が眠ったのを見計らうと、眠った勇者の頭に手頃なサイズの石をぶつけた。その上で、彼の愛用品でいつも腰に身に付けている短剣でお腹をめった刺しにしてやった。


 いくら最強の勇者であっても、何度もめった刺しにすると死ぬものらしい。心肺停止。彼は最期まで健やかな顔で眠りながら死んでいった。まさに「聖人」という死に方で、彼は私たちとは違う「特別」な人間であった事実に少しブルーな気持ちになる。


「それで、どうしようか」


 まず、パーティーメンバーにどうこの惨状を説明するべきなのか。「オークやゴブリンが突然襲ってきて……!」と誤魔化すとして、無理がある。本当にモンスターに襲われたのなら、こんな人為的な傷を受けない。彼らは人間のことを「狩るべき肉」以上のものとは思っていない。恐らく四肢を引きちぎり、むさぼり喰われ、骨だけになっているはずである。戦士ちゃんはともかく、モンクはそこまでバカではない。そんな説明をすれば、私が真っ先に疑われるだけだ。


 それなら、他の選択を考える必要がある。例えば……そう。


「自分以外のパーティーメンバーに罪を擦り付ける、とか」


 今は真夜中であり、都合よく睡眠薬によって二人は眠っている。私は彼女の方を一瞥もせず、真っ先にモンクの顔を見る。


「……」


 モンクは普段からチームの中でムードメーカーである。内気な戦士ちゃんと肝心な時以外は寡黙で何も喋らない勇者を上手くサポートしていた。私も恋敵ではない彼とは何度か言葉を交わしており、それなりに情を持っていた。だが、それはそれ、これはこれである。私にとって、最も優先されるべきは「戦士」ちゃんである。他のものの優先順位など、下の下である。私はそっとモンクの手に血塗れの短剣を握らせる。


「……本当にごめんな、モンク」


 私は女神様に祈る時と同様に手を組むと、なむなむと心の中で感謝する。ピクリと少しだけ眉を動かしたように見えたが、すぐに寝息を立てたのを見て、一安心する。


 そして、翌日。朝に弱いことから睡眠薬関係なしに爆睡していた私は、午前五時という早朝に起こされた。いつもは目覚まし魔法ウェイク・マジックという目覚まし時計みたいな魔法の爆音によって目を覚ますが、今日はそれよりも先に彼女から起こされた。


「……」


 寝起きから美少女の顔が現れて、心臓が止まるかと思った。ぽろぽろと涙を流している彼女の表情に「泣いている姿も可愛すぎる」と普通に最悪なことを思いながら、心配げな表情を浮かべてあげる。


「戦士ちゃん。朝からそんなに慌てた顔をして、どうかしたの?」


「魔法使いちゃん! あ、あの……勇者くんが……勇者くんが……!」


 私の胸の中に顔を埋める戦士ちゃんに心臓をドギマギさせながら、どうやら私の罪がばれていないことに一安心する。私は彼女が落ち着くまで頭を撫でてあげると、泣き止んだ彼女から何も知らないふりをして事情を聴く。


「あのね……実は、朝起きたら勇者くんが死んでいて」


「……そう」


「そ、それでね? うちのパーティーって全員攻撃職でしょ? だから、急いでバッグにある薬草を全部丸吞みさせて、回復してもらおうと思ったの。でも……」


 彼女は顔を俯かせ、顔に白い布を被せられた死体を指さす。指先にあるのは、私が殺した時よりは身体が少し白くなった勇者の姿である。ここはドライアイスもなければ冷房もない、ただの森である。時期に放置していれば勇者の死体は腐り、酷い腐敗臭を撒き散らし、鳥のモンスターの集団に肉を啄まれ、顔すら分からない肉塊になることだろう。


 それは良かった。だが、妙なことに気付く。その隣に、もう一つ白い布がかけられた死体があった。これは記憶にないものだ。私が昨夜殺したのは勇者である。それ以外の……モンクは殺していないはずだ。それなのに、勇者の隣にはあるべきではないモンクの死体があった。背中に冷や汗が流れるのを感じる。


「ねぇ、戦士ちゃん。あの……モンクも死んだの?」


 私が困惑した表情で聞くと、彼女は勇者の死を語った時とは一転して瞳の奥に強い怒りを宿した。


「あいつは……あいつは、私が殺したよ。本当に酷くで残虐なやつだったんだよ? サイコパス界のサイコパスクソ成金大王だったんだよ! 甘いマスクにろくでもないものを被った、偽善野郎だったんだよ!」


「お、落ち着いて、戦士ちゃん! 戦士ちゃんが殺した……って本当に?」


「そう……そうだよ。勇者くんを殺した癖に、その隣で健やかな顔で笑っていたの。

私が起きて気付いたのを見たら、寝ている魔法使いちゃんの顔を一瞥して、”俺が勇者を殺した”と言い放ってさ。それが……それがそれがそれがそれが、許せなかったの。でも、これって当然のことだよね? 悪いことをしたやつは罰せられるのが道理だ、って女神様も経典で言ってるんだから」


 彼女は目を三徹目みたいにギラギラと輝かせながら、虚空を見上げてゲラゲラと笑った。他の人がこういうことやっても「中二病かよ、キモ……」と思うだけだが、美少女である彼女がやるとめちゃくちゃ可愛いな、と贔屓目なことを思う。


 それから、私たちはモンクの死体を近くにあった池に投げ捨て、勇者を木で作った棺桶に入れて丁寧に土葬して墓を作った。二人による、初めての共同作業である。

一仕事終えて勇者の墓の前で一息つくと、遠方にある魔王城を二人で見る。


「……ねぇ、魔法使いちゃん」


「なにかしら、戦士ちゃん」


「絶対に悪しき魔王を倒して、二人で世界を善なる光で照らそうね! それで……全てが終わったら……ここに眠る勇者くんのお墓に報告に来ようね」


 彼女は少し陰りがあるが、それでも前を向こうという意思の宿った、透き通った瞳を私に見せる。……嘘、四徹目ぐらいの「ギラギラ」どころか「ギラギラギラ」ぐらいの危うい瞳である。普通に心配であるが、これからは私が手厚いサポートをするので問題はないだろう。


 私は戦士ちゃんの言葉に「……そうだね」と静粛な顔で返すと、バレないようにこっそりと彼女の髪にキスをした。恐らく、私は地獄行きであろう。こんなろくでもないことをしたのだから。それでも、今のこの幸せだけは、勇者とモンクの屍の上にある幸せだけは、確かにここに「ある」ことを感じていた。

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