GRヤリスを買った話 

一ノ瀬ミナト

 GRヤリスだと思ったのに

 203X年、一人の大学生にある悲劇が起こった。

 私立大学に通う三回生のいつきはコツコツと貯金して、ついに念願の愛車を購入した。


 今日はバイト先に愛車を見せびらかす日。

 ガソスタの青い制服に身を包んだいつき。

 彼はウキウキ気分でバイト先に向かっていた。

「ついにオレの愛車を見せる時が来たぜ。マニュアルは高すぎて買えなかったけど」


 いつきはガソリンスタンドに車を滑り込めた。

 パワーウィンドウを開けて、学校の先輩に手を振った。

「どうしたんだよ? 今日は親のN-BOXじゃねえのか」


 ピカピカに磨き上げられた真紅のヤリス。

 いつきは運転席を開けて、先輩に話しかける。

「ジャ~ン、オレもクルマ買いましたよ」

「おおっ、GRヤリスじゃねぇか。テンロクターボかよ」

「今日納車したてなんですよ」


 いつきはニコニコ顔で話を続けた。

「このクルマすごいんですよ。ボディ剛性はあるし、重さも軽いからすいすい走るし」

「ヤリスは俺のフィットより速いじゃねぇか」


 先輩はヤンキー座りで黒いホイールをのぞき込んだ。

「おっ、足回りは純正の18インチか」

「お金が貯まったらホイールも鍛造に替えますよ」

「いいね。レイズとか、エンケイとか」

「ホイールは後回しかな」

「いつき、ちょっと吹かしてくれよ」

  

 いつきは運転席に乗り込んで、左のスタートボタンを押した。

 二眼のアナログメーターが振り切れる演出。

 アクセルをベタ踏みするが、エンジンはうなるだけだった。

「4000で制御が入るな。レブまで回らねぇな」

「ですよね。レッドまで回したいですよ」


 ヤリスには二本出しマフラーが生えていて、でかい羽根もついていた。

「で、いくらで買ったんだ? いつき」

「すっごく安く買えたんですよ。50万」

「マニュアルか?」

「安かったのでオートマですよ」


 バイト先の先輩は首を傾げた。

 GRヤリスにしては価格が安すぎる。

「妙だな。ボンネット開けてみろ」


 いつきは言われた通り、運転席に潜って右下のボンネットオープナーを押した。

 ガチャと音が鳴ってボンネットが開く。


 ボンネットを開けた先輩は絶句した。

 あるべき場所にタービンが見当たらないのだ。

「これ…… RSじゃねぇか。RZじゃないぞ」

「えっ!?」

「おかしいと思ったんだよな。GRヤリスがたったの50万な訳ねぇ」


 いつきも先輩と一緒にボンネットをのぞき込んだ。

 そこには1.5リッターのエンジンが鎮座していた。

「こいつは120馬力しかねぇぞ。俺のフィットRSは132馬力だからな」

「先輩のは確か6速マニュアルでしたっけ?」

「そうだよ。三代目のフィットだよ」

 

 先輩は必死に笑いをこらえていた。

「そもそもな。馬力が違いすぎるんだよ。前期のRZは270馬力、こいつは120馬力しかねぇ」

「そんな…… 」

「お前! ちゃんと確認して買ったのか? 車屋に一杯食わされたな」



 いつきは車屋にオートマのGRヤリスが欲しいとしか伝えてなかったのだ。

 車屋は考えた。予算的にRSグレードしか買えないと。 

 特にグレードを指定しなかったイツキも悪いが。

 いつきに確認を入れなかった車屋も悪い。


 先輩はいつきを励ました。

「運転の練習にはいいクルマだろうな」

「先輩、どうしましょう?」

「まぁ、専用のコンピューターとHKSのマフラーに変えろ。数十馬力は上がるだろう」

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GRヤリスを買った話  一ノ瀬ミナト @RAM06

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