二月三日
クロノヒョウ
第1話
「ねえお婆ちゃん。あのおはなしして」
ある日の夜、女の子がそおっとお婆ちゃんのお布団の中に潜り込んできて言いました。
「おやおや、またあのおはなしかい?」
「うん」
「お前さんはあのおはなしが好きだねえ」
「うん! 大好き!」
「そうかいそうかい。わかったよ」
女の子は嬉しそうにお婆ちゃんの顔を見つめていました。
「むかぁしむかしのおはなしだ。人は何か悪いことが起こると『鬼が出た』と言っていた時代さ。特に季節のかわりめは鬼が出るっていわれていてね」
「鬼さん、怖いね」
「ああ、鬼が出て病気をしたりケガをしたりしないように邪気を祓わなければならない。そこでだ。ひとりのある勇敢な男が鬼退治にでかけたのさ」
「それで?」
「鬼退治とはいってもまだその頃はどうやって鬼を退治するのかわからなかったからね。男は途中の山で集めた木の枝を研いでヤリを作ったり石をたくさん拾ったりと使えそうな物をうんと持っていったのさ」
「でも、鬼さんにはどれも効かなかったんだよね」
「ふふ、ああそうだ。いくらヤリを投げても鬼の体は固くて刺さりゃしない。いくら石をぶつけても鬼にとっては痛くも痒くもなかっただろうよ」
「鬼さん強いねえ」
「男が用意した物、その辺にある物全てを投げても鬼は平気な顔をしていた。男はたいそう疲れ果てていたよ。ずっと投げ続けていた左腕はとうとう死んだように動かなくなってしまったんだ」
「うん」
「男はそれでも必死で何かないかと考えた。すると自分の食料のためにポケットの中に入れておいた炒った豆のことを思い出してね。鬼が男に襲いかかろうとした時に最後の力を振り絞ってポケットからその豆を取り出して鬼に向かって投げたんだ」
「それで、それで?」
「危機一髪さ。男の目の前まで迫っていた鬼は豆をぶつけられたとたん、たいそう苦しみながら逃げていったんだと。それからさ。鬼を追い払うために豆をまくようになったのは」
「へえ~」
「男の左腕が死んだ日、その日はちょうど冬から春へと季節が分かれる日でね。節分と呼ばれるようになったのさ」
「はあ~。やっぱり面白かったぁ~」
「そうかいそうかい。それはよかった。さあ、もう寝ないと」
「うん、お婆ちゃんありがとう、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
女の子は満足そうな顔をしながら寝息を立て始めました。
その様子をそっと見守っていた女の子の両親。
「さあ、この子は俺が」
そう言うと父親は眠ってしまった女の子を抱きかかえお婆ちゃんの部屋から出ていきました。
その姿を見届けた母親が言いました。
「お婆ちゃん、続きはまだ話してないのね」
「続き? 続きなんてありゃしないよ」
「でも……」
「もしも続きがあったとしても、わざわざ話す必要もないだろうよ」
「あの子がもう少し大きくなって、豆を食べることができないと知ったら?」
「豆を食べれない人間なんていくらでもいるさ」
「そうかしら……それに、毎年節分の日にこうやって山の中の別荘に逃げ込んでいればいつかは気がつくわ」
「もしもあの子に聞かれたら、その時は教えてあげればいいさ。あたしたちは鬼の末裔なんだってね。でも今はもう人間と何も変わらないって」
「あの子、ショックを受けて落ち込んだり哀しんだりしないかしら」
「大丈夫。その時は父親の話をしてあげればいい」
「ああ、ふふ、そうね。あの人は鬼を退治した男の末裔だったわね」
「まったく、とんだめぐり合わせにはあたしも驚いたよ。まさかまさかだ」
「ええ、これも何かのご縁かしらね」
「……さあ、あたしはもう寝るとするよ」
「はい。あ、お婆ちゃん何か必要な物はない? 明日は家から出られないし、あの人の左腕は死んでしまうし、何かあれば今のうちに」
「大丈夫、ありがとよ」
「じゃあね、おやすみなさい」
「おやすみ」
それから母親は明日の節分の日に備えてしっかりと戸締まりをし、愛する夫と娘と一緒に眠りにつきました。
完
二月三日 クロノヒョウ @kurono-hyo
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