短編応募の危機一髪

水乃 素直

第1話 短編応募の危機一髪

 俺たちは、地元のインドカレー屋に居た。

「そういえば、水乃先生」

「なんだい、T先生。デビューも作品の更新もろくにしてない俺のことに『先生』という敬称をつける唯一の人。俺の小学校の友達で、小説を書く同志ともよ」

「めちゃくちゃ説明文的すぎるよぉ」

「すまんね」

 チーンを鐘を鳴らすと、店員がやって来た。

「ハイ、注文ドウゾ」

 店員に注文を済ませた俺たちは、カクヨムコンテストの話をした。

「実は、今もやってるんすよ。カクヨムコンテストの短編でテーマごとに書くやつ」

「おー、あれか」

 言わずと知れた超絶怒涛の人気小説サイト、カクヨム。その人気は止まるところを知らず、人類はおろか、果てのアンドロメダ銀河にまで渡ってるとか。

「前回、あれで図書券貰えたので、今回もやろうかなーとは思うんだけど……」

「確かに確かに、ちなみに、いつまでなの?」

「明日です」

「ふーん、明日かぁ…」

 俺は、インドカレーを食べ切り、マンゴーラッシーを飲みながら外の窓を見た。

「やる気が湧かないなぁ」

 T先生は

「いやいや! 頑張りましょうよ!」

「図書券でしょ、それだけじゃあ、物足りないよね」

 すっかり眠たくなって来たところで、T氏が告げた。

「そうそう、言い忘れてましたけど、今回の抽選の景品は石油が取れる、油田らしいですよ」

「油田!? マジか」

「やる気、湧きましたね?」

「そうと決まれば書くしかない!」



 俺たちは、飛行機に乗っていた。

「で、水乃先生」

「何だい。T先生」

「なんで、飛行機なんですか」

「先にサウジアラビアに行って、本当にKADOKAWAが油田を持ってるか確認したくてね」

 一瞬の沈黙。

「いや! それよりも先に作品書きましょうよ!」

 T先生の抵抗は虚しく響いた。

 書くも書かないもあるか、抽選の景品が油田という情報。それが嘘だったら、せっかく書いても意味がない。油田! 石油! 大金持ち!

 その時、一発の銃声が響いた。

「キャーー!!」

 男の声がした。

「騒ぐな! 騒いだらそいつも撃つ!」

 窓を見ていた私とT先生は、通路の奥を見た。

「なになになになに」

「ハイジャックですね」

 どうやらハイジャックも同乗していたらしい。やれやれ。

 俺はゆっくりと立ち上がり、ハイジャック犯に近づいた。

「おい、ハイジャック! バカな真似はよせ!」

「なんだお前、撃つぞ!」

「撃ってみろ!」

 ハイジャックは本当に撃って来た、でも俺は、弾丸を素手で掴み、高速で相手にパンチした。相手は、俺の高速パンチに反応できず、どーんと後ろに倒れて、そのままぐでーんとした。

「ぐぁ」

「せ、先生!」

「カクヨムに投稿する者なら、これくらい普段から鍛えている」

 誰かが言った。「その割に、倒した描写が下手くそじゃねえか。意味分かんねぇよ」


「おい! 誰だ今悪口言ったやつ! 言って良いことと悪いことあるだろ! 出てこい! 許さんぞ! お前か!? 違う、お前か!?」

 俺は飛行機の中の犯人を探したが、見つからなかった。「許さねぇからな!!」



 我々は喫茶店に居た。

「水乃先生」

「なんだい、T先生」

「戻って来ちゃいましたね」

「そうだな」

 サウジアラビア行きの便は「安全確保のため」日本に帰ってきた。結局、サウジアラビアには行けずじまいだ。

 俺はなんとかフォローに努めた。

「まぁ、そういうこともある。これも良い経験だ。またこれをネタに小説を書くのだ。全ての作家は物語を作るのだ」

 ハイジャック班の邂逅は今回のテーマ「危機一髪」にもふさわしい。どんな物語を描こうかな。そんな妄想を膨らませる横で、スマホを見つめたT先生は、

「あ」

と言った。

「何だい」

 T先生は、真剣な眼差しで言った。

「水乃先生……締め切り過ぎてます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編応募の危機一髪 水乃 素直 @shinkulock

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説