パンドラの危機
杉野みくや
パンドラの危機
その日、世界は滅亡の淵にさしかかっていた。その元凶は他でもない、俺自身だ。
きっかけは、ほんの出来心だった。
大手企業や政府機関のハッキングに次々に成功して調子に乗っていた俺はあろうことか、世界中のありとあらゆる国防軍にサイバー攻撃を仕掛けてしまった。世界中の防衛システムを手中に収めた俺はまさに世界の独裁者気分。愉悦に浸りながらどんな機能があるのかいろいろ物色していたところ、誤って防衛ミサイルを発射してしまった。
ミサイルは世界中のあらゆる国へと飛んでいき、各地を一瞬で恐怖にさらした。
自動迎撃システムが配備されている国では事なきを得たものの、そうでない国では甚大な被害をもたらした。
その結果、良好だった各国間の関係は一気に崩れ、あちこちで大規模な戦争が勃発。過去最悪の世界大戦へと突入した。
すぐに防衛システムを手放したものの、既に手遅れ。上空をミサイルが飛び交い、空襲警報が鳴り止まない日々は終わらなかった。聞けば、遠方の国では核爆弾も落とされ始めたと聞く。
人類滅亡の足音が刻一刻と近づいていた。
外を走っていると今日も、防災無線やスマホから空襲警報が鳴り始めた。毎日この危機感を煽るような音を聞いているせいでノイローゼになりそうだ。
天高くそびえていたビル群は軒並み崩れ、今では見る影もない。あちこちにガラスの破片が飛び散り、死体の腐った臭いが町中に漂う。
「こっちだ!逃げろ!」
いまやシェルターへと変わり果てた地下鉄の駅。そこへおじさんが必死に誘導する。しかし、俺はそれを無視して走り去っていった。
自分で引き起こした厄災だ。せめて、自分の手で終わらせなければ。
そのためには、世界中の防衛システムをもう一度ハッキングし、これ以上の被害を食い止める。その上で自分の罪を余すことなく懺悔するしかない。
これは「使命」とかいう聞こえの良いものではない。世界中の平和を奪った俺に課された最低限の義務なのだ。
世界大戦が勃発してからというもの、各国の防衛システムのセキュリティは尋常でないほど強固なものになっていた。そのため、世界中の防衛システムを一斉にハッキングする目処がなかなか立たなかったのだ。
だが今日、ようやくその目処が立った。後は通信が安定して確保できる安全なところからコンピュータをつなげるだけ。
俺が向かった先は、警視庁本部の地下2階。建物部分は攻撃によって見るも無惨なものになっているため、警察機能は防衛省に移っていると聞いていた。
ここなら誰もいないはずだ。
瓦礫の山をかいくぐり、地下2階にたどり着く。予め入手しておいた警察のIDカードをスキャンすると、扉のロックがガチャリと解除された。
中に入ると同時に、上からドーン!という重い音が聞こえてくる。空襲が始まった。罪悪感がまたひとつ、背中に強くのしかかる。
さっそくノートパソコンを開き、ネットワークにつなげ始める。さすがは警視庁本部、こんな状態でもしっかりつながる。慣れた手つきでハッキングプログラムを作動させ、世界中の防衛システムへ一斉にハッキングを仕掛けた。
「……」
時間がいやに長く感じる。もちろん、セキュリティが固くなっているというのもあるが、それでも実時間にしてみれば1分もかかっていない。
それでも、体感では何倍も長く感じられた。
(早く、早く終わってくれ……!)
柄にもなく必死に祈っていると、ピーッ、という単音が耳に入ってきた。食い入るように画面を凝視する。
「なっ!?」
目の前に表示されたものを見て思わず言葉を失った。
画面には大量の核爆弾が静かに並べられている映像が表示されていたのだ。右下に表示された発射予定時刻まではもう5分もなかった。
「まずい……」
背筋に変な汗が伝う。これでは人類どころか、世界中のありとあらゆる生物が死滅してしまう。
さらに最悪なことに、核爆弾を準備しているのはこの国だけではなかった。核を持つあらゆる国が発射に向けての準備を行っていたのだ。
世界の命運は俺の手に握られている。震える手を押さえつけ、正確に操作を行っていく。
幸いなことに、国によって発射予定時刻にはかなりのバラツキがあった。人生史上最大級に頭を回転させながら、発射阻止の優先順位を決めていく。
核軍備システムへと移り、画面に列挙される。ひとつ、ボタンを押し間違えれば、即座に発射なんて事態も十分にあり得る。そんなヘマはもうできない。
どの国も順調に発射阻止の手順を踏んでいき、残るは最後の1ヵ国だけになった。その防衛システムに残された時間はおよそ3分。
既に頭はオーバーヒート気味だった。変な汗が背筋を伝い、犯した罪のだが、落ち着いてやれば対処できるはず。
慎重に手を動かし、ひとつひとつ確実にステップを踏んでいく。
このまま何事もなく、上手くいってくれ……!
――ブーッ。
「は?」
画面いっぱいに表示されたエラー画面。一瞬、思考がピタリと停止する。
「管理者権限が、ない?」
慌ててアクセスログや内部プログラムを解析してみる。これを見る限り、どうやらメインコンピュータには通常用と緊急用の2種類があるらしい。そして、管理者権限が付与されているのは後者のようだった。
「クソッ。時間がねえっていうのに……!」
その国の防衛システムからいったん手を引き、再度ハッキングを試みる。管理者権限の付与されたコンピュータに潜り込めた時には、もう1分しか残されていなかった。
さっそく核の発射システムへとつなげる。
残り45秒。発射システムの中から中止命令を送信する場所を見つけた。
残り30秒。管理者パスコードを要求された。
残り20秒。パスコードの在処が見つからない。
残り10秒。ようやくパスコードを突破。急いで発射中止命令の手順を踏んだ。
残り5秒。最後の確認が表示される。
「止まってくれー!!」
そう願いながら、Enterキーを強く押し込んだ。
――残り2秒。発射が、中止された。
「……止め、られた」
まさに間一髪。最悪の事態はなんとか免れた。
肩の力がするする抜けていく。
しかし、ここで息をついている暇はない。俺にはまだ、やり残されたことがある。
姿勢を戻し、今度は各国政府の広報機関につなげる。配信ソフトとカメラを起動し、自分の顔が映っていることを確認すると、深く息を吸った。
「はじめまして。みなさんにお話したいことがあります。私は――」
その後、俺は自らの罪を世界中に懺悔した。自分のやったこと、そのせいで多くの人々の日常を、命を奪ってしまったこと。
その模様はインターネットを通じて瞬く間に全世界へと発信された。
発射を食い止めた部分だけ切り取って見れば、世界の危機を救った英雄。だが、ことの顛末を知れば、大罪人のレッテルに上書きされる。
でも、それでいい。どんな刑罰だって甘んじて受け入れる覚悟だ。
扉の方からたくさんの足音が聞こえてくる。もうすぐ警察がここにやってくるだろう。
全てを手放し、ゆっくり天を仰ぐ。灰色にくすんだ天井がやけに綺麗に見えた。
パンドラの危機 杉野みくや @yakumi_maru
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