兼任ヒロイン

香久乃このみ

危機一髪!?

 それは交差点近くのビル前で、友人と待ち合わせをしていた時だった。

(風が強いなぁ……)

 頭上で看板がギシギシと音を立て揺れている。

(落ちてきたりしないよね)


 そんなことを思いながら、少しだけ場所を移動した時だった。

 通りの向こうから悲鳴が上がった。

「その人、ナイフ持ってる!!」

(え?)

 何やら周囲を大声で威嚇しながら、こちらへ駆けてくる男の姿が目に入った。

(やばい人だ!)

 私は、咄嗟にその場から逃げ出す。

 その時、頭上でガコッと音がした。

 激しく揺れていたビルの看板が外れ、風にのってこっちへ飛んでくる。

(嘘でしょ!?)

 それを避けるため、私はやむなく車道へ飛び出す。

 けたたましいクラクションの音が耳をつんざいた。

(!)

 私に迫る緑の車。

 運転席の男が、目をひん剥いている様子まではっきり見えた。



「危機一髪だったタマね」

 気付いた時、私はキラキラと輝く虹色の空間にぼんやりと浮かんでいた。

「え……」

 目の前には白いツチノコみたいな、ぽてっとした蛇がいる。

 ぬいぐるみのようにつぶらな目をしていて、怖さは全く感じない。

「ここ、は?」

「世界の狭間はざまタマ!」

 世界の狭間?

「ボクはミタマだタマ。神様のお使いで、のえるを迎えに来たタマ」

「私を迎えに?」

「そうタマ!」

 ミタマと名乗った白い蛇は、つぶらな瞳をキリッとさせる。

「ボクの世界では今、邪龍が目覚めかけているタマ。『鎮魂の乙女』である、のえるの力が必要なんだタマ!」

 何やら乙女ゲーっぽいこと言い出した。

 さしずめこのミタマと名乗る蛇は、マスコットキャラクターだろうか。

「いきなりそんなことを言われても。『鎮魂の乙女』って何?」

「ボクがのえるの中に眠る力を目覚めさせれば、のえるは邪龍を鎮めることが出来る特別な存在になれるタマ!」

「……それって、私以外でもいけたりしない?」

「そんなことないタマ! のえるじゃなきゃだめタマ!」

「そうなんだ……」

「チート能力で無双できるタマよ! イケメンも、よりどりみどりだタマ!」

「虚栄心刺激して、色欲で丸め込もうとするのやめようか」

「なんでそんな哀しいこと言うタマ! もっと欲望に忠実になれタマ!」

「乙女ゲーのマスコットキャラにあるまじきセリフ言った!?」

「だーっ、しのごのうるさいタマね! ちゃっちゃとボクの世界に連れてくタマ!」

「え? あ、ちょ!!」

 目に見えぬ力が私を吸い寄せる。

 その先に小窓のようなものが見えて来た。

「行くタマよー!」

(窓の向こうに、日本昔話みたいな光景が見える!!)

 そう思った時だった。

「オ待チクダサイ!」

「渡しませんよ!」

 目の前に影が二つ飛び込んできた。

「ぶほっ!?」


 勢いよく衝突し、私たちはそれぞれひっくり返る。

「いたた……、何?」

 私はぶつけた鼻をさすりならら、闖入者を確かめる。

 片や、長いアームとモノアイのついたバケツサイズのロボット。

 片や、金色の髪と白い翼を持つ天使っぽい美女。

 ロボットは起き上がるとモノアイをくるくると動かし、私へ近づいてくる。

「オ待チシテオリマシタ、指揮官ノエル殿。我ラノ世界ヲ救ウ希望」

 ――指揮官?

「勇者のえる、私とともにいらしてください。今、私どもの世界には未曽有の危機が迫っているのです」

 ――勇者?


「だーっ、散れ散れタマー!」

 存外ガラの悪いマスコット白蛇が割り込んでくる。

「何を勝手な事言ってるタマ! のえるはボクがここへ連れて来たんだタマ! のえるは『鎮魂の乙女』として、ボクの世界を救う使命があるんだタマ!」

「ソレハ困リマス。我々ノ世界ニオイテモ、彼女ハ必要不可欠ノ存在」

「のえるが来てくれなくては、私の管理する世界が滅んでしまいます。さぁ、のえる」

 え、えぇ~……。

 なにこれ。

 異世界へのスカウトが、同時に三つ?


「お前らしつこいタマ! ボクはのえるの魂をここに連れてくるため、一人の人間の心を操り、あの世界ののえるの体を終わらせてきたんだタマ! ナイフも渡したタマ!」

 は?

「ソレヲ言ウナラ私モ、車ノブレーキガ利カヌヨウ操作イタシマシタ」

 おい。

「私だって、風の精霊に命令し看板をぶつけさせましたわ」

 何やってくれてんだ、お前ら。

「帰る」

「「「待って!!」」」

 チュートリアルキャラどもが、私の服を掴む。

「今更、元の世界には戻れないタマ! 心の臓を一突きされたんだタマ!」

「車ニハネラレタ後、壁ニ激突シ、全身骨折シテマス!」

「とどめに看板が頭に刺さってますわ! 今、体に戻ったりしたら……」

 もう一度言う。

 何やってくれてんだ、お前ら!

 危機一髪じゃないし! 全部直撃してるし!!

「お願いするタマ! どうしても『鎮魂の乙女』の力が必要なんだタマ!」

「指揮官殿!」

「勇者様!!」

「チート能力デ無双デキマスヨ!」

「イケメンに囲まれて取り愛溺愛うはうはですわ!」

 わかった、お前ら一旦そこに一列に並べ。


 頭にでっかいタンコブを作った三人が、私の前に正座をしている。

「……こうなってしまった以上、後戻りできないから腹をくくるけど」

 私は腕組みをして、仁王立ちとなる。

「どこかの世界を選べば、どこかの世界が破滅する。その選択を私はしたくない。自分のせいで世界が滅んだなんて寝覚めが悪いから。私が行く世界を、あなたたち三人で相談して決めて」


 三人はなにやら喧々諤々と相談をする。やがて話がまとまったのか、頷き合うとこちらを見た。

「決まった?」

「「「ハイ」」」

 三者はそれぞれ白い光を手から放つ。

 三つの光が一つになった瞬間、私はこじゃれたワンルームの中にいた。

「?」

「ここが、のえるの待機所になるタマ!」

「待機所?」

「ソシテコチラガ……」

 ロボットが壁に向かってビームを放つ。

 するとそこへ三つの扉が現れた。

「我々ノ、ソレゾレノ世界ヘ通ジル扉デス」

「は?」

「のえる様には、公平に三つの世界を救っていただきますわ!」

 なんでそうなった!?

「では、ご自身のタイミングで救いに来てください」

 そう言うと、ミタマは和風の木製の引き戸、ロボットはメタリックな自動扉、天使はツタの絡む金色の両開きの扉の向こうへと消えて行った。


「ソシャゲを三種類同時にやるのとはわけが違うんだぞー!」

 アレだってイベントが重なると結構大変だ。

 クリスマスイベントとかバレンタインイベントでは、どの世界の誰と過ごすか選ばなきゃいけなくなる。

 いや、ソシャゲじゃないから、そこは心配しなくていいか。

 あと三つの世界のそれぞれに、メインメンバー何人いるんだ!?

 名前を覚えられる自信がない。


「はぁ……」

 私はワンルームのベッドにごろりと横になる。

(……これは夢だ)

 私は現実逃避して目を閉じた。


 ――終――

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兼任ヒロイン 香久乃このみ @kakunoko

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