ある勇者の危機一髪
氷垣イヌハ
第1話 死んでもやり直せる世界で
死んだって蘇られる。そんな世界なら危機感というものはなくなる。
だから、死んだっていい。やり直せるんだから。
そう思っていたころが私にもありました。
でもそんな考えはこの世界に転生してきて数日で消えてしまった。
このままじゃ不味い。勇者が死ぬ。
そうなれば当然、仲間である私も道連れにされてしまう。
剣と魔法のファンタジーな世界で日々戦いに明け暮れる生活はロマンがあるようで実のところとても厳しい。
なんか当然のごとく魔法使いに生まれ変わった私だけど最初から強いなんてことがあるはずもなく、今も初心者冒険者の最初の難敵なんて言う魔物と戦っている。
しかし、その戦いがひどく泥臭い。勇者は素手ゴロで魔物と殴り合っている。
その後ろの私は杖で隙を見てポコスコ殴りつける。
もう魔法を使うための力が尽きて使えないのだ。今まさに肉弾戦。
そしてついに、勇者は力尽きた。
ぐちゃりと湿った嫌な音とともに勇者は倒れる。
「ひい、やめ……」
悲鳴を上げる間もなく、私も魔物の凶刃に倒れた。
不思議な光が周囲を包み私たちは神殿に運ばれてしまった。
「おお、勇者たちよ。いまいちど死の淵より蘇り、再び魔を打ち払いたまえ!」
神官のその声とともに目を開ける。
私は神殿の奥、神の石櫃の中で目を覚ました。
「今回も散々な目にあったようですね……」
すっかり顔見知りになってしまったシスターが微妙な笑顔で迎えてくれた。
「うう、もうお嫁にいけない……」
「大丈夫ですよ。ここにはシスターしかいませんから」
今の私はスッポンポン。裸である。
シスターの配慮のお陰で一応白い布は纏っているので誰に見られたわけではない。
そうは言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。
この世界の神は勇者とその仲間に加護を与え死んだ後生き返らせる。
その場所がここなのだ。
生き返るけど荷物はそのまま森の中に落としてきてしまった。
文字通り、裸一貫からやり直しにされるのだ。
「エリー、無事か?」
腰に布を巻いただけの男が突如部屋に駆け込んでくる。
私は悲鳴を上げ近くにあった神具を投げつける。
それは男の頭に当たると卒倒させた。
「し、死んでる」
シスターは恐れおののく。再び不思議な光が神殿の一室に差し込み男の姿を消した。
「何か着るものを下さい……」
何度目かわからない情けない言葉をシスターに告げ私は別室で着替えをした。
「酷いぞ、エリー。いきなり石像を投げつけるなんて」
着替え終わって戻ると勇者が再び腰に布を巻いただけで立っていた。
禿頭のほぼ全裸の男。本来神殿内にこんな男が居たら即時案ものである。
でもこの男は勇者。仕方がない。
「また、禿げた…… なぜなんです。神よ」
そう言って神殿の床に膝から打ち崩れた。
神殿は死んだものを生き返らせる。
何故か髪の毛はなくなるのだ。
そう、髪の毛は死細胞。最初から死んでいる。
毛根まではなくならないけど、生き返るたびに毛がなくなるのだ。
私も全身すべすべのつるつるになっている。これだけが死んだときのメリット。
全身脱毛がお手軽にできるのだ。女の命の髪の毛だけど、この世界、女性はほとんどの人がウィッグなのでそこまで困らない。
眉もメイクで整えるから困らない。
ツルスベ美肌のために勇者の従者になる女子も多いほどだ。
「同じ死細胞である爪や歯は元のままなのにね……」
私はぼそりと呟いた。勇者ははげたことを嘆き嗚咽を漏らす。
絶対にこの世界の神は少し悪ふざけをしている。
生き返る時たまに笑い声が聞こえるから。
そして今日も命の危機と引き換えに勇者の髪は去っていく。
ある勇者の危機一髪 氷垣イヌハ @yomisen061
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