第4話 緋月さんとお昼ごはん
お昼の時間。僕は自前のお弁当を持って外に向かう。この時間になると中庭は人で埋まってしまうけど、お昼の時間に密かに開放される屋上は人があまりいなくて静かなから、僕は毎日そこでお昼を食べているのだけど、今日は何故か緋月さんとお昼を一緒にしています。
なんでこうなったのかというと__
__数分前
「よし、今日の授業はここまで、挨拶はいいからそのままお昼にしていいぞ」
先生が授業を終わりにしたのと同時に、4時間目終了のチャイムがなり、生徒たちがそれぞれ輪を作ってお昼にし始める。僕もカバンの中に入れていたお弁当を取り出していつものように屋上に向かおうとしたところ__
「あの、藍沢くん」
「ん? どうしたの緋月さん?」
席をたったところで緋月さんに声をかけられた。俯いていてなにか恥ずかしがっているようだったけど、そこは聞かないことにした。
「あの、その、よかったらお昼を……」
「あ、お昼ね。うん、いいよ緋月さんがいいなら一緒に食べようか」
特に何も考えることなく了承してしまったけど、僕は若干言ったあとに後悔した。一瞬にしてクラスの男子から嫉妬の視線が向けられたからだ。それはそうだろ。緋月さんとお昼を一緒にしたい男子なんてこれまで何十人もいたんだ。それでも、毎回断られているんだから僕みたいな陰キャが緋月さんからお昼に誘われたなんていったら、それは天地がひっくり返っても許されないことなのだろう。
緋月さんは僕がお昼を一緒に食べることを了承したからなのか、少しうれしそうにお弁当をカバンから取り出した。
そして今に至るというわけだ。
2人で並んでベンチに座り、お弁当の蓋を開いて食べ始める。ふと横を見たらすぐ近くに緋月さんの顔がある。これ普通の男子ならこの横顔見ただけで失神するやつだとか思っていると、僕の視線に気づいた緋月さんが僕の方を見てきた。
「藍沢くん。私の顔になにかついてますか?」
「あ、いや、何もついてないよ。うん、ほんとに」
「何もついていないのに、女子の顔をじっと見つめるのは失礼じゃないですか?」
「すみません」
流石になんの理由もなくご飯を食べている女子の横顔をじっと見ているのは失礼だ。それに、緋月さんの横顔に見とれてたなんてことは口が裂けても言えない。
「(……なによ、もう。恥ずかしいじゃないですか)」
なんか聞こえた。本当に失礼なことをした。
「ほんとにごめん!! お詫びに僕の玉子焼きあげるから!」
「……わかりました。それで手を打ちましょう」
「はは〜」
僕は緋月さんに自分の弁当箱を差し出した。卵焼きで許してくれるなんて、緋月さんは器が大きいなと感じた。これが緋月さんじゃなかったらどうなっていたことか……
「ん、おいしい」
緋月さんは僕のお弁当箱から
「ほんと? よかった。自信作なんだ」
「え? この卵焼き藍沢くんが作ったんですか?」
「そうだよ。母さんが朝早いから基本的に弁当は自分で作ってるんだ」
緋月さんは目を見開いたまま俯いた。少しだけ頬が赤くなっているのは触れないほうがいいのだろうか。というか自信作だと言って自分の作ったものを食べさせるのってどうなんだろう。
「口にあわなかったらどうしようかと思ったけど、緋月さんの口にあってよかったよ」
「本当においしいです。後味も完璧です」
僕の顔を見て楽しそうに話す緋月さんを見て僕は微笑ましく思った。普段の緋月さんからは想像もできないような表情を見せてくれて、僕は内心嬉しかった
いつも時間をかけて作っている甲斐があったなと心から思い、僕も一口卵焼きを口に入れた。
「うん、美味しい」
その後も2人で昼食を食べつつ軽い雑談をした。
最近呼んでいる小説や、おもしろい漫画の話など、色んな話をした。その度に僕の知らない緋月さんが見えて嬉しかったりもした。
「あはは、そうなんだ。それは面白いね」
「はい。藍沢くんにもおすすめですので、また機会があったら呼んでみてください」
「うん。そうするよ」
一通り小説の話が終わると2人で軽く一息ついた。
「そろそろ戻ろっか。昼休みも終わっちゃうし」
「そうですね。もうこんな時間なんですね」
時刻は昼やすみ終了10分前だった。そろそろ戻らないと次の授業に遅れてしまう。
「あの、藍沢さん、卵焼きありがとうございました。美味しかったです」
「そっか。なら良かった」
「私、料理が苦手で、どうやってもうまくできないんです」
なんとも人らしい悩みなんだ。
勉強もできて、運動もできる完璧超人だと思っていた。なのに料理が苦手だという、まさに人らしいことに驚いてしまった。
「藍沢さん。もしよかったら料理のコツを教えてくれませんか? なんて……」
「僕で良ければ教えてあげる」
「……え?」
僕のバカ。また何も考えずに返事をしてしまった。
「あ、いや、ごめん!」
「え、ええ?」
「その、教えてあげるって言ったけど、そんな簡単なことじゃない気がして……」
料理のコツを教えるのであれば、実践でやるのが一番なのだけど、そうなる家でやる必要がある。緋月さんの家でやるわけにもいかないし、かと言って僕の家でやるわけにもいかない。はて、どうしたものか。
「あの、もしよかったらですけど、私の家で教えてくれませんか?」
「え? いいの?」
「はい。お母さんも藍沢くんともっと話してみたいと言っているので」
「えっと……じゃあ、お邪魔しようかな」
「はい。お母さんには私から話をつけておきます」
「お願い」
よくよく考えてみればこのままいけば緋月さんのお母さんと会うことになるのは、あの日以来ということになる。あの日以来、緋月さんの家に行くこともなくなったし、たまには顔を見せたほうがいいのかな。
「そうと決まれば、連絡先を教えてください」
「え、ああ、連絡先ね」
一瞬、ほんの一瞬だけど、緋月さんの口から連絡先を教えてほしいという言葉が出てきて、全く状況が理解できなかった。だけど、確かに緋月さんの家で料理を教えることになるなら、直接言いに行くよりもこうやって連絡先を交換して、メールを送ってくるほうが効率的だ。
「じゃあ、予定決まりそうだったら教えてね。僕はいつでもあいてるから」
「わかりました。決まり次第連絡します」
そう言うと緋月さんは弁当箱を持って教室へと戻っていった。僕にとって初めての連絡先交換。そして、その初めてが異性だということが何より緊張した。
「顔、ニヤけてなかったらいいけどな……」
僕も少し遅れて教室に戻った。
その日の放課後、学校内で緋月さんが鼻歌を歌って歩いていたという噂が流れていた。けれど、幸か不幸か僕の耳に入ることはなかった。
君が教えてくれたこの感情 八雲玲夜 @Lazyfox_07
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