第3話 緋月さんと美術の授業

その日の授業は二時間連続で美術だった。


珍しいくらいだ。週に一回あるかないかの美術が一日に2時間もあるなんて。絵を描くことが好きな僕からすればものすごくありがたいことなのだが、2時間も椅子に座っていることが苦手な人からすればこの時間は退屈になるだろう。


「よーし、今日はお題を出すから自由に絵を描いてくれ。二人一組になってアドバイスをしながら描いていってくれ」


先生がそう言うと、生徒の一人が手を挙げた。


「先生、質問いいですか?」


「どうした? いいぞ。言ってみてくれ」


「二人一組というのは隣の席の人と組むってことですか?」


確かにそこについては先生はまだ説明していなかった。確かに隣の席の人と組むのが一番簡単なペアの作り方だろう。先生は腕を組み、教室内を見渡している。何かを考えているようだ。


「よし決めた。今日は自由に組んでいいぞ。二人一組になるなら誰と組んでもらって問題ない。ペアが決まったら隣になるように席についてくれ。よーし、全員起立!」


先生の合図とともに生徒全員が立ち上がり、各々のペアを組んでいく。


友達と組む人や、男子と女子という異様なペアを作る人もいた。


(うーん、僕も決めなきゃいけないけど、どうするかな)


友達のいない僕にはペアを組める人がいるわけなく、一人教室の中をさまよっていた。辺りを見渡しながら開いている人はいるかなと思ったが、すでにそれぞれでペアを組み終わっていたため、完全に出遅れた。


「……どうしたものか」


打つ手なしで腕を組んでいると先生が話しかけてきた。


「あれ? 藍沢、まだペア決まってないのか?」


「あ、先生。僕にペアを組める人がいると思いますか?」


「それ自分で言って悔しくないのか?」


「はい、ものすごく」


おそらく先生もペアを組む人がいなくて辺りを見渡しながら教室内を彷徨っている僕を心配してくれたのだろうが、あいにく僕には友達がいない。このクラスに同志がいるとすれば、緋月さんくらいか。めっちゃ失礼だけど。


「あ、緋月とかどうだ? 今絶賛男子から誘われてるけど」


「僕がですか? 無理でしょ」


「やってみないことには始まらないぞ? ちなみに決まらなかったら先生とペアになるが」


「あ、結構です」


先生とペアを組むのはごめんだ。仕方なく僕は緋月さんのもとへと歩いて行った。


僕が向かう時も男子たちはどうにか緋月さんとペアになりたいと言わんばかりに誘っていた。だけど、それをことごとく断っている緋月さんに僕が誘って大丈夫なのだろうか思ったが、知らない人、もしくは先生とペアを組むくらいならこっちのほうがいい。


勇気を振り絞って声をかけてみる。


「あの、緋月さん、僕と組むのはどうかな」


「……」


周りの男子はなんだこいつという目をしていたが、僕は気にすることなく緋月さんのほうを見た。緋月さんは少し黙った後に口を開いた。


「……いいですね」


「ほんと? よかった」


僕は安心のあまりほっとしてしまった。緋月さんはそれを気にすることなく席を立ち、移動しようとした。集まっていた男子たちは静かに道を開けた。僕もその中を肩を縮めながら進んでいった。嫉妬の視線が痛い。


そしてそれぞれのペアが見つかり、席に着いた後に先生からお題が出され、本格的に授業が始まった。


ちなみにお題は『アトリエ』だった。


自分が思い描くアトリエのイラストを描くというものでみんなが悩んでいる中で、僕は誰よりも鉛筆を手にした。


お題を聞いた時点で何となくの構図は考え始めていたため、まずは下書きを書き始めることにした。そのあと、数分したころに何人かの生徒がペンを持ち始めた時には僕は細かい小道具の下書きに入っていった。


ふと隣を見ると、緋月さんも書き始めていたため、僕は少し微笑み自分のスケッチブックに向き直った。


絵を描き始めてから15分後、ちょこちょこ話し声が聞こえつつ、全員が下書きを書き始めていた。


僕はというと、真っ先に下書きを始めたため、すでに半分以上下書きが終わっていた。


「……藍沢君、絵が上手なんですね」


「そうかな? 下書きだから何とも言えないけど」


ふと緋月さんがそんなことを聞いてきた。


まだ下書きの段階なので適当に描いている段階だから、ここからもっとクオリティを上げていく必要があった。


「さっき小道具の下書き描いてましたよね? 見せてもらってもいいですか?」


「ん? ああ、下書きね。いいよ」


「ありがとうございます」


僕はさっき描いた下書きのページを開いて緋月さんに見せた。緋月さんはじっくりそのページを見て自分のスケッチブックと見比べていた。


「あの、緋月さん?」


「……なんで……こんな上手く……」


「え? なんていったの?」


あまりにも声が小さくて聞き返してしまった。何か気に障ることをしてしまったのかと不安になったが、緋月さんの方が震えていたためわけわかんなくなってしまった。


「これ、参考にしてもいいですか?」


「え、あ、うん。どうぞ」


当然こちらを向いて真剣なまなざしを向けて、聞いてきたことで僕は若干怖気づいてしまった。こんなことを言うと失礼かもだけど、緋月さんは元々笑ったりしないから、目元なんかちょっと怖い。睨まれているような気がして怖い。


数分後、緋月さんは僕のスケッチブックを見つつ、ながらながらで模写していった。


「ありがとうございます。ものすごく参考になりました」


「ほんと? ならよかった。また何かあったら言ってね」


「……はい」


なぜそこだけ小声になるのかわからないけど、緋月さんの役に立てたならよかったと思う。


それから僕たちは黙々と絵を描き上げていった。途中、緋月さんにアドバイスを上げながらなんとか時間内に描き上げることができた。先生からも褒められたし、僕も自分で満足できる絵が描けたと思う。それにしても、なんで絵がうまく描けただけでこんなに痛い視線を向けられなければならないのだろうか。


絵がうまいことに何の罪もないはずなんだけどな。


「緋月さんどんな感じ?」


僕は一番早く終わったからまだ終わっていなかった緋月さんに邪魔にならない程度に話しかけてみた。


「あともう少し……」


「行き詰まってるね……」


あともう一歩というところまで来て頭を抱えて悩んでいた。見た感じ結構終わっているけど、僕ならあんまり悩むことなく進められるけど、僕みたいな絵描き廃人じゃなければ難関だろう。


「よかったらアドバイスあげようか?」


「うん……お願いします」


「分かった」


緋月さんの了承を得て、僕は自分のスケッチブックを開いた。


「僕ならそこのスペースはこうするかな」


「なるほど……」


僕はスケッチブックに本棚を描いた。すぐに描いたため多少雑になっているけど、見やすいかどうか心配だったけど緋月さんの反応を見る感じ問題ないみたいだ。



僕のスケッチブックを見た緋月さんはすぐさま自分の絵に本棚を付け足していった。本棚を追加したことによって更に見栄えが良くなった気がする。さすが緋月さんだと思った。


それから緋月さんはイラストが完成し、ペンを置いた。


「ありがとうございます。お陰で完成できました」


「どういたしまして」


緋月さんも無事に完成できてよかったと思う。僕だけが終わって緋月さんだけが終わらなかったらペアを組んだ意味がなくなってしまうからそこは安心だ。それよりも緋月さんの絵はほぼ僕のアドバイスでできている気がするけど、そこは言わないほうがいいのかもしれない。

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