とある拗らせ人の一日

@int_id

とある拗らせ人の一日

眠れずにいた。

ムシャクシャしておもむろにTwitterを開き、長文ツイートを連投することで憂鬱な時間を浪費していた。


「汗水流して働いて稼いで食うメシはうまいだと?なにを言ってるんだ、働かずに食う飯の方が何百倍もうまいに決まってるだろ!とくに他人の金で食うメシが一番うまい!もらった金で食うメシもうまい!だいたい労働で食うメシなんて碌なもんじゃないぞ!」

「労働といったら大抵は会社員だろう、そうなると職場で毎日ストレスを感じながら過ごし、なんとか今日の労働が終わってもまた明日も労働だ!たまったもんじゃない!」

「そんな中で食うメシだ!うまいわけないだろ!ストレスで胃に穴が開いて労働のことを考えながらムカムカして食べるメシがうまいと思うか?まずいに決まってる!喉を通すのもひと苦労だ!」

「なに?テレワーク?自営業?ハッ、そいつはアッパレだ!あんたは勝ち組だ!才能ってやつさ、親に感謝するんだな!なんだと?会社員だが職場で楽しくやってるだと?フンッ!お気楽だな!しかしそれもアッパレだ!協調性と社交性の賜物さ!きっと育ちが良いんだろう?間違いないな!」

「次はなんだ、自分のメシは自分で用意しろって?おいおい、自分で牛を育てて田畑を耕してから言ってくれよ!あんた農家のじいさんばあさんが苦労して育てたものを安値で買い叩いてんだろ!搾取の自覚が無いみたいだな!それはまさに搾取ってやつなのさ!目を背けたくなったか!?ハッ!」

「俺は労働なんてやめて自分で田畑を耕しているさ!自給自足さ!なんだと?それは労働だと?ふざけるな!労働なんかじゃない!クソッ!御託はいいから早く俺に焼肉を奢ってくれ!焼肉だ!奢るといったら焼肉だと相場が決まっているんだ!早く俺を焼肉屋に連れていくんだッ!」


こんな調子でいつも夜更かしをしてしまう。外は少し明るくなってきていよいよ午前4時を過ぎ、ようやく体が眠気を纏い重くなってきた。仰向けになって静かに瞼を閉じた。

___________________________

___________________________

「おい佐藤!はやくあけてくれよ!」

外から怒鳴り声が聞こえる。鈴木が俺の家のベランダに侵入し窓をバンバン叩いて騒いでいるのだ。

「頼むから普通に玄関から呼んでくれ!インターホンを知らないのか!」

「玄関から呼んでもいつも気づかないじゃないか、インターホンだって壊れてるじゃないか!」

近隣住民に通報されたら面倒なので仕方なく窓をあけ、部屋へ入れた。

「なあ佐藤、ツイート見たぜ。どうした焼肉を奢ってほしいのか?屁理屈並べてないで初めから素直にそう言いなよ」

「そんなこと言ったら乞食みたいじゃないか」

「そんなことないさ、焼き肉を奢られるのは“権利”だからね。万人に等しく与えられた権利さ。人類皆、焼肉を奢られて幸せになる権利があるのさ。しかし乞食だと思われたくないのか、まったくしょうがないプライドだね」

「フンッ!俺はあんたに焼肉を奢ってくれと頼んだ覚えはないね!あれは独り言だ!だが奢りたいって言うのなら甘んじてその申し出を受け入れることにしても良い!」

「言ったね?それなら申し出ることにしよう、君へ焼肉を奢らせてくれ。今から一緒に食べにいこう」

鈴木は満面の笑みでそう言った。その笑顔には育ちの良さが滲み出ていた。実際のところ、鈴木はとても金持ちなのだ。

______________________

______________________


鈴木に連れられてやってきた焼肉屋は俺の期待した焼肉屋と違っていた。まずテーブルに金網やコンロが無い。焼肉数切れが乗った定食しか扱ってないらしい。

「バランスが大事だよ、特に君のような不摂生な人にはね。肉ばっかり食べてちゃいけない」

「フンッ!バランスね!この世の摂理から最も遠い概念だな!」

俺がこう言い放つと、鈴木は呆れ顔を見せてから何かを思い出したような顔をした

「そんなことより君、自信作の傑作漫画は描けた?」

「まだだ」

「いつ描けるんだ?」

「最近忙しいんだ」

「やれやれ…こりゃ完成しないな」

「ケッ!字書きには分からんでしょうな!絵を描く苦労ってのが!」

「小説家を見下しているのかな?本性現したね」

「本性?フッ!俺はいつも本性全開よ!絵を描かない奴らときたら、自分は絵なんて描けやしないのに他人の絵には口出ししたがる奴らばかり!チッ!見上げた根性だ全く!」

「小説書けないのに小説家を見下してる君も大概だね」

「ハッ!何を言ってるんだ!何を言ってるのかさっぱり分からない!そもそもこの時勢に小説なんざ誰も読まないね!読まれないものを書いてどうなるってんだ!ええ?日記と同じだそんなもの!他人の日記を見せつけられる気持ちってのを考えたことがあるかいあんた!」

「君のツイートも大した日記だよ…」

「まあいい、今にあんたにもわかる。小説はもうオワコンなんだ…それに引き換え漫画の勢いはすごいぞ!未来ってヤツがあるね!夢がある!ドリームさ!なんたって、ページを開けば絵がドンとくるんだ!直観で読むんだ!圧倒的迫力ッ!小説はこうもいくまい!」

「随分と熱い主張だね、でもそういう情報量の多いコンテンツを煩わしく感じる人達もいる、そういう人達にとって小説のような活字だけの世界は心の休まる場所なんだ。」

「おいおい!パワーがなくなってきたら今度は侘び寂びかい!ここぞとばかりに省エネ主義かい!」

「そう、侘び寂びさ、省エネさ。それが我々の美学だよ。限りなく無駄なものをそぎ落とし、一文字たった数Byteの情報量に思いを込めて物語をつくりあげるんだ。極めて軽いデータでありながら読者の心には無限の世界が広がっていく、それがすごく面白い。」

「次は文学的表現で感情に訴えかけてきたな!だが今の時代、そういうのが一番嫌われるんだ!今の時代はデータ主義よ!今はFMラジオの時代じゃない、5Gデータ通信の時代よッ!情報量のすくない物は淘汰されていく!そして情報を持たない者も淘汰される!」

「FMラジオだって良いじゃないか…面白いよ」

「まあね!先週ラジオ局にハガキを送ったら放送中に読まれたぜ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある拗らせ人の一日 @int_id

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ