〝It's too late to call back you〟
右薙 光介@ラノベ作家
No Title/本作は吐き気を催す可能性があります、ご注意ください
「ね、恋人を交換してみない?」
幼馴染――
試験もそろそろ終わりかけの七月。
浮かれた夏休みの計画を考え始めるタイミング。
そんな日に呼び出されたかと思えば、この幼馴染は何を言っているんだろうか?
「そんなこと、できる訳ないだろ」
「あらそう? 海外では結構あるあるって聞いたんだけど」
「偏った情報だ。少なくとも、俺は聞いたことがない」
ため息をつきつつ、アイスコーヒーを流し込む。
こんな話題、そもそも喫茶店でするべきものではない。
「でも、最近マンネリだって言ってたじゃない?」
「言ったか?」
「あ、ごめん。ミサキちゃん情報だった」
シズカの言葉に、俺は二度目の絶句をする。
今の彼女──ミサキとは、高校時代も併せて三年以上の付き合いになる。
一緒にいて安心するし、体の相性だって悪くない。
……しかし、お互いに刺激が少なくなってきたのも確かではある。
世間一般に、倦怠期と呼ばれるものかもしれないとは思っていた。
「ミサキがそんなことを?」
「まぁ、ちょっと相談もらってたのよね。最近、トオルが淡白だって」
「そんなことは……ないとも言えないか」
肩を落とす俺に、シズカが苦笑する。
「相談された私にしても、ちょっとリョウタと倦怠期気味でさ。それで、色々調べてるうちに、見つけちゃったのよね──
「リョウタと何かあったのか?」
俺の質問に、シズカが首を振る。
「違うわよ。むしろ逆、何にもないの。お互いに慣れちゃって、もう熟年夫婦みたいよ」
乾いた笑いを漏らすシズカに釣られて、俺も少し笑ってしまう。
リョウタはシズカと同じく、俺の幼馴染だ。
中学までは同じ学校で部活も一緒。その関係で、ミサキのことも知っている。
「お互いに苦労してる、か。だけど、やっぱりその……
「だよねぇ。でも、体験談とか聞くと結構いいかなって。一時、別の人と一緒にいることでお互いの大切さが再認識できるって書いてあったから」
シズカの言葉に、少しばかり納得してしまう。
確かに、少しばかり慣れ切ってしまっているのだ、俺たちは。
お互いが当たり前に隣にいることに。
ふと『ミサキの隣に並んだリョウタ』を想像して、少しチクリとしたものを感じる。
ただ、それだけでミサキへの思いが強くなるのだ。
実際に交換して過ごしてしまえば、きっと強くミサキを求めるようになる。
そして、それはおそらく俺たち全員がそうに違いない。
「気にしないで。ちょっと聞いてみただけだから」
黙り込んでしまった俺に、ばつが悪そうに笑うシズカ。
この美人の幼馴染については、俺もよく知っている。
こんなことを提案するのは、相当に勇気が必要だったはずだ。
「それ、リョウタも了解してるのか?」
「……うん。二人で、何とかしなくっちゃって話してて」
「そっか。それで、どうすんだ?」
「もうマッチングアプリで探そうかなって」
シズカの言葉に、思わず頭を抱える。
いや、ある程度は予想できていた答えではあった。
俺が断れば、そうなろうことは。
「いったん持ち帰ってくれ。念のため……本当に念ためだけど、ミサキにも話してみる」
「ホント!?」
「ダメって言われたら、諦めろよ?」
「うん!」
顔を輝かせるシズカ。
この幼馴染が、見知らぬ誰かとどうこうなるくらいなら……聞くだけ聞いてみるのはありだ。
それに、ミサキ本人が感じている俺たちの『倦怠期』にちょっとした変化を起こせる可能性はある。
お互い知らない仲じゃない。
「ところで、
「それはね──」
シズカの話すルールに耳を傾けて、俺は徐々にその気になっていった。
◆
「と、言う事なんだけど……どうかな?」
「それ、本気で言ってるんスか?」
侮蔑の混じった視線が痛い。
そりゃそうだ。
期間限定とはいえ、恋人を交換しようなどと、正気の沙汰ではない。
「シズカから聞いたよ、その……ちょっと、マンネリだろ? 俺たちも」
「む、確かに相談はしたッスけど! だからと言って、ぶっ飛び過ぎッス!」
眉を吊り上げて、ミサキが俺を見る。
それに頷いて、俺は口を開いた。
「わかった。断ろう」
「あたりまえっス!」
ぷりぷりとするミサキの前で、スマートフォンを取り出す俺。
画面をタッチして、メッセージアプリを選択する。
「……待ったっス」
「ん?」
「シズカ先輩、どうするつもりなんスか?」
ミサキの質問に、俺はそっと目を逸らして答える。
「えー……と、だな。マッチングアプリで相手を探すらしい」
「それ、危なくないッスか?」
「俺は一度止めた。だけど、止まらなかったから、こうして持ち帰ったんだ。その後のことまで面倒は見きれない」
冷たいと思うかもしれないが、これはシズカとリョウタの問題だ。
俺たちが断ると決めた以上、二人の決断に首を突っ込むべきではない。
「……ちょっとシズカ先輩と話してくるっス」
「ああ、わかった。うまく止めてやってくれ」
「はあ。先輩方はみんなダメダメッス!」
ため息を吐きながら、鞄を肩にかけるミサキ。
顔は険しいが、この様子だときっとシズカを泊めてくれるだろう。
「それじゃ、シズカ先輩の家に行ってくるっス」
「連絡しないでいいのか?」
「今日はバイトない日ッスからね。ボクがさっと行って、パパっと止めてくるッス」
「……まかせた」
大学構内のカフェから小走りで駆けていくミサキを見送ってから、俺はこの件が上手く収まるようにと心の中で願った。
◆
本日の講義を終えて、一人暮らしをしている部屋に戻ること数時間。
ミサキからの連絡は、まだない。
あいつの性格からすれば、本人が言ったとおりにパパっと片付けてきそうなものなのだが。
そんな事を考えていると、チャイムが鳴った。
さて、誰だろうとインターホンに返事をすると画面に映ったのはミサキだった。
今日来るなんて話は聞いていなかったが、きっと昼の件で話をしに来たのだろう……と、扉を開ける。
黙って入ってきたミサキは、俺をじっと見上げて挨拶もなしに「二週間っス」と言葉を発した。
意味が分からなくて、俺は首を傾げる。
「何の話?」
「……ることになったッス」
ミサキの発した小さな声を聞き取れなかった俺は、「何だって?」と聞き返す。
それに、小さく息を吸い込んだミサキがはっきりとした口調で俺に告げた。
「恋人交換、することになったっス!」
==========
あとがき
==========
ちょっとした実験作品なので、程々のタイミングで消えると思います('ω')b
〝It's too late to call back you〟 右薙 光介@ラノベ作家 @Yazma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます