危機一髪の悪夢
むらた(獅堂平)
危機一髪の悪夢
僕の危機一髪といえば、就寝中にみる悪夢だ。
悪夢がどうして危機一髪なのかというと、僕は悪夢をみる度に呼吸困難に陥り、窒息死寸前で目が覚めるからだ。
隣で寝ている妻がいうには、僕は苦しそうにいびきをかいて寝ているという。それほど太ってはいないのだが、無呼吸症候群のようだ。悪夢によって無呼吸になるのか、無呼吸だから悪夢をみてしまうのかはわからない。
悪夢の内容は様々だ。
一週間前の夢は、人形を抱っこした若い女に追いかけられた。長い黒髪でニタリと笑う顔が不気味だった。
三日前の夢は、老婆がバスの中でバスの運転手に殺されていた。車内はピリピリとした雰囲気で、なにか苛立った様子だった。
昨日の夢は、ほとんど記憶がなく、恐怖心だけが残っていた。なにか重要な出来事だったような気がする。
「一度、寝ている姿をとってみればいいよ」
友人にそうアドバイスされ、昨夜はビデオカメラを録画していた。部屋全体を撮影できるように部屋の角にある観葉植物の背面に設置した。
*
ビデオカメラを再生すると、就寝前の僕の姿が映った。
僕がベッドに入ると、十分後に妻が現れ、同じベッドにもぐりこんで横になった。まだいびきをしていなかったので、僕は倍速再生した。
「ん?」
確認のため、ビデオの再生を停めた。妻がむくりと起き上がったからだ。トイレだろうか。
再生ボタンを押し、通常の速度で動画を再開した。この時の僕はいびきを発していない。
妻の様子がおかしい。挙動不審に僕の状態を確認すると、タンスから何かをごそごそと探し始めた。
彼女の手にはハンカチがあった。
「なんだろう?」
僕が疑問に首を傾げていると、ビデオの中の妻はフレームアウトした。
数分ほどして、妻はフレームインした。手にはさきほどのハンカチを持っていた。
「これは……」
ハンカチからは水が滴り落ちていた。濡らしてきたようだ。
「まさか……」
妻はそのハンカチを僕の顔に被せていた。
「何見ているの?」
ふいに声をかけられ、僕は驚愕した。妻がいつの間にか僕の背後にいた。
「あ、え、たいしたものじゃないよ」
僕は返答に窮した。
(そうだった。思い出した。僕は、昨日、妻に殺されそうな夢をみたんだ)
悪夢とそっくりなシーンだ。
「たいしたものじゃないなら、私にも見せてよ」
妻はスタンプで張りつけたような笑顔で言った。手には包丁が握られていた。
(ああ、この後、悪夢の中で僕は、どうやって切り抜けたんだっけ?)
危機一髪の悪夢 むらた(獅堂平) @murata55
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