好奇心旺盛なウサギさんの新しい友達

にゃべ♪

ウサギさん、危機一髪

 ここではない何処かに、とっても平和な山がありました。そこにはたくさんの動物達が仲良く暮らしています。その仲間の1人がウサギさん。彼はやんちゃ盛りで、毎日山の中を走り回っていました。

 冒険が大好きで好奇心旺盛。猪突猛進ぶりではイノシシさんより無鉄砲だし、好奇心では猫さんよりも色々な事に興味津々です。


 ある日、ウサギさんは森の泉で水を飲んでいました。たっぷり飲んで満足して空を見上げると、空から何かが落ちてくるではないですか! 当然、彼はその正体を確かめようと動きます。

 落ちてくる何かに少しでも近付こうと、ウサギさんはそれの真上まで来て見上げました。


「うわあああ……」


 彼は口を大きく開けて、この不思議な現象に呆然としてしまいます。それで、何が落ちてくるのかと必死に目を凝らしました。当然、その間は微動だにしません。

 あっ! このままだと落下物にぶつかっちゃう! 危ない! 危機一髪!


「うわああああ!」


 やっと危険を察知して逃げようとしたのですけど、足がすくんで動きません。結局、落下物はウサギさんに直撃。強いダメージを受けた彼はそのまま気を失ってしまいました。

 その衝撃で小さなクレーターが出来ちゃったけど、何とか無事だったみたいです。


 ウサギさんが気付くと、落ちてきたものが自分のお腹の上に乗っかっていました。よく見ると、それは彼の体よりちょっとだけ大きいお魚さんだったのです。


「おさかなアアアア!」


 ウサギさんはその有り得ない光景に力の限り叫びます。有り得ないと言っても、事実だから仕方ありません。ゆっくり起き上がると、お魚さんの顔を両手で持ち上げてじっくりと観察しました。

 魚ってのは正面から見るの間抜けな顔をしていますよね。彼もプッと吹き出してしまいます。その笑い声に、お魚さんは意識を取り戻しました。


「人の顔を見て笑うとは失礼なやつだな」

「シャベッタアアアア!」


 空から魚が落ちてきただけでも意味不明なのに、それに加えて言葉を喋ったものですから、ウサギさんの驚きようは腰を抜かしてもお釣りがきます。この時、彼の心の中は好奇心より恐怖の方を強く感じていました。

 ガクガクと震えて顔は青ざめ、目は白目になり、口から泡を吹き出します。


「ボボボ、ボクオイシクナイヨ!」

「食べないよっ!」


 話が通じると言う事で、ウサギさんはお魚さんの事情を聞きました。彼は空の上の国に住んでいて、遊んでいたら落ちてしまったのだとか。

 ウサギさんは、話を聞きながら首を傾げるばかりです。


「空の上に国なんてあるの? 聞いた事ないよ」

「あるから落ちてきたんだよ」

「帰れる?」

「帰れない……」


 お魚さんは戻れない事実に泣き出します。話によると、大人になれば空を飛べるのだとか。彼はまだ子供なのでそれは出来ないと。哀れに思ったウサギさんは、お魚さんを自分の家に連れていきました。


「ご飯食べる?」

「食べる食べる!」


 お魚さんはウサギさんが出すものを全てぺろりと美味しく平らげました。その食べっぷりを見た彼も嬉しくなります。こうして、お魚さんはウサギさんの家で暮らす事になりました。


 その後、お魚さんはウサギさんを介して森の仲間達に紹介されます。この森には優しい心の持ち主しかいないので、お魚さんは大歓迎されました。森の守り神のフクロウさんも優しく見守っています。

 歓迎パーティーは一週間続き、みんなで楽しく飲んだり食べたり歌ったり踊ったりしました。お魚さんもすっかりこの森が気に入ったみたいです。


 森にお魚さんがやってきて数ヶ月後、外から黒スーツのグラサンの人達が入ってきました。動物達は初めて見る人間に興味津々です。特に、山歩きに向いていないスーツ姿でそれを気にせずにゴリゴリ歩いているのが気に入ったようです。

 入山したところからずっと見ていたお猿さんが、彼らの前に顔を出しました。


「ようこそ僕らの森へ! 君達は何をしにこの山に?」


 グラサンはこの言葉に答えず、お猿さんを押しのけてズンズンと奥に進みます。それはまるで感情のないロボットのようでした。気を悪くした彼はすぐにフクロウさんの元に報告に向かいます。グラサンがいくら強引に森を進んでも、森に長く住むお猿さんの方が早く移動出来ます。

 話を聞いたフクロウさんは自分の理解を超えた状況だった事から、すぐに神様にお伺いを立てました。お猿さんが指示を待っていると、フクロウさんが降りてきます。


「あの人間達の目的はお魚さんのようだホ。絶対に渡してはならないホ!」


 お猿さんを介してお告げを聞いた森の仲間達は、全員で協力してグラサン達を止める事にしました。

 話を聞いたウサギさんは、お魚さんを連れて逃げ出します。森の中で一番足が早いからこそ、一番大事な役目を受け持つ事になったのでした。


「お魚さん、僕が絶対に守ってあげるからね」

「有難う。ああ、僕が飛べたらなあ……」


 ウサギさんはお魚さんのひれを握って全速力で駆け出します。ひと山超えたらもう違うテリトリーで、また違う掟で生き物達は生きています。よそ者が来たと、その山の生き物達は騒ぎ出しました。

 逃げるウサギさん達の前に、この山の山犬さんが立ちはだかります。


「おいお前ら、何しにこの山に来た」

「ごめん、山を抜けるだけなんだ。通して」

「何だその魚は。厄介事はごめんだぞ」

「大丈夫。何もしないよ。後、僕らが来た事は秘密にしてね」


 その一言が問題になったのか、ウサギさん達は足止めを食らってしまいます。こうして、この山のボスが許可するまで動けなくなってしまいました。

 その頃、ウサギさんの住んでいた山はどうなったのでしょう。仲間達は懸命に頑張ったのですが、結局グラサン達を止める事は出来なかったのです。この山にお魚さんがいない事を確認したグラサン達は、隣の山に進み始めました。


 その統率の取れた足音をよく聞こえる耳で察知したウサギさんは、山犬さんからの返事を聞く前に動き出します。当然止められたのですけど、自慢の脚力ですり抜けました。


「おい、そっちは……」


 この森の動物が何か声をかけてきましたが、今が非常事態と言う事もあってウサギさんは全てスルーします。そのまま何も考えずに走り抜きました。森を抜けた2人は、目の前の道を無我夢中で走り続けます。

 しかし、その先にあったのは大きな崖でした。行き止まりだったのです。


「うわっ、道がない!」


 勢いよく走っていたので、ウサギさんが止まったのは崖のふちギリギリ。後もう少し止まるのが遅ければ、崖の底にまっしぐらでした。

 何とか助かった彼は、恐る恐る覗き込みます。ずーっと下には川が流れているようでした。ただ、川まですごく遠いので、飛び込んでも助かる気は全然しません。


「これ、落ちてたら……」

「助かって良かったね」


 お魚さんに慰められて、2人は抱きしめ合います。抱き合って心が安心したところで、ウサギさんがお魚さんの前に立ちました。


「僕が君を守るからね」

「うん。でもまずは引き返さないと」

「いや、もう遅いんだ」


 そう、彼の目の前には既にグラサン達がやってきていました。逃げ切れなかったのです。


「そこのウサギ、どけ」

「どかない。お魚さんは絶対に渡さない!」


 ウサギさんは話しかけてきたグラサンをにらみます。彼の知恵と脚力があれば、1人なら倒せるかも知れません。しかし、この場には20人くらいのグラサン軍団がいます。多勢に無勢でした。

 言葉では目的が達成出来ないと判断したグラサンは、懐からピストルを取り出します。その武器を見た瞬間、ウサギさんは声を荒らげました。


「それで僕らの仲間を傷つけてないだろうな!」

「仲間? 邪魔してきたものは排除したぞ」


 この言葉に彼は我を忘れます。その脚力で一気に距離を詰めました。飛び上がって手を振り上げたところで、その攻撃は一発の銃弾によって阻止されます。


「ギャアアアア!」

「ふん。鉛玉に勝てるやつはいないんだよ」


 ウサギさんは肩を撃ち抜かれ、痛みでのたうち回りました。その光景を見たお魚さんは悲痛な叫び声を上げます。


「うさぎさあああん!」

「うるさいな、お前は後だ」


 グラサンは苦しがってるウサギさんに銃口を向けました。その引き金を引かれたら、彼の命は呆気なく終わります。

 冷酷無比なグラサンは、生き物の命を奪う事に少しも躊躇しません。引き金は軽く引かれる事でしょう。


「終わりだ」


 グラサンは眉ひとつ動かさず、苦しむウサギさんに向かって引き金を引き始めました。この場にいた誰もが、ウサギさんの死を受け入れています。

 その中でただ1人、この光景を見る事しか出来なかったお魚さんをのぞいては――。


「うさぎさあああん!」


 銃弾が発射されようとしたその時、どうしてもウサギさんを助けたかったお魚さんは心の力を爆発させます。その瞬間、彼の体はまぶしく輝きました。

 強力なフラッシュと強い光の勢いに、流石のグラサン達も怯みます。


「な、何が起こっ……」


 光が収まった時、そこにいたのはお魚さんではありませんでした。全長20メートル以上の巨大な龍がそこにいたのです。

 流石のグラサンも、この光景を目にして冷静ではいられません。


「しまった。間に合わなかった」

「お前達、許さないぞっ!」


 龍が雄叫びを上げると、空から無数の雷が落ちてグラサン軍団全員に命中しました。致命傷ではなかったので、後で起き上がった彼らは一目散に逃げ出します。龍は追撃をしませんでした。

 ウサギさんの傷も龍の不思議な力が治します。目を覚ました彼は、目の前にいた龍を見て腰を抜かします。


「あ、あわわわ……。ボ、ボクオイシクナイヨ!」

「あはは。また同じ事言ってる」


 龍は初めてウサギさんと出会った時の事を思い出し、笑い出しました。そのリアクションで、彼も目の前の幻獣の正体に気付きます。


「お魚さん? そっか、大人になれたんだね」

「うん。そうみたい。今の僕は空だって飛べるよ」

「良かったね」

「これもウサギさんや森のみんなのおかげだよ。有難う」


 龍はウサギさんにお礼を言うと、ゆっくり空に昇っていきます。空中で何度も体をくねらせて、彼の住んでいた山に癒やしの光を注ぎました。それから、本当の故郷である空の上の国に帰っていきます。

 ウサギさんは、龍の姿が見えなくなるまでずっと手を振って見送っていました。


 それからも龍は月に1回はウサギさんに会いに山に降りてきます。だから、彼もちっとも寂しくはありませんでした。

 龍が降りてきた日の森はお祭りになります。みんなからもてなされて、龍も動物達も笑顔になるのでした。



(おしまい)

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