異世界に転生しなかった話

NOみそ(漫画家志望の成れの果て)

トラック衝突を免れて・・・


 ~~~~~~~~~~~~~~


 危機一髪、

 俺はトラックに轢かれずに済んだ。


 それにしても、恐ろしく速いトラックだった。


(俺でなければ轢かれていたな・・・)



 ・・・すみません、嘘つきました。


 俺は、スポーツ選手でも格闘家でもジャングルの野生児でもない。


 どこにでもいる平凡なサラリーマンだ。


 だから本当なら、

 間違いなくトラックに轢かれていただろう。


 だが、あの時、火事場の馬鹿力とでも言えばいいのか、

 神速の反射神経インパルスに目覚めた俺は、ギリギリでトラックを回避出来たのである。


 昔、

 一般家庭の奥様が、自分の子供が車に轢かれそうになった時、オリンピック選手並みのスピードで走って助けたとか、

 そんな話を聞いた事があるが・・・。


 あの時の俺も、正にそういう力を発揮したのだろう。



 何はともあれ、俺は九死に一生を得たわけだが・・・。


 そのトラックは、

 止まって俺に詫びるでもなく、そのまま深夜の道路を走り去っていった。


 こっちはスーツも鞄も、アスファルトで擦り切れたっていうのに・・・。


(非常識な運転手だな!)

 温厚な俺もブチギレだよ。


 と、その時、


『ブチギレたいのはこっちですよ!』


 いきなり、声が聴こえてきた。


 平気で歩きスマホでもやっていそうな、

 若い女子のキンキン声だ。


「!?誰だ?」

 俺は辺りを見回した。


 だが、人っ子ひとり見当たらない。


『あ、聴こえます!?

 あーあー、ただいま美声のテスト中!』

 また聴こえてきた。


(しかし、この聴こえ方は・・・)

 まるで、俺の頭に直接語りかけてくるような・・・。


「テレパシー・・・ってやつか?」

 俺は、姿の見えない相手に尋ねた。


 答えはすぐに来た。

『正解!

 今、私はあなたの中にいて、その魂に直接話しかけているのです』


「俺の中?

 魂?」


『そうです。

 本当は、あなたが死んでから入るのが決まりなんですが、

 どうせ死ぬんだからいいやって、フライングで入ったら・・・この通り、出られなくなってしまったのです。

 本人が死んでいないと魂を引き剥がせないし、

 おまけに死体と違って、生きている身体からは入る事は出来ても出る事が出来ないのです。

 つまり、あなたの中に監禁されてしまったんですよ、私は!』


「・・・・・・」


 その声の言っている内容は大半が理解不能だが・・・、

 一つだけ気になった事がある。


「あんた・・・今、俺がどうせ死ぬって言ったな。

 それってひょっとして、あのトラックの事か?」


『そうです!

 本当ならあなたは、あれに轢かれて無事に死ぬはずだったんですよ!』


 え~と、それはつまり・・・、


「つまり、

 あのトラックはお前の仕業か?

 お前が俺を殺すために、あれで轢こうとしたのか?」


『そうですよ!

 さきほど異世界のほうから、大至急転生者を送ってほしいと要請が来たので、

 大急ぎで何とか異世界トラックを呼び出したのに・・・。

 今のこの国で、誰にも知られず人ひとり殺すのって大変なんですよ。

 色々と事後処理だってあるし・・・。


 ――それなのに、こうして失敗して・・・、

 このままじゃナビゲーターとしての信用問題に関わります。

 一体どうしてくれるんですか?

 もうこうなったら自殺でも何でもいいですから、早く死んで私をあなたの中から出してくださ・・・』


「うるせえええええええっ!!!!」

 俺は、周りの住居への安眠妨害も忘れて雄叫おたけんだ。


「黙って聴いてりゃ、勝手な事ばかり言ってんじゃねえ!」


『え?

 あ、あの・・・』

 相手の声から戸惑っているのが分かる。


 だが、知った事か!


「異世界だの転生だの!

 ナビゲーターだか神だか知らねえがお前ら、俺たち社畜が、皆剣と魔法のファンタジー世界に憧れてるとでも思ってんのか!?

 現実を離れて、違う世界で無双したいとでも思ってんのか!?

 それとも、俺たちみたいに替えの利く労働者は、死んでも何も変わらないってか!?」


『そ、そんな事は・・・』


「ああ、確かに俺が明日会社に行かなくても、特に問題なく仕事は進むかもな。

 上司にもどうせ『お前の代わりなんていくらでもいる』とか思われてるだろうよ。

 それを考えれば、異世界とやらで権力者共相手に暴力でマウント取れるのは最高だろうよ!

 でもこっちはなあ、今現実の世界で、認知症のおふくろが施設に入ってんだよ!

 その支払いのために、ブラックと分かっていても今の会社を辞められねえんだよ!

 何の資格もない中年男は、生活のために仕事を選んじゃいられねえんだ・・・。

 毎日深夜まで働いて、なのに金は貯まらず先の不安ばっかりで・・・。

 それでも、放り出すわけにはいかねえんだよ!」


『・・・』


「お前、俺が死んだあと事後処理が大変とか言ってたな?

 つまり、俺が死んでも周りの誰にも不都合が生じないようにしてくれるって事だよな?

 だったら、俺のおふくろの世話をしてくれよ。

 出来るんだよな?

 俺がやって来た事をお前が引き継いでくれるんだよな?

 おふくろが満足して逝くよう尽くしてくれるんだよな!?

 ちゃんと事後処理してくれるんだよな!?」


 寝不足とストレスからの苛立ちも相まって、

 俺は愚痴にも等しい言葉をがなり立てた。


 ややあって、返事の声が聴こえてきた。


『申し訳・・・ありませんでした』

 声のトーンが沈んでいる。


 少しは反省したという事か・・・?


 そう感じた瞬間、

 俺の怒りも急激にしぼんでいった。


 まあ、単純に怒りのピークから6秒以上経過したせいかもしれないが・・・。


 とにかく、何か疲れた・・・。


「もういい」


『え?』


「もういいと言った。

 それに、もうお前が俺を殺す事はないんだな?」


『は、はい。

 あなたの中にいる状態なので、私は力を外に出せません・・・』


「なら安心だ。

 これ以上殺される心配がないなら、な」


『で、出来ても、もう殺そうとしたりしません!』


「信用できると思うか?」


『う・・・』


「とにかく、俺は自分から死ぬ気はない。

 おふくろが逝くまではな。

 さっさと帰宅して、明日のために少しでも休んでおかないといけないんだ。

 だからもう俺に話しかけないでくれ。

 ただでさえこっちは、毎日疲れてて大変なんだからな。

 赤の他人の都合に付き合う余裕なんざないんだ」

 俺は、今後の生活のためにも、しっかり釘を刺した。


 四六時中、幻聴のような声に付き合っていたら、

 間違いなく身が持たない。


『はい、すみませんでした。

 でも、あの・・・』

 と、声はためらうように言いよどんだ。


「何だ?」


『た、たまに・・・、

 ほんのたまにでいいですから、

 お話してもいいですか?

 私、多分これから何十年も、あなたの中にいないといけないので。

 その間ずっと誰とも話もせずに過ごすのは、ちょっと・・・』


「・・・」


 ナビゲーター・・・、こいつにとっての数十年が、

 人間と比べてどうなのか。


 せいぜい、一日二日程度の感覚なんだろう・・・、

 多分こいつ不老不死だし・・・。


 別に大した期間ではあるまい。


 だが、施設にいる母も、

 俺が面会に行けない時は、

 数日誰とも話せないのではないか・・・。


「・・・いいよ」

 つい言ってしまった。


『本当ですか!?

 ありがとうございます!!』

 やけに嬉しそうな声だ。


 さっきまで、俺を殺そうとしていたくせに・・・。


(何やってんだ、俺・・・)

 我ながら自分の偽善者ぶりに、ほとほと嫌気がさす・・・。


 ま、歩きスマホをするほど嫌な奴じゃなさそうだし、な。



 ~~~~~~~~~~~


 それから、

 声と俺の共同生活が始まった。


 声は朝になると

『おはようございます』と、


 そして夜には

『おやすみなさい』

 と、必ず挨拶してきた。


 つられて俺も挨拶を交わす内に、

 職場でも自然に挨拶をするようになった。


 もちろん、それまでもしていた事だが、

 周りからすると以前より気持ちのいい感じの挨拶になった、

 という事だった。


 サービス残業は断る事にした。


 上司からは白い目で見られたが、

 それでクビにできるわけでもなし、

 気にしない事にした。


 と、言うより、

 上の反応が気にならなくなったというべきか。


 いずれにしろ、

 それで余裕ができた俺は、

 頻繁に母に会いにいくようになった。


 ――声と一緒に。


 声はよく、異世界の話をしてくれた。

 RPGのイメージそのものの、剣と魔法のファンタジー世界。


 確かに、憧れるな・・・。


 俺は、声から聴いた異世界の話を元に、

 趣味でファンタジー小説を描くようになった。


 別にプロを目指そうというのではない。


 ただ、日々の楽しみとして、

 ネットの投稿サイトに、自分の中にある世界を紡いでいった。


 数年後、その作品のうちの一つがサイトで人気になり、

 書籍化のオファーが来た。


 ただ描いた小説の一つが運よく本になっただけで、

 別にそれで食えるわけではない。


 だが、それでも俺には嬉しかった。


『おめでとうございます!』

 声も自分の事のように喜んでくれた。



 ――やがて、母を看取ってから数十年後、

 俺にもそろそろお迎えの時が来たようだ。


「ありがとうな、これまで・・・」

 俺は病院のベッドで声に礼を言った。


『こちらこそ、いろいろ勉強になりました』

 声が返ってきた。


『あの時、あなたを転生させていたら、

 私は今も視野の狭いままでした。

 これからは、転生する方に寄り添えるナビゲーターを目指していきます!』


「俺も・・・、あの時お前と出遭わなかったら、

 きっと、社会の底で絶望するような人生を送っていたろう・・・。

 お前のおかげで人生に張りができた」


『私たち、出遭ってなかったら本当にあぶなかったですね』


「ああ・・・」


 俺は言った。


「本当に、危機一髪だったな・・・」


【完】



















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