異世界人 七

 パンデモネイオスと呼ばれるこの都市。

 かつては魔族領の首都──魔都と称され巨大な万魔殿を北に眺める悪魔に由来を持つ魔人の都だった。

 現在は異世界人の勇者・如月きさらぎ勇太ゆうたの活躍によって万魔殿に居を構える魔王を倒し、魔都を制圧したことで魔族領はコレオ帝国の属領として支配とされている。

 未だに魔都などの呼ばれることがあるがパンデモネイオスの名はそのまま、領都として戦後処理を行う根城として活用。城下の治安は極めて悪く、逃げ遅れた亜人や、帝国からの開拓団に対する帝国軍の兵士によって残虐非道な振る舞いが蔓延り、魔族が統治していた時代より悪化の一途を辿っている。

 この状況をどうにかして改善しようと、帝都に帰還した皇太子と如月と入れ替わりで配属されたカゼミール公爵家の当主、ブラント・イル・カゼミールが万魔殿の低階層にあるスティギア評議室という半円状のホールで唸りを上げていた。

 このスティギア評議室は魔王を中心とした魔族領の中心的な種族の代表者が魔族領の執政を担う議論の場として利用していたという経緯がある。

 他の部屋は使い物にならず、致し方なくこの広い一室を執務室代わりに使用していた。


 ブラントは異世界人の従者を抱えている。

 執事という恩恵を持った城丸じょうまる将太しょうたは非戦闘系でしかも生産系でないことから早々に脱落者として追放を議論されていたところ、ブラントが挙手して彼を引き取り、自身の右腕として職務に当たらせていた。

 城丸は異世界人で数少ない妻子持ち。ブラントの薦めでカゼミール傘下の貴族から無能者クラックの娘を娶り三人の子を設けている。

 その彼がスティギア評議室という万魔殿の一室に入室する。


「失礼します」


 思いの外軽い大きな扉を開けて評議室に城丸が足を踏み入れる。

 魔道具のトーチで穏やかに灯される室内の席の一つに彼の主、ブラント・イル・カゼミールが着座していた。

 半円状の評議室の、その最前列の席にブラントがいるため、城丸は勾配を降りてブラントの傍らに近づく。


「本日は帝都より伝達がございました」

「ん。申せ」

「帝国軍の残兵五千を全員、至急帰還させよ。カゼミール領軍はそのまま魔王城の平定に務めよ──とのことでした」


 城丸の報告は評議室によく響いて反響する。

 この評議室にはアリーナ席もあり、評議会が開かれていればその様子を見学することもできた。


「そうか。では、早急に指示を送らなければな。帰還のための糧食の用意も必要だろう」

「はっ。それといくつかのご報告がございます──」


 城丸は帝国からの伝令をそのまま伝えた。

 一つは皇帝が崩御し、皇太子も死去。勇者・如月勇太が皇帝に即位。

 それと、セア辺境伯家に叛意あり。そのため、セア辺境伯家を討伐し廃爵した──と。


「それは、本当か!?」


 ブラントは耳を疑った。

 何故、勇者が皇帝に──と、それ以上に妹のセイラが嫁いだセア家にこともブラントは心を痛める。

 信じたくない思いが口に出てしまった。

 城丸はブラントの様子に気を使いながらも淡々と事実を伝え、恩恵の働きにより現状の把握や今後の動向について口にしていく。


「そのようです。私も驚いております。何も報されておりませんから──」

「選帝侯たちは如月の即位を何故、許したのか聞いているか?」


 コレオ帝国では皇帝に即位するために三名の選帝侯による選定を全会一致で通らなければならない。

 一人はロマリー公爵家、一人はカゼミール公爵家、一人は女神教の教皇。

 今回の継承劇ではロマリー家と女神教の教皇が如月の即位に同意したが、カゼミール家には打診がない。

 それはセア家に娘を嫁がせているためという背景があったが、それを知る術がなかった。


「勇者が皇帝に即位した経緯はわかりません。ですが、ブラント様への打診がなく、選帝侯としての招集を受けていらっしゃらないのであれば、ほぼ間違いなく武力で廃したのでしょう。その勢いでセア領へと帝国軍を進めたのなら十中八九、セア家の叛意を利用し、カゼミール家がセア家に娘を嫁がせているという理由でカゼミール家の選定権を剥奪したと考えられます」

「城丸もそう思うか──。して、セア家はどうなったか報告にあったか?」

「帝国軍とセア領の軍事力の差は明確ですからセア家の敗戦は当然として、それでも帝国軍の十万の兵のうち四万を失ったとか──。セア辺境伯領はその後、ロマリー家のものが戦後処理を行い税制などの見直しを行うそうですが、領民がほぼ逃げ果せておりまして、セア領の領都セルムは住人がほぼ居ない状況だと伺っています。そういったことから考えると──」

「つまり、セア辺境伯は亡んだ──と……」

「そういうことになりますね」

「──娘は……セイラの無事を確認することはできないか?」

「それは難しいでしょうね。セア家は寄り子を率いて北に逃れたと言います。領民もセア家に追随してセア領から逃れたことでしょう。帝国軍は当然追手を放ってるでしょうから無事にというのは非常に困難かと──。しかし、帝国兵の多くは北に逃れた領民たちを追ったところ戦略級の魔法で多くの兵を失ったという話もございました。東から攻め入った帝国軍に対して、セルム市の構造から考慮すると西か北からしか出られません。帝国軍は北門から出た領民を追ったと聞いてますから、そちらにセイラ様が逃れていたのならご存命の可能性が高いと思われます」


 城丸の言葉に耳を傾けたブラントは「そうか……」と小さく声を漏らして黙りこくる。

 城丸はこの時、銃についての情報を伝えなかった。

 彼も異世界人であるため、それは異世界人以外の人間に漏らしてはいけない秘匿事項だと考えていたからだ。

 ブラントは自身の考えを城丸に伝えて確かめる。


「そうであれば、次は我らカゼミール家だな。でなければセア家を廃した筋が通らないし、このタイミングで帝国軍を帰還させる理由として充分考えられる」

「そうなりましょう」


 ブラントはカゼミール家が異世界人と真っ向から対立することになるのだろうことを予測する。城丸も同じ見通しだった。

 以前、セア家の当主がガレス・イル・セアだった当時、旧知の友の頼みで彼の息子の面倒を見たことがあり、娘のセイラが懇意にしたためセア家に嫁がせた経緯がある。

 その後、ガレスがセア領のファルタという小さな港町で殺され、その嫌疑を平民にかけたが、当人に行動実績があったことで疑われたのが異世界人。

 その異世界人たちを養護する皇家にセア家は反発して非協力体制を敷くに至った。

 カゼミール公爵家はセア領に処罰を課すことに否定的であったため、皇家から疎んじらがれるようになり、勇者と帝国軍が魔王を討伐したため、カゼミール公爵家に魔族領の戦後処理を命じて新たな僻地である魔族領の魔都パンデモネイオスに遠ざけている。

 そういったわけで、セア家が潰えた今、その次の標的がカゼミール家であることは容易に推察できた。

 しかし、異世界人である城丸には迷いがあり、情報の全てをブラントに伝えたわけではない。異世界人の一人として勇者に下るか、妻と三人の子の父としてカゼミール家に仕えるのか──。

 城丸は役に立たないと帝城から爪弾きされた身。それを拾ってくれたブラントには大変な恩義があるのは間違いない。

 それでも、異世界人には三十年近い親交を深めた親友がいる。彼らを裏切るわけにはいかないと城丸は考えて板挟み状態。

 ブラントの言葉に口を噤み言葉を発せないのは、迷いで決断が濁っていたからだった。

 一通り報告を終えた城丸はスティギア評議室から出るとため息をつく。

 このスティギア評議室は低階層にあったため、無事で済んだようなものだ。

 城丸が魔族や魔王に抱いていたイメージとは正反である。

 ここで政治を語らい統治を敷く。

 魔族領の政治は全てこのスティギア評議室で開かれるスティギア評議会で取り決められていた。

 この世界にも民主主義的な議会が存在したとはね──と、城丸は心の中で独り言ちる。

 なお、この万魔殿の上階層に謁見の間があるが、そのフロアは壁に穴が空き柱が崩されて建物の体を成していない。

 勇者の武技によって破壊されたからだ。

 現在は上階層の取り壊し工事に着手しており、魔王がいた謁見の間はなくなる。

 壮健で頑丈な造りの魔王城が健在だった姿を見たかった──と、城丸はそう思いながら一階層に降りて居住区である宮殿に入り、自室として割り当てられた部屋に籠もる。


 翌日──。

 城丸はスティギア評議室に行くとブラントがすでに業務に当っていた。

 糧食の手配を済ませて帝国軍を帝都に送り出す。

 そのために臣下を使い手続きを早々とこなしていた。


「おはようございます。ブラント様」

「ん。今朝は遅かったな」

「申し訳ございません。考え事をしておりまして、眠りにつくのが遅くなり、今朝、起きることができませんでした」

「良い。お前はとても良く働いてくれているからな」

「お気遣い痛み入ります」

「で、本日のところだが──」


 城丸が挨拶をしてブラントと会話をしていたが、城丸はブラントから今日の仕事の打ち合わせる前にブラントの言葉を遮り、城丸は一つ、願い出る。


「大変、恐れ入りますが、私も帝国軍と共に帝都に従軍させてください」


 城丸の言葉を聞いたブラントは「そうか」とため息を混じらせたが、


「良かろう。許可する。至急準備を行い帝国軍に順軍すると良い」


 と、城丸に伝えて帝都への帰還を許し、糧食の他に必要な物資を自身の判断で追加しても良いとブラントが伝える。


「必要なものは自由に追加しても良い」

「ありがとうございます」


 ブラントの言葉に深々と頭を下げて、城丸は職務に入る。


 それから数日──。

 帝都へ向けて発つ準備が終わった城丸は万魔殿を出て噴水広場──、そして、そこから南に進み、内壁門、外壁門とくぐって魔都パンデモネイオスから抜け出る。

 その先に帝都へと向かう帝国兵が集っていた。

 道すがら、開拓民としてこの地に移り住んだ平民たちや亜人の死体が転がっているのを見て城丸は辟易しながら帝国軍に合流。

 これらの死体は全て帝国兵の手によるものだ。彼らは犯すだけ犯し、殺すだけ殺して死体を放置する。

 この死体を片付けるのは平民たちだ。

 城丸はこのような行為を働く帝国兵に対して強い嫌悪感を持っていた。

 妻や子が、もしかしたらこうなるかもしれない。

 そんな未来もないわけではないのだ。

 それでも、城丸にとって異世界人は同郷の同朋。自分の目で確かめて自分の身の振り方を──その答えを出さなければならない。

 城丸はその想いを胸に帝国軍と共に帝都へと向かう。


 こうして旧魔都に駐留していた帝国軍は撤収し、この地には八千にも満たないカゼミール領軍のみが残った。

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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました ささくれ厨 @sabertiger

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