閑話
無能者
私が十歳の誕生日に行なわれた鑑定で、私は恩恵を授かっていないことがわかった。
アステラの──、いや、このコレオ帝国では、貴族の子が十歳を迎えた日に鑑定をして恩恵を調べる習慣がある。
平民では二十人に一人程度が恩恵持ちとされているけど、貴族は八割程度が恩恵を持っている。
両親が恩恵を持っていると、その子らにも恩恵が引き継がれる。そのため、貴族の間では恩恵を持たない者は〝無能者〟と称して疎んじる傾向があった。
領民学校に入学して、最初の冬を迎え、十歳になったその日。
私が無能者であることが判明。
「そ──そんわけがあるかッ! ニコアは幾つもの属性の魔法を使えるんだぞッ! 何故ッ! 何故──ッ!」
お父様は狼狽を隠さなかった。
けれど、お母様は私を抱きしめて、
「大丈夫よ──。ニコアは恩恵に授かれなくても詠唱せずにどんな魔法だって使いこなしてるじゃない。女神様はきっと、ニコアに恩恵ではない特別な物を授けてくださってるのよ」
と、そう言って私を諭すように撫でてくれた。
私は小さい頃から魔法が使えた。
それが両親にバレたのが私が六歳のころ。
部屋から出て見つからないセインを探すのに、暗い廊下や部屋ではどこにいるかわからないから、光を出した。
それがお父様とお母様に見られてしまったのだ。
「ニコア──。お前、光魔法が使えるのか?」
お父様は目をまん丸にして私を見る。
「ニコア、凄いわね。いつから使えるようになったのかしら?」
お母様は私の頭に手を置いて、私が魔法を使うことを喜んだ。
それから、廊下が私の魔法で明るくなったのを不思議がったのか、セインが出てきた。
「おねーたん、まほー? まほー?」
セインはどうやら、この家を探検していたら暗くなって見えなくなり、そのまま動かずに泣いていたらしい。
どこに居たのかはわからないけど、私の魔法で廊下が明るくなって、部屋の中に薄明かりが射したから、光を辿って出てきたのかな?
セインが無事に見つかってホッとした我が家。
その後は私の魔法を追求される羽目になり、いくつかの魔法を披露すると、お父様もお母様も二人して感動していた。
「無詠唱で魔法を使える者は少なからずいるけれど、光だけじゃなくて、火、風、水も使えるなんて! ニコアはきっと素晴らしい恩恵を持っているに違いない!」
お父様がとても燥いでいたのはとても強く記憶に焼き付いた。
私、土も使えるけど、闇魔法というのがまだ良くわかっていない。
そもそも魔法そのものがよくわからない。
頭の中で『こんなことがしたい』と思い描くと〝できる〟と〝できない〟と心の中で答えが返ってくる。
そして〝できる〟と返ってきた願いを〝する〟と脳裏で決定すると魔法が発現するのだ。
多分だけど、私が生まれ変わる直前に女神様に言われた【女神の恩寵】というものの効果なのかもしれない。
鑑定の結果を知って、私はそんなことを思い出していた。
恩恵が神様からの賜り物ということなら、私に与えられた恩寵も神様からの授かったもの。恩寵を戴いているから恩恵に与れないというのなら、何となく腑に落ちるところがあった。
儀式のあと、
「無能者とはなんと忌々しい──。だがッ──」
と、お父様の狼狽は止むことがなかったけど、
「これだけの魔法を無詠唱で使いこなせるんだ。我が家に留めてセア家の誇る辺境伯家付の魔道士として扱おう」
と、お父様は言葉を放つ。
「ニコアは私の自慢の娘。ゴンドにとってもそうよね?」
お父様の言葉を聞いたお母様は釘を刺すようにお父様に同意を求める。
「ああ、当然だとも。ニコアは私たちの大切な娘だよ」
そんなお父様の言葉を私は信じたいとその時は思った。
貴族の子が
成人とされる十五歳までは家で面倒を見るけど、その後は家から追放されて平民として生きる未来しかない──女なら、どこぞの奴隷になるかどこかの貴族の側女として出されるかとかあるかもしれないらしいけど……。
でも、私には魔法があった。
領民学校でも上位に食い込めるほどの魔法に長けた成績を残している。
たとえ無能者であっても、それだけは覆らない。
お父様はそれだけの能力者を平民に落としたり側女に出すよりも、セア家付の魔道士として家に留めたいと考えた。
というわけで、鑑定の結果は最悪だったけど、魔法のおかげで最悪の未来にはならないのかな……。
私はセア家の女で居続けられるらしいことがその時はありがたく思っていた。
その翌日、領民学校にて──。
「ねえ、クウガ」
私は隣の席の平民。クウガに話しかけた。
彼は平民なのにセア領民学校史で最も魔法の扱いに長けた少年だ。
彼の父親のロインはとても美丈夫な男性でミシア先生がとても懇意にしているのがなんとも言えないところだけど、クウガの母親もとても器量の良い女性で、その昔、爆炎の魔法少女という二つ名を持っていた銀級二階位の冒険者だった。
「何でしょう? ニコア様」
十歳の彼は恭しく返事をする。
「ねえ、ここ学校よ。様じゃなくて呼び捨てにしてって言ってるじゃない」
なので、私は注意をする。
この領民学校では身分に関わらず同じ生徒として平等でなければならないのだ。
クウガが「申し訳ございません」と謝罪したけど、それを受け取って、私は言葉を続ける。
「あなたは恩恵など持っていらっしゃって?」
「恩恵──ですか……」
「そう。鑑定……するんでしょう?」
「わかりません。平民の間では鑑定をしたりということはしないようでして、父さんと母さんも冒険者
平民ならそれも当然か──。
ともあれ、このクウガという男は、私以外の貴族たちにも〝様〟で呼んだり、敬語以外で話すところをみたことがない。
ミシア・ル・ムディル先生に対して、クウガは〝ミシア先生〟とは呼ぶものの砕けた会話をしない。
少しくらいクラスに打ち解けても良いんじゃないかとは思うけど、この優秀者のみを集めたクラスで彼はただ一人の平民。
そして、完璧な成績をここまで誇っている秀才。近寄りがたいのは仕方ないことなのかもしれない。
「確かにお父様からは平民は鑑定しないって聞いてたけど、クウガほど魔法を使えるなら銀級冒険者のあなたのお父様に鑑定を受けさせてもらったのではと──、それは私の考えすぎだったわね」
その日はそういった会話をしたというのをよく覚えてる。
それはその後、私が〝
貴族社会に無能者は相応しくない──だから、私もクウガと同じくクラスで浮いた存在になりつつあった。
彼との会話はもともとそれほどないけれど、それでも、時々彼が授業で見せる魔法の数々が気になって聞いたことがある。
二年生になってからのある日の授業で、標的に魔法を当てるという訓練をした。
その時、彼は標的を爆発させたのだ。
わかりやすく手のひらを標的に向けて詠唱をせずに爆発させてみせた。
──凄い。
私は素直にそう思った。
だから、彼に訊く。
「その魔法はどうやって使ったの?」
無能者の私に彼はどう返すのか。気になったけどそれは至って普通で──。
「母に教わったんです。昔、冒険者をしていたときにこの魔法が一番使いやすかった──と言って僕に教えてくれました」
そう言って彼は私の目の前でも披露してくれた。
火と水の魔法を組み合わせたもので、彼はそれを絶妙な魔力の操作で小規模に抑えてる。
コイツ、神かよ。
そう思えるほどに細やかに魔力を微調整していた。
「凄いわね──」
さすが、爆炎の魔法少女の息子。
これは生まれ持った才能だと私は思った。
遺伝子のパワーだ。
「そうでしょうか。きっとニコア様もコツを掴めば直ぐにできるようになりますよ」
「そういうのは良いけど、〝様〟じゃなくて呼び捨てで良いのよ。敬語も不要」
クウガは相変わらず敬称を怠らず敬語も止めない。
クラスでもそんな感じだし、身分というのはどこであろうとも重いものだ。
辺境伯家の娘で〝無能者〟となった私はそれを痛感する。
それでも、家ではお母様のおかげで辺境伯家の娘としてお父様にも大事に扱われるようになった。
クウガのおかげでたくさんの魔法の使い方を覚えたし、それを、お父様に見せると自慢の娘だととても喜んでくれたからだ。
私がコツを掴むまで出し惜しみすることなく魔法を教えてくれたクウガには心から感謝してる。
だと言うのに、彼との会話は数ヶ月に数分しかないとかそんなことが長いこと続いた。
クウガは成績優秀者が集うクラスで唯一の平民。彼を疎ましく扱う貴族ばかりだけど、学年の間では特に平民の生徒たちからはとても慕われている。
遠巻きにしか眺めることができなかったけど、クウガは彼に教えを請う平民たちに剣術や体術、魔法を嫌な顔ひとつせずに真剣に教えていた。
彼のような人が、前世の世界に居たらそれはもう大変モテただろうに。
きっと私もキャーキャーいって彼に教えを請いに行ったに違いない。それくらい分け隔てなく多くの人に接していた──けど、女子がとても多かった印象もやっぱりあった。
その彼と、私は今、祖母を含めた三人で北を目指してる。
前世のクラスメイトたちに殺されたお父様、お母様、セインにレネルの二人の弟、そして、私の侍女のリンカ──私は彼らの遺体を焼いて家族の死を受け入れることにした。
このカタキは絶対にとる。前世の世界の同朋に刃を向ける重圧に押し潰されそうなほどの怖さはあるけど、私が掴んでいるこの腕の持ち主が居てくれたならきっと──。
クウガは両親を探すためにかつての公国──メルダの関所に近寄ってから北を目指すそうだ。
そうならきっとレイナ伯母様もご一緒しているはず。
私の両親の死を伝えたらレイナ様も強力してくれるだろう。
最近のレイナ様は妙にショタコンっぽくて気色が悪いけど、わかってくれると信じたい。
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