異世界人 六
賢者の
セルム市とその周辺の制圧が終わり、時間を持て余し始めていた。
謁見の間の玉座に座り、そろそろ飽きてきた頃に正面の両開き扉が開く。
「高野様、私どもの配下が到着いたしました」
入室してきたのはロマリー家を着いだばかりの青年。
デム・イル・ロマリー。
「ご苦労さん。じゃあ、ここは任せるよ。俺は休んだら動こうかな」
「かしこまりました。お出になるようでしたら馬車の用意をいたしましょう」
「ああ、頼むよ」
「では、女を用意してございます。ごゆっくりお休みください」
デムの言葉を聞いて、高野は玉座から立ち上がって左手を振って挨拶の代わりとした。
高野は政治に興味がない。
高野だけでなく、異世界人は誰一人として国政や領政に興味を示さなかった。
政治はどことなく胡散臭いと感じる彼らは、国や領地の運営に身を投じる事を忌避したのだ。
だから、せっかく皇帝になって帝城の玉座を手に入れてもただ座っているだけで大部分は新たに政治に関わるロマリー公爵家の関係者たちに任せっきり。
そしてそれは、ここセア辺境伯領でも同じだった。
このセルム城には高野の他に何人かの異世界人が滞在している。
剣聖の
同じく狂戦士の恩恵を持つ
その他、三人の異世界人は宮殿の部屋で女たちとじゃれ合っている。
それから、二日後──。
セルム市の西門から逃げた貴族やセア領民を追撃するために一万の軍を編成し、出発した。
高野を筆頭に異世界人を三名同行。
四頭立ての馬車に乗り悠々と北に針路を取る。
途中、宿場町に寄り、宿と女を調達しようと馬車を降りるも町には人っ子一人としていないもぬけの殻。
食糧の調達も出来ず、高野はやむなく軍の半分をセルムに引き返させた。手持ちの食糧では軍を維持できないためである。
五千の兵で北を目指すこと数日。
ファルタに着いた。
そのファルタでも人を見かけず──だったのだが、軍港を築いていた場所に人だかりができていたのを見つける。
「高野様。あの港に人が集まって──船を出そうとしています」
馬車の外からの報告を受けた高野は指示を出す。
「追いかけろ。ひとり残らず殺せ。俺らは船を撃つ」
「はっ」
「あ、待て。それと宿屋に残っている人間が居たらそいつらも始末しとけ」
「承知しました」
高野は兵士に指示を送ると窓を締め、同級生に話す。
「俺たちも行くぞ。俺たちはライフルで船上の反逆者どもを撃つ」
彼らは前回、セルム湖岸でもライフル銃を扱っている。
実戦はこれが二度目。一度目はスコープに映る人の姿に興奮し彼らは人を撃つことに酔いしれていた。
その時のことを思い出して、彼らはライフル銃を手に取るとその興奮を思い出す。
ファルタに入り、港には直ぐに到着した。
高野たちが馬車から降りると港は既に掃除を終えており、船は今しがた出発したような状態だった。
兵士たちが弓を構えて放つが捉えるに至らない。
「やるぞ!」
という高野の声から銃撃が始まった。
「一番のりー」
一人目を撃ったのが新村。
「あ、女だったわ。ガキを抱えてたぞ」
二人目を撃った木島。
「俺、おっさんだったわ」
三人目を撃った藤沢。
「ガキか?」
高野は新村が撃った女の近くで立ち上がった子どもを撃った。
四人は躊躇すること無く撃ち続ける。
「だいぶ死んだか?」
新村がスコープ越しに見て立ち上がっている人間がいないことを確認した。
「いや、待て。女の子が立ったぞ」
藤沢がスコープ越しに女の子が立つのを見る。
「撃つぞ!」
高野が大声を上げて引き金を引いた。
すると、弾丸が途中で止まり、その場で真下に落ちた、
何かおかしい。
そう思った瞬間、視界が真っ白になり、高野は気を失う。
高野の目が覚めたのはそれからしばらく時間が経ってからのことだった。
周囲には怪我をした兵士たちが横たわっていて、クラスメイトたちが居た場所は綺麗サッパリ消えていた。
そこに居たはずの同級生を高野は探す。
「新村!」
新村の返事はない。
「木島!!」
木島の返事はない。
「藤沢ー!!」
藤沢の返事はない。
「……何があったんだよ。一体」
そして気がついた違和感。
「お、俺の左手が……。ああ、右目が見えねえー」
左腕の肘から下が消えて血が流れ出ていた。
右目はスコープ越しに強烈な光を見たからか。
「クソッ!」
高野は長い詠唱をして自身に回復魔法を使う。
左腕の傷は塞がり、血は止まったが肘から先は無くなったまま。
右目の視力は何とか回復。
帝国兵は三千ほどが消えていなくなった。
爆風で馬車は壊れ、馬も見当たらない。
高野と残った兵士たちは途方に暮れて旧セア辺境伯領の領都セルムへと戻ることにした。
一方、メルダでは聖女の
ところが多くの女子たちが、難民と一緒に北に行きたいと言い出す。
「どうして?」
結凪は聞いた。
すると帰ってきた答えが、
「え、ロインさんと行動したいじゃん? あの人も逃げられる場所を探してるんでしょ?」
「それを何で? って聞いてるのに」
「そりゃ、結凪だって、こっちに来たばっかりの時に、くーちゃん、くーちゃんって泣いてたじゃん。それと一緒だよ」
「はあ? でもロインさんって結婚してるでしょ?」
「や、結凪は何も知らなさすぎ」
「な、何よ」
「ここは異世界だし重婚は問題ない。それに平民に結婚制度はないんだよ。で、私たちはもうアラサーで貰い手のない生き遅れって扱いじゃん。そしたらヤりたい男とヤって子ども産めたらラッキーってさ」
「それって良いの? 子ども産んで育てられるの?」
「え、だって、あたしら異世界人だよ? 恩恵で稼げるじゃんね。子どもがいればとりま変な目で見られなくて済むし」
「やー、そこまで考えてるなら好きにすれば良いけど……。確かに私たちも北に行こうとしてたわけだし」
「なら良いね。みんなもそうだったら喜ぶよ」
と、こんな話ばかりだった。
結凪の唯一無二の仲間だと思っていた聖騎士の
皆がロインロインというからウザいと思っても、そんな時に必ず
その度に、一人になると「くーちゃんに会いたいなぁ……」とため息をついていた。
それから、しばらく──。
「妻も目が覚めたので、私たちは北を目指そうと思います」
ロインからそう報された。
彼の横にはとても美麗なラナという女性。
ラナの夫であるロインはたしかにこの世のものとは思えないほどの中性的でありながら端正な顔の持ち主。上背はないがスリムで引き締まった身体とバランスの取れた手足。見るものを強く魅了し、多くの女性を引きつけるその色香。結凪の目から見てもロインは間違いなく魅力的な男性に見えていた。
それでも、惹きつけられるほどではないのは、天羽空翔という今は亡き想い人をまだ忘れずにいたからである。
周囲の同朋の女達がロインに見とれながら、耳を甘く刺激する美丈夫の美声にうっとりした表情見せていたが、結凪はロインの言葉を聞いて、異世界人を中心とした彼女たちの集団もセア領からの難民と行動を共にしたいと伝えることにした。
「そうですか。私たちも北へ向かおうとしていたんです。もし不都合などがないようでしたら、そちらの皆様に同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
結凪は自身の目的地を伝えて、セア領の難民たちと北の地へと向かうと言う。
クラスメイトの女性たちの意見に折れたという見方もあるが、銀級冒険者の実力者が二人もいて、セア家の貴族もいる。
異世界人の恩恵持ちと、ロインを始めとした協力者がいれば、旧魔族領を北上するために多少の争いごとがあっても乗り越えられるだろうという考えもあった。
要するにどちらにとっても安全に北へと歩むために必要な〝戦力〟だという考えもある。
それを現すかのように、ロインの隣に歩み寄る胸の大きな金髪碧眼の美女が結凪の申し出に笑顔を見せた。
「私たちとしては、聖女様に同行いただけるほどありがたいことはございませんので、是非お願いしたいわ」
その女性──レイナ・イル・セアが異世界人の申し出を快諾。
しかし、同じくその場に居るレイナの弟のレオル・イル・セアが言葉を挟む。
「──ですが、帝城の異世界人は宜しかったんですか? 同郷の方たちでしたよね?」
彼はレイナの四歳下の弟で難民たちのメルダ到着から少し遅れて、この地に何人かの異世界人と共にやってきた。。
「レオくんさー。私らがあの〝異世界人〟に辟易してるって本当は知ってるよね? 帝城になんて絶対に戻りたくないのにさー。何で聞き返すの?」
結凪に変わって声を出したのはレオルと同じタイミングでメルダ入りした
レオルと大西は見知った中でほんの少しだけ親しい間柄でもある。
「まあ、良いじゃない。一緒に行っても良いんだから、私たちとしてはそっちのほうが助かるしね」
一条が言った。
その影で小さくやり取りをするレオルと大西。
「あとで覚えてろよてめー」
と口の悪い大西に対して、
「声に出さないと誰にも伝わらないでしょ」
とレオル。
「じゃあ、お姉さま行きましょうか!」
レイナがラナの手を取ってメルダの北門──メルダの関所を抜ける。
ラナの心配を察したリルムとクレイはロインの左右の手を繋いで歩く。
「奥様、とっても苦労してらっしゃるんですね」
結凪はラナにそう声をかけた。
「ええ、とっても。いつもこうなの」
ラナがそう言ってケタケタと、結凪はつられてカラカラと笑う。
ラナは北に行けばクウガと合流できるとそう信じて、魔族領の北の城──魔王城を目指した。
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