北へ 二

 ファルタに避難したセア領民とファルタの住人の多くが三kmという川幅を誇るファルタ川の対岸に渡った。

 平民だけで小舟や漁船を使って総数で三万人近くという大人数を何日もかけてピストン輸送。

 ファルタの対岸に新たな都市の形成を始めていた。

 ここは新ファルタとでも呼ぼうかそれとも魔族領ファルタとでも呼ぶべきか悩むところだけど第二のファルタが旧魔族領にできる。

 そして、ここは魔族領では辺境とされて立場の弱い魔族たちが多く生息し、ところどころに集落を形成していた。

 この魔族の殆どが獣人で、俺は彼らとの対話を経て魔族領側の河岸沿いに移動できることを確認し、移動を提案するに至った。

 それで実現となったわけだけど、これがまぁ、皆が思い思いに土地を定めて適当に雨除けを作るもので、景観や利便性は度外視。

 住宅の場所とか店の場所、漁をするための場所などそういうものはある程度ルールが必要だろうに無秩序に個々が決めていくから大変なことになりつつあった。


 新しいファルタになるこの場所。

 旧ファルタとは異なり河口から伸びる海岸は浜辺と呼べるもの広くない。

 北に向かって断崖が徐々に高くなっていて、途中の切れ目らしきところまで続いていた。

 そこで崖が折り返しているのなら、その向こうにも大陸が続いているのかもしれない。

 だとすれば、この大陸の北端は魔族領ではない可能性が出てきた。

 まあ、それを知るには足を使って見に行くしか無いわけだけど、獣人の縄張りがところどころにあるから無用に刺激をして争いごとなるのは避けたいので、今はそういった探索はするべきではないだろう。

 それに俺は父さんと母さんを──家族を探したい。

 だから、できる限り早くに俺はここを離れたいと思っていた。

 とはいえ、闇雲に出ていっても探し出せなくて何年経っても見つからないというのはやめたいところ。

 そんなわけで俺はどうにか情報を聞き出せないか、聞き耳を立てて良い手がかりがないか探していた。


 そうした矢先──。

 南から大きな船がやってきて接岸する。

 貴族たちが軍港で準備していた船だろう。初めて見たけど船室とかみたいなものはないし、本当に少し多めの人数を運ぶためだけに作られたようなそんな作りだ。

 船体の中央よりやや前側に操舵室みたいなものがあってそこだけ屋根が見える。

 見た感じは大きな漁船っぽい。前世のクラスメイト──異世界人が関わっているのかもしれないな。

 だが、接岸したというのに、船から一向に人が降りる気配がない。


「おい! 船の様子がおかしい!」


 平民たちがざわめいた。

 あの船に多数の貴族が乗っているというのは知っていたが、誰も降りてくる気配がないことに違和感があったんだろう。

 平民たちの何人かが船の様子を見るために近寄った。

 俺も気になって船の近くの河岸に近寄ると「貴族が死んでる」という声が聞こえる。


「生きてる者もいるぞ」

「とにかく生存者を救助しよう。死んでるものは後回しだ」

「操舵士は生きてる。着岸させるぞ!」


 俺からは見えないし、小さな声は聞こえない。

 ともあれ、彼らは貴族を拒絶するのかと思いきや救助活動を始めていた。

 俺は着岸作業を始めた彼らの傍らに行った。

 すると、船はところどころ血でベッタリと赤く、生きた気配のない手足や、頭が欠けた死体が見えた。

 確かにこれはただ事ではない。


「俺も手伝います」


 というと、大人たちが大声で反応。


「子どもは黙って見てろ」


 子どもは邪魔。ということか。

 まあ、気持ちはわからなくもない。

 それから船から生存者が降りてきたけど──手がなかったり耳から血を出しているものもいたし、それで生きているのが不思議だという者もいる。

 それから見覚えのある姿が見えた。


「ニコア……」


 彼女を支えてるのはニコアの祖母のミローデか。


「生きていたのはこれだけ?」


 平民の一人が言う。

 船上を確認していた男がそれに答える。


「これだけだった。操舵士は生きてるけど航海士は死んでたよ」

「……それにしても生きてたのは、たった数人だけか」

「しかし、この死体。何があったんだ。魔物にでも襲われたのか?」


 俺は気になって身を乗り出して船上を見ると、折り重なって身体のあちこちに弾痕があったり、ライフル銃で撃たれたのか身体の一部分が消し飛んでいたりと凄惨な状態だった。

 野営実習のときと同じ傷をここでも見る。

 つまり、この船は帝国軍に襲われた──ということだろう。


「クウガ……?」


 船を見ていた俺に声をかけてきたのは、泣き顔のニコア。


「ニコア様……ご無事で何よりです」

「無事じゃないよぉ。お父様が……お母様が……セインが………レネルとリンカも……みんな死んじゃったよぉ……ふええっ……うう……」


 ニコアが俺に抱き着いてきた。

 俺の背中の服をギュッと掴んで嗚咽を漏らす。


「ニコアの知り合いかしら?」


 泣きじゃくる彼女と一緒にいた初老の女性が話しかけてきた。


「領民学校の同級生で、クウガと申します。この状況なので無礼をご容赦いただければと……」

「ああ、あなたがクウガくんね。ニコアやレイナからあなたのことをよく聞いてるわ。私はミローデ。ミローデ・イル・セアよ。こんな状況で不敬を咎めるわけがありませんから、ニコアの傍にいてあげて」


 ミローデは言う。

 確かにこの状況で身分を振り翳すのは人間としてどうかしてるよな。

 降りたばかりの人たちも、きっと貴族だろうけど、彼らも家族を失ったのだろう。

 降りた後に座り込んで泣いていた。

 ミローデは周りの様子を見回してから俺に訊く。


「いろいろお話したいことはありますけれど、これからどうするかを考えなければならないわね。クウガくんはこれからどうなさるのかしら?」

「これからのことはまだわかりません。僕は家族を探したいところですがどうしたら良いかわからないんです。ミローデ様は、その──大丈夫なのですか?」


 やけに気丈にしているミローデに違和感を持った俺は無理をしているんじゃないかと思い、ミローデに訊いた。


「私は落ち込んでいられません。ガレスを失って、息子を失った。孫も息子の嫁も亡くなってしまったけれど、ニコアは生きているし、レイナやレオルはまだ生きているかもしれない。セアの名がある限り、家の復興は目指したいと考えています。ですから、私は泣いていられません」

「レイナ様は母さんと一緒にいました」

「レイナがラナと一緒だというのは伺っているわ。彼女たちはきっと、北門を抜けたと思うの。何も無ければメルダに出て、この魔族領に抜けているでしょう。私たちは魔王城のあった場所を──魔族領の北部を目指すことにしておりました。私たちの配下がうまく民を導けていたらきっと魔王城を目指している筈です」

「魔王城ですか……」


 俺たち平民は魔王城がどこにあるのかはわからない。

 ただ、勇者が魔王城で魔王を倒したということだけしか知らないからだ。

 ミローデはメルダから北に向かえば魔王城があると言う。


「でしたら僕は、メルダの橋まで行ってそこから北に向かいます」


 メルダ近くから北に逃げた難民の足跡を追おう。

 そしたらきっとそう遠くない将来に合流できるはずだ。

 ミローデにそれを伝えたら、俺の肩に顔を埋めているニコアの声がする。


「私もいく……」


 ニコアが俺の背中の服を掴む力が強くなる。


「私もいくぅ……。私もいくよぉ……」


 声が震えているのは泣いているからだろう。


「ええ。行きますとも。ニコアも一緒ですよ」


 ミローデはニコアの背中を擦って優しい声で諭す。


「んっ……んんっ……わっ……私も一緒にぃっ………くぅッ……からぁ………」


 ニコアは泣きながら返事をした。


 ニコアが落ち着くのを待っている間、ミローデが生き残った貴族たちと何やら会話を交えている。

 俺はそれを遠巻きに見ているわけだけど、平民の代表者が険しい表情で相談事をしているようだった。

 ときおり聞こえてくる単語で、どうもこの後のここの運営について話しているらしい。

 この状況では何も作り出せない貴族は役に立たない。

 それに今回は平民を蔑ろにした結果でもある。

 そういった不平不満をあげる平民は少なくない。

 しかし、こんな声もあった。


──私たち平民では新しく町を作ったとしても都市のルールや整備、景観について考えが至らない。


 とはいえ、少なくなってしまった貴族だけでは都市の運営を全てまかなえるわけではない。

 なにせここは三万人近い難民が犇めき合っている。


 で、最終的にどうなったか。

 貴族は学校や公務で培った知識で法整備や都市計画を立てる。

 平民から代表者を選んで、代表者は貴族たちに協力をする。

 といった感じで決まっていった。


 それから、船上の無数の死体をどうするか。

 ここは魔族領。獰猛な飛行生物も決して少なくない。

 土に埋めるのは死体の腐臭で魔物や魔族を刺激する可能性も否定できない。

 結果、船ごと燃やすことになった。

 ニコアはゴンドとセイラから装飾品を取り出して顔が綺麗な状態のセイラにキスをしてお別れの言葉を捧げる。

 弟たちは装飾品の類がなく遺せるものがない。

 生き残った他の貴族たちも同じで親族の遺体から形見として装飾品などを外していた。


「では、僕が──」


 俺が船に火をかけようとしたら、ニコアが止めた。


「私が火をつけます」


 そう言って右掌を船に向けて意識を集中。

 ニコアもまた無詠唱で様々な魔法を使うのだ。

 船は勢い良く燃え上がった。


「あれ、火の温度を上げるときってどうするんだっけ?」


 ニコアが何やらブツブツと呟いていたのが何となく印象に残る。

 船が完全に燃え尽きるまで、俺とニコア、ミローデはその場から動かなかった。

 川の水の中の船底は燃え残ったが、それも引き上げてから河岸で燃やし、遺体も船も何もかもが綺麗さっぱりと消失。

 その作業が全て終わるとニコアは言った。


「遺体を見て、死んだって理解してるのに、まだ一緒に居られるんじゃないかって……こういうのって不思議だわ」

「ええ。私も同じでガレスが死んだって聞いた時は信じられなくて、直ぐに帰ってくるって思ってたもの。今だって居なくなったというだけで、実はどこかで元気にしていて、そのうちに帰ってくるんじゃないかって……、ちょっとした物音がしただけでも、ガレスが帰ってきたって思っちゃうんだもの。人が死んだなんて実感は、本当にわからないわ」


 ニコアの言葉にミローデが言葉を綴る。

 ニコアはミローデに頭を抱えられて身体を預けているのに俺の服の袖は彼女に掴まれたまま。

 俺がニコアから離れることを許してくれない。


 それから、翌朝──。


「カイル、キウロ。世話になった」


 俺は新しいファルタから出ることを決めて直ぐに出発することにした。

 そこで、昔馴染みのカイルとキウロに別れの挨拶。


「良いってことよ。おかげで生きてるんだしな」

「クウガ。お元気で。今度は家族で来いよ」


 カイルとキウロ。遠慮がちに──だけど、言葉遣いは普段どおりというなんとも奇妙な状態で送り出してくれる。

 俺の後ろにはミローデがいるし、俺の袖を掴んで離さないニコアがいる。

 彼らにしてみれば──いや、俺もだけど、辺境伯家の前当主のご夫人であるミローデや、当主の長女のニコアは雲の上の存在。

 彼女たちの前だけど、こうした無用な緊張感で、旧知の仲だと言うのに微妙な距離感というのはちょっと寂しい。

 とはいえ、カイルとキウロにはとても良くしてもらったし、ファルタの人たちには感謝してもしきれないほど世話になった。

 それに旧ファルタで近所だった人たちからも食糧を少し分けてもらえたから当面は何とかできそうだ。

 これは父さんと母さんがファルタでとても評判が良かったからに違いない。

 ファルタでこんなにお世話になったことを──父さんと母さんのおかげで助けてもらえたことを俺は伝えたい。


 そう思いながら北東に向かって旅立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る