第5話 3人の生活(終)


 「お義母さんが呼んでいる、さ、行きましょう」

 妙子は幸長に促すと、2人で階段を降り始めた。停電中なので、暗い中、2人は慎重に階段を降り始めた。停電が多いので、こうしたことに離れているはずであった。しかし、それでも、2人は慎重に階段を降りた。転んでけがをしても、ろくに薬もない昨今である。

 「あ、お義母さん、すみません、主人と上で話し込んでしまっていました」

 「ご飯の支度を手伝ってちょうだい」

 姑の則子の指示に合わせて、妙子は調理をした、とはいっても、実家の藤倉家にいた時同様、米はなく、ジャガイモ、カボチャ等、根菜中心の-それこそ、何の変哲もない-夕食であった。こうしたこともあり、生活の様々な側面が

 <江戸時代>

に逆行している感のある昨今である。

 調理の後、3人でちゃぶ台を囲んで夕食となった。

 村田家にも、父にあたる人物がいない。幸長の父にして、則子の夫にあたる人物・勇は、南方戦線に送られたまま、戻って来ていない。しかし、

 <安否不明>

の状況の為、峯雄とは異なり、

<戦死>

の通知は、軍から来ていなかった。

 則子しては、夫のことは、既にあきらめているのかもしれない。それでも、家の掃除の時には、

 <主人・勇の部屋>

は必ず、自身の手で掃除していた。また、勇の持ち物等は、捨てることなく、その室内で保存しているのである。そんな則子の姿を、妙子は、

 「お義母さんにも、きっと、自身の意地があるんだろうね」

と解釈していた。それは、則子なりに、夫・勇についてあきらめることなく、自身の

 <家庭>

あるいは

 <結婚生活>

を彼女なりに維持することによって、彼女なりに、

 「夫を<国家権力>によって奪われたなどとは認めない。私の生活は私のものだ」

という、則子なりの

 <体制への反逆>

があるのかもしれない。

 則子も、日々の生活苦の中、いつ帰るとも知れぬ夫を待つのは苦しいかもしれない。それでも、そうした生活を貫いているのは、それが則子にとって、ある種の

 <一縷の生きる活力>

等になっているのかもしれない。

 そんな義母の様子を見ていると、妙子としては、改めて、

 「大東亜戦争に勝って、良かったのか?」

という疑問が湧いてくる。そのことで、実際、母・静江と家庭内でそれこそ、

 <戦争>

を起こしかけたという、苦い経験もあった。

 しかし、村田家において、そうした問題を持ち出して、それこそ、

 <嫁姑戦争>

という新たな戦争を勃発させることは、避けたいし、避けねばならないことであろう。

 室内が急に明るくなった。電力供給が回復したらしい。ロウソクの火を頼りにちゃぶ台を囲んでいた一同はしかし、然程、驚かなかった。こうしたことは、最早、日常の風景であった。

 「妙子さん、ごめんなさいね、配給も色々、滞りがちなんで」

 則子が、完食した妙子に言った。

 「いいんです、皆、苦しいですから」

 妙子は、思った。

 「配給と、主人の給与で何とかしているけど、今後、どうなっていくのかしら」

 食糧難の昨今、闇物資を手に入れようとしても、そもそもの物資不足によって、値上がりが激しい。また、値上がりの激しさ故に、通貨でまかなえない状況になれば、物々交換になるかもしれない。

しかし、所謂、

 <庶民の家>

である村田家に、物々交換を賄えるような高価な品等はありそうになかった。


・ 幸長‐妙子


は、<結婚>という新しい

 <出発>

をなした。しかし、ここから始まる新しい生活は、果たして、どこに向かうのであろうか。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もう1つの東西冷戦-妙子の結婚-<非常時>=<常時>の下での出発 阿月礼 @yoritaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画