sketchy

石川ライカ

sketchy

 ぽくぽくぽくと、木魚が鳴く。僕はといえば、紙魚に食い散らかされている。これではいけないと思い、脳みそを手にとってそっとスケボーの上に置いた。僕の脳みそはサッと湯通しした程度には固いので――尤も、他人の脳みそなんて一度も見せてもらったことはないのだが――ぷるん、とひと揺れしてそれは自立した。さてどうするのかとちょっと眺めていると(僕には午後行かなくてはならないところがあり、この辺は3倍速くらいの描写になっている。粘菌の動画とかを思い出してほしい。あれを実時間で眺めて一日を潰したい人はいないはずだ)、にょきにょきと側面から手が生えてきて――手というか触手みたいなものだが、そう書くと生々しいし、僕もホンモノの触手なんて見たことないし――それはスケボーと一体化した。自律したと言うべきか、むしろホントウの意味で自立したと言えばいいのかもしれない。スケボーの表面はざらざらのヤスリのようになっていて、もし裸足でそこに立てば一週間は歩くのもままならぬ大惨事が待っているだろうけど、とりあえず彼は居場所を見つけたみたいだ。僕は一安心して別れを告げた。スケボーはゆっくりと滑りだした。


 カラカラカラと車輪は滑り、無機質な白い天井と無数の蛍光灯が鈍い光とともに流れていく。まわりには白衣を着たいかにも真剣そうな、賢明な人たちが自分をどこかへ運んでいく。ああだめだ、こんな天井は自分が乗る坂とはなれない。カナカナカナ……と夕方の日差しが打ち鳴らされるどこかの公園で、一人静かに板を乗り回しているはずなのに。


 日も暮れて、スケボーと彼は夕暮れの峠を越えようとしていた。トンネルの中で、オレンジ色のライトが周期的に彼の額から後頭部にかけて刻まれたあまたの皺をなぞっていく。このままどこまでもいけると思った。僕らは夢を見続けよう。彼は腋の下あたりのこそばゆい皺のひとつからWALKMANを取り出した。普段からサブスクでばかり音楽を聴く習慣となっていたので、出発前に家のWi-Fiでダウンロードしたものがこれからのすべてだ。彼はイ・ランの「患難の世代」を再生した。最近見つけた韓国のフォークシンガーだ。彼は軸足をそろそろと慎重に動かし、一先ず釜山の方向に向けた。あの海と空を切り裂くようなアスファルトのハイウェイを滑ってみたい。

  모든 것이 지난 후에

  그제서야 넌 슬피 울겠니

 乳白色の四輪は揺蕩うように不安定に回転している。前の脚にしっかりと重心を傾ける。もう戻らない。

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sketchy 石川ライカ @hal_inu_

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