迷宮探索に危機はつきもの
羽間慧
迷宮探索に危機はつきもの
人間の王と魔族の王は、いくどとなく争った。領土を拡大し、国を繁栄させるためだ。心を痛められた神は、迷宮をお創りになる。魔物に倒されても生き返れる魔法がかけられ、最深部の到達者には宝物が与えられた。魔族との争いを忘れさせる宝物は、金貨や宝石の価値をはるかにしのぐ。
「迷宮の最深部はまだ遠いのか?」
聖典を読んでいたアルパに、レイが尋ねた。鍋の中身を見ていてという頼み方は、不十分だったようだ。シチューを混ぜるそぶりはない。隠れて鍋を洗おうと、アルパは密かに決めた。
「ここが最後のセーブポイント。昼を食べたら、一気に突破するよ」
王都への道すがら、レベル上げと旅費になりそうな素材の調達を兼ねて迷宮探索をしていた。腰が引けたまま魔物を薙ぎ払っていたレイも、三日になれば構えがよくなっていた。そろそろ最深部に挑んでいい頃合いだ。先へ進めない術は、魔力の消費が激しい。
「いよいよ竜との戦いか。食べられたら生き返れないんだろ? それが怖えよ」
「火に巻かれるとか、しっぽで叩きつけられる死に方も嫌だなぁ」
「やめろよ。せっかく持ってきた干し肉がまずくなる」
暗い話を振ったのはレイだ。
そんな小言は伝えられない。レイは一年以内に魔王軍との戦いで死ぬのだ。死なせないように最善は尽くすが、必ず救えるとは言い切れない。アルパの魔法が届かない範囲で、凶刃に倒れてしまうかもしれないから。楽しい旅の思い出は、できる限り減らしたくなかった。
皿を手にしたとき、レイが抱きついてきた。胸元近くを触られ、アルパの鼓動は早くなる。
惚れ薬を飲ませない限り、恋愛感情を向けることは起こりえないと思っていた。腹が空きすぎたために、性欲が上回ったのだろうか。このままでは友人関係が終わる。いや、恋人に昇格できるのなら、男女の友情から卒業してもいいと思っていた。聖女でいれば、レイ以外の男を知らないままでいられる。レイで妄想したことは数えきれないけれど、予告なく現実が越えて来るのは心臓に悪い。
「レイの馬鹿。清い体をまさぐるなんて、神の怒りを買うよ」
泣くふりをするアルパに、レイは小声で囁いた。
「……しが! でかい虫が、こっちに近づいてくる!」
「そんなことで、しがみつかないでくれる?」
貞操の危機だと、騒いでいたことが恥ずかしい。
レイに知られたくない後悔は、ラスボス撃破で晴らそう。
迷宮探索に危機はつきもの 羽間慧 @hazamakei
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