冒険者の危機

藍染 迅(超時空伝説研究所改め)

恐怖の傀儡師

 勤め先の会社がつぶれ、仕事を失った俺。俺はその足でハロワに向かった。

 そこで雇用保険の求職登録手続きをしていた俺は、天啓を得た。


 ハロワとは「冒険者ギルド」のことだった!


 ならば、求職者とは「冒険者」ではないか。求人票掲示板は「クエスト・ボード」だ。


 その真実に気づいた時、世界が息づき、バラ色に染まった。俺はハロワの扉を潜り、冒険者としての第一歩を世界に刻んだ――。


 ◆◆◆


「今度のクエスト委託業務は『傀儡師(くぐつし)討伐人形好き幼女のお相手』か……」


 依頼票の内容を再確認し、俺は現場に向かった。

 傀儡師は恐ろしい相手だ。気づかぬうちに精神を攻撃してくる。術中に落ちれば、奴の操る人形に魂を吸い取られてしまう――。


 そのために俺は、「精神耐性」を高める装備に身を固めてきた。


 敵に威圧を与え、アイコンタクトを断つ「退魔の鏡ミラーサングラス」。そして、魅了攻撃に必要な接触を断つ「拒絶のガントレット革手袋」だ。


 これさえあれば、俺は「SAN値」を死守し、傀儡師の術をはねのけられるはずだ。


「ここだな」


 俺は革鎧革ジャンの内ポケットに忍ばせた必殺の武器を、服の上からそっと抑え、呼吸を整えた。


 リンゴォオンピンポ~ン


 呼び鈴ドアホンのボタンを押すと、地獄の鐘の音軽やかな電子音が鳴り響いた。


「はぁ~い! あぁ、訪問シッターの方ね? 夕方までお願いするわ。細かいことはメモに書いてあるので、これを読んでちょうだい」

「任せろ。傀儡師の好きにはさせんいたずらしないように注意します町の平和はおれが守る安全には万全を期します!」

「頼もしいわね。じゃあ、お願~い!」


 傀儡師の下僕幼女の母親は、儀式用の装束を身につけて外出用のおめかしをして出かけて行った。


 ◆◆◆


見ない顔だなはじめましてきさま何者だおじさんは誰?」

お前に名乗る名前などないお、おじさんて――俺を呪おうとしても無駄だいい子にしてね~

ふざけたものを身につけているな何それ、おもしろ~い我が呪いを拒絶する気かナナの顔が映ってる~!」

退魔の鏡は邪なるものを拒絶するミラーサングラスって言って、何でも映るんだよ

グハハハあはははちょこざいな変なの~!」


 出会い頭の応酬は、俺の勝ちだろう。だが、一瞬の油断もできない。


我が人形の数々を見せてやろうナナねえ、お人形さんたくさん持ってるのよきさまも人形に変えてやろうか一緒にお人形さんで遊びましょう!」

やめろ、こっちに来るなだいじょうぶだよ! 俺に、俺に近寄るなぁーっお兄さんはいいから、ひとりで遊ぼうねえ


 恐ろしい傀儡師愛らしい幼女は、俺の言うことを無視してがっちりちんまりと俺の手を取って引っ張った。


見よ! これが妖獣ハーピーの化身なりほら、この子が○-ビーちゃんよ! これは魔剣の精だこっちがケ○くん。2人は呪われておるつき合ってるの!」


 うっ。見てはいけない。俺は傀儡師に捕らわれた幼女のお気に入りの人形から目をそらした。

 油断するな。魂を抜かれるぞ!


 俺は顔だけを人形に向けて、退魔鏡ミラーレンズに隠された両眼を横にそらした。


まだいたかおはよう魔剣の精よケ○くん邪神にいけにえをささげたか朝のゴミ出しやってくれた?」

あいにくだな、ハーピーよごめ~ん、○-ビー! この身が朽ち果てようとうっかり忘れちゃって邪神にひざまずきはせんまだ行ってないんだ

魔剣めケ○くん許さんぞひど~い! 邪神のご威光に逆らうとはゴミ出しはケ○くんの役って決めたのに~!」


 傀儡師幼女は両手に1体ずつ人形を握り締め、怪しげな寸劇を始めた。一見無意味に見える行為だが、油断をするな。その言葉や動きに、恐ろしい意味が隠されているかもしれない。


 邪神にいけにえを捧げる儀式を企てているように聞こえるのだが……。


呪われろもういい! きさまはそいつケ○くんは赤ちゃん始末でもしていろお世話をして!」


 傀儡師幼女ハーピーの化身○-ビー人形を放り出し、魔剣の精ケ○くんを握り締めて、俺に詰め寄った。


さあ侵入者よじゃあ赤ちゃん武器を捨ててひざまずけオムツをかえましょうね~

魔剣の精よケ○くん傀儡師に魂を奪われたかママの言いなりなんですか?」


 俺は魔剣ケ○くんに残るわずかな自我に訴えかけた。


いい加減に目を覚ませおままごとは終わりにしようよ! 辱めを受けるくらいなら赤ちゃん役なんて俺は名誉ある死を選ぶお兄ちゃんには無理だよ


 いかん! このままでは魂を取り込まれる――。

 俺は必死に傀儡師の魅了幼女のお誘いを拒絶した。強い意志のみが奴の魔力にあらがえる力であった。


口ほどにもない奴ええ~、つまんない! 怖気づいたか一緒に遊ぼうよぉ~

何だと、聞き捨てならんいやいや、そう言われても! ならば、これでもくらえっじゃあ、これを見てよ


 俺は内ポケットから秘密兵器とっておきを取り出した。


何だ、それはえっ、何それ? 見たことのない依り代だが初めて見るお人形……」

「(かかったな)これか? これこそ摂理の女神なりこの子はリ○ちゃんだよ

摂理の女神だと○カちゃんっていうの? 摂理とは何だリ○ってどういう意味?」


 俺は女神の依り代リ○ちゃん人形を差し出しながら、言葉を紡ぐ。


摂理とは世界の法でありリ○ちゃんは何でも知っているんだよこの世を成り立たせる仕組みなりとてもお利口なんだ

何だ、この表情はお顔が可愛い! その叡智に満ちた瞳はおめめがぱっちり……」


 傀儡師幼女は震える指を、女神の依り代リ○ちゃんに伸ばした。よだれを垂らさんばかりによだれが垂れているのにも渇望している気づいていない


(今だ!)


 俺は追い打ちをかけた。反対の内ポケットから、もう一体の依り代人形を取り出す。


おお、何だ、その依り代はあら、その子はだ~れ?」

これこそ戦士『わた○』なりこの子は『○たる』くんだよ異世界より渡り来た勇者なりかっこいい転校生だよ!」

何ということだすご~い! これが勇者のまとうオーラかわたるくん、かっこいい~!」


 狙い通り、傀儡師幼女は俺が与えた2体の依り代人形に魂を奪われた。

 俺は『禁断の呪文』を唱えてやさしい言葉でこの戦いに決着をつけた幼女を手なづけた


これよりはこの2柱がこれからはこの子たちが汝の守り神なり君のおともだちだよ争いをやめよ仲良くしてねそして、平和に暮らせおとなしく遊びなさい


誓約しよううん、わかった! わが忠誠をここに誓うずっと大切にするね!」


 ◆◆◆


 危なかった。一歩間違えれば、傀儡師の魔力に魂を持っていかれるところだった。そうなれば、俺も奴の下僕の1人にされていただろう。


 リ○とわた○。2柱はこの国在来の神。異国生まれの外来神に後れを取るはずもない。


 この国の平和は守られた。


「今戻った。依頼は無事達成した」

「あら、ご苦労様。アンタ、仕事ぶりの評判がすごくいいわよ」

「普通に依頼をこなしているだけだ」

「ふふふ、謙虚だね。アンタにいい知らせがあるよ」


 ギルマス管理担当者が何かの書かれた用紙を差し出してよこした。


レベルアップ通知正社員採用のお知らせ


 俺の脳内でファンファーレが流れた。


 すべてのステータスが上がり、俺は更に強くなった。


 俺は新しいギルドカード社員証を受け取り、革鎧革ジャンの上からぶら下げた。


「――これでもっと戦える」


 俺の体には、熱い力がみなぎっていた。


(完)

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