第5話 カオス

「やっぱりお兄のなでなでは、優しくて、温かく包まれるようで、それでいて気持ちいい♪」


俺の膝の上で足をバタつかせながら、機嫌良さそうトーンで遥が言う。

流石我が妹だ、可愛いが過ぎる。


現在、遥から提示された条件に一部を除いて了承した俺は、ベンチに座りながら遥の頭を撫でていた。


「アタシさ、まなっちの家庭環境ってゆーか兄妹関係?にとやかく言うつもりないけどさー……え、アンタら本当に兄妹なん?いやアンタの事お兄って言ってる時点でそうなんだろうけどさ。それとも、もしかしてそういうロールプレイだったりする?」


そんな最早歳の離れたカップルのような光景を隣で座って見ていた海月がジッとした目を俺達に向けながら口を開く。

海月には妹が居ると何度か言った事はあった気がするが、確かに、義理とはいえ兄妹なのにこんなにも仲が良いのはあまり見ないだろう。


「正真正銘、俺の自慢の妹だよ」


俺は微笑みを浮かべながら遥の頭を更に撫でて言う。


「んふ~♪」


それと同時に、遥の口からご満悦といった声が漏れる。

本当、可愛くて愛らしい――自慢の妹だ。


「いやいやいや、だとしても、だとしてもだよ?確かにさ、まなっちからは血が繋がってない妹が居るだとかは聞いてたけどさ、いくら繋がってないとしてもこれはないって!!」


そんな光景にツッコミを入れるかのようにして、海月が言葉を発す。


「さっきからうるさい虫ですね。夜中に喧嘩しだす猫ちゃんのようなうるささです。そんなに信じられないなら信じなくても結構ですよ。私とお兄は将来、兄妹という関係を超えて夫婦になるので」


……こんなにクレイジーなギャグを言い放ってくれるのも自慢の妹要素の一つだ。


「いや意味が分からないしならないからな?」


「――ハッ……」


俺がすかさず否定という名のツッコミを入れると、遥の顔色がみるみるうちに青ざめて、下を俯いてボソボソと早口で呪文のように唱え始める。


「やっぱりお兄はこの女に洗脳されているんだ前までのお兄なら将来とかじゃなくて今すぐでいい?とか言ってくれるはずなのに嫌だ嫌だこのままだとお兄がポット出の女に取られちゃうそうだ既成事実作っちゃおう私と関係を築けばお兄は優しいからちゃんと責任を取ってくれるだろうし私を深く感じられて幸せ私はお兄と結ばれて幸せお互いにWin-Win所かお釣りがくるそうだそうしようどうしてこうなる前にもっとはやく手を打てなかったんだろう私ってば本当ダメなんだから――」


「なんか妹ちゃん怖くない!?」


小声すぎて俺含め海月も内容は良く聞こえていないと思うが、ただ一つ分かる事はさっきまでの明るいほのぼのとした雰囲気とは打って変わってドンヨリとした暗い、どこまでも明かりの見えない闇のような空気を遥が纏っているような気がした。


「……これも、自慢の妹要素の一つだよ」


「うっわーこれは所謂シスコンって奴ですわー、軽く軽蔑ですわー。女子にモテないからって妹を溺愛とかマヂないわー」


「なんでそうなんの!?」


「……よかった、兄さんは私以外の女にまだ寵愛を受けさせたりしてないんだ」


頬をポッと赤らめながら、安堵の表情を浮かべて呟く遥。

あ、ちょっと闇が晴れた気がする……。


「……なんかモヤっとすんじゃん」


隣で口をとがらせながら海月が何かを呟いたような気がするが、小さすぎて俺の耳には入って来なかった。


「お兄、まだ私可愛いって言ってもらってないよ?」


「ハハ、遥は本当に可愛い奴だな」


俺は笑顔を浮かべて撫でてている手を緩める事なく言葉を発す。

本当、改めてこんな美少女と同じ屋根の下で暮らしていると思うと、不思議な感じがする。


「ありがとうお兄。はい、あーんして?♡」


遥が箸につまんだ卵焼きを俺の口に向けてくる。


待ってくれ、流石にこれは恥ずかしいんだが?海月見てるんだが?


「遥さん?流石にこれは兄としては凄い恥ずかしいんですが……?」


「どうして?私以外の人間の意見と見る目なんて、そんなのいらないよね?」


「いや怖えよ、どこでそんな言葉覚えてきたんだよ」


あくまで不思議な顔をしながらそう言う遥の様子に、何を言っても無駄だと瞬時に察した俺は海月の方を向く。


「海月!!助けてくれ!!」


「ふん。しーらない。てか今更何を恥ずかしがってんのよこのシスコン」


あれ~?海月の言葉が急に素っ気なく、トゲトゲしくなっちゃったぞ??

今までこんな事無かったのに。

でも気持ちは分からないでもない。


きっと今朝の俺みたいに友人が急に異性とイチャイチャしだしたら空気的に居づらく感じる……いやこのギャルに至ってはそんな事無いってまだ一年、されど一年の付き合いの俺は理解している。だからこそみんなで食べようと提案したんだ。


じゃあなんでだろう……もしかして、一年で理解した気になっていた俺が間違っているのかもしれない。


「放課後四十一ふぉーてぃーわんのアイス奢るんで」


「妹ちゃーん。お兄ちゃんをそんなに困らせると、嫌われちゃうかもよ~?一生妹ちゃんと口を聞きたくないって思うかもしれないし、妹ちゃんを邪険に扱っちゃうかも?」


ダメ元で言ってみたけど流石に現金な奴過ぎない!?


「兄さんが私を嫌う訳ないじゃないですか、寝言と嘘は私とお兄の前以外で言ってください」


そう言い終わると、遥の声がまたさっきまでの凍てついたような凛とした声に戻る。


「それと、兄さんは何ちゃっかり放課後デートの約束を取り付けてるの??そうか芯までこの女に毒されちゃってるんだそれなら治療が必要だよね?ちょっと痛いかもしれないけど、荒療治って言葉もあるし――」


「そうそう、まなっちはアタシに心奪われてるの。そうと分かったらその役は貴方の役目じゃないでしょ?」


遥の言葉を遮るように、海月が口を開く。

何を勝手に言ってくれちゃってるの!?


「あなたみたいなただ明るくて誰にでも分け隔てなく接するような人間、兄さんが好きなわけないじゃないですか。思い上がるのも大概にしてください。兄さんは私のような一途で、好意を誰にでも向けるような軽い女じゃない子が好きなんですから」


「勝手に言ってくれちゃってるけどアタシ、これでも一途だけど??」


海月……俺を助ける為にそこまで言い返してくれてありがとう……。

これは三段アイスを奢らなければいけないだろう。


気付けば、卵焼きはお弁当箱に戻っていた。

何か俺の好みが捏造されまくったような気がするけど結果オーライか。


「――――居た、まな君!!」


そんな混沌とした中庭で、またしても俺の事を呼ぶ声が聞こえてくる。

それと同時に、俺の日常が崩れていく音が、確かに聞こえてきた気がしたんだ。


……いや、もう壊れてるかも。

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会いが恋呼ぶサンセット~転校生として美少女に育った幼馴染と再会してから変わる日常~ @akirudaro

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