第4話 遥さん?怖いんですけど
突然彼女の口から発せられた俺の下の名前に、驚いて目を真ん丸にしてしまう。
どこかで俺の名前を知った――なんて事は有り得ないはずだ。
学校の有名人ってわけでもないし、彼女との面識も無い筈だ。
という事はつまり、高確率で彼女は――――――――――――。
「何見つめ合ってんだおまえらー、さっさと席につけよー」
先生が覇気のない喋り声で口を開いてくる。
「「す、すみません!」」
二人そろって慌てながら頭を下げて謝罪をし、鈴岸さんは席に着く。
面識が無い筈の俺の下の名前を、目を真ん丸にしながら言い当てた時点で、彼女は高確率で俺の幼馴染である鈴岸ツユで間違いないだろう。
「もしかして、君は」
衝動的に口から言葉が小さい声で出てくる。
後ではなく、今確かめたかった。
彼女が本当に、あの頃居なくなってしまった幼馴染なのかどうかを。
「俺の幼馴染の……ツユちゃん、なの?」
そう疑惑混じりの質問を投げかけると、鈴岸さんがキョトンとした表情を浮かべたのち、微笑みに変えて言った。
「正解。久しぶりだね、まな君」
両頬に手を当てながら、ツユちゃんが言う。
『まな君』
その言葉が奏でる響きは、確信を得るのに十分たる言葉だった。
間違いない。
そのあだ名で俺を呼ぶ人の中に、鈴岸ツユなんて名前は一人しか居ない。
「うん、久しぶり」
▲▽▲▽▲
――昼休み。
現在、俺と海月は中庭にあるベンチで日の光を浴びながら昼食を取っていた。
案の定と言うべきか、ツユちゃんの周りには人だかりが出来ていて、到底話しかけられるようなものではなかった為、一緒にお昼なんてのは無理だった。
これなら、お昼時に改めて誘うんじゃなくて最初から前の席特権で隙を見つけて誘っておけばよかったのかもしれない。
「ぶーぶー、まなっちってば転校生の方見すぎー、朝なんて二人向き合いながら小声で何か言ってたしさー、イチャイチャするなよー」
つまんないと言ったような表情を浮かべながら、さっきからそんな事を永遠と言ってくる海月。
なんでちょっと嫌味ったらしく言ってくるんだ??
「イチャイチャじゃないよね?ちょっと話してただけだよね?」
「私からしたらイチャイチャしてるように見えたの!!」
「お前の感性の問題じゃねぇか!?」
そもそも、ちょっと話していたくらいでイチャイチャしているという事になるのなら、俺と海月もイチャイチャしている事になるのだが……。
「あの転校生なんだけど、昔離れ離れになっちゃった俺の幼馴染って奴なんだよ」
「え!?なにそれ、そんな事あり得るの??」
流石の海月も、さっきまでの表情とは打って変わってこれには驚きを示す様だ。
当然の反応だろう。俺だってもう会う事は無いと思っていたし、なんなら忘れてしまっていた分余計驚いたものだ。
「うん……朝本人に確認したら正解って言ってたし、マジっぽい」
「はぁ~、ちょっと待って流石に驚きすぎて顎外れそう」
感嘆と言った声を発しながら、顔をこねくり回す海月。
――そんな時だった。
「……兄さん?」
いつもの可愛らしい声ではなく、凛として、それで凍てつくような声色で聞きなれた言葉が聞こえてくるのと同時に、冗談抜きで背筋がゾクッとした。
「なんだ、急に寒気が……」
俺が壊れて動作がスムーズにいかなくなってしまったロボットのようにギギギと視線を声がした方向に向けると、そこには目に光が一切感じられない遥が居た。
「教室にいなかったので時間を要して探してみれば……派手でお胸も大きい女の子と仲良く中庭でお弁当ですか?」
ちょっと待ってくれ、怖い!!普段使わないような丁寧な言葉遣いが余計怖さを増している!!
「え、何々修羅場?修羅場って奴だよねこれ??」
まるで特大スクープを得た記者のように目を輝かせながら、海月が言う。
いや、他人事みたいに言ってるけどこれお前も巻き込まれてる奴じゃないか……?
「兄さん、早くその女から離れて私と“二人きり”で一緒にご飯を食べてください」
「……いやいや、それはちょっとあり得ないんじゃない?」
遥が言い放ったその言葉に、海月が異議を唱える。
「勘違いしているみたいだから一応言っておきますけど、兄さんは私のような清純で潔白でお胸も背も小さい思わず守ってあげたくなる子の方が好みですからね?ちょっと兄さんが関わってあげてるからって調子に乗らないでください?」
清純と潔白を強調しながら、遥が一言一句その全てに至るまで丁寧に発す。
いや、何兄の好みを勝手に創り上げてるの??いやもし仮に本当だとしても、安易に異性に対して暴露していいものじゃないよね??
あとどっちかって言うと関わってあげられてるのは俺の方です……。
「関わってあげてる?まなっちが?ウッケるー(笑)まなっちなんて私が居なかったらモゴッ!?」
「お願いだ海月!それ以上は兄としての威厳を保つ為にも黙っていてくれ!!」
俺は咄嗟に海月の口を手で塞いでこれ以上余計な言葉を言わないようにさせる。
「兄さん!?!?妹の目の前でその女のく、口に自らの手を接続するとはどういった要件ですか!!それに、そんなに抱き寄せて……!!」
「接続って何!?」
「モゴンゴモゴモゴンゴモゴ」
「何が「まなっちにこんな事された事ないでしょ?」ですって?」
「なんで分かるんだよお前凄いな」
モゴンゴしか言ってなかったように聞こえるんだが。
「とりあえず、皆で一緒に食べてみないか?仲良く、ね?」
俺のその言葉を聞いた遥が、最初は怪訝な顔を浮かべてはいたが、次第に表情が戻ってくると――。
「…………分かった。けど条件」
「条件?あぁいいぞ、なんだ?」
俺は少し身構えながら遥からの言葉を待つが、どうやらそれは無駄に終わるらしい。
「お兄の膝の上に乗せて、頭撫でて、可愛いって言って、愛を誓って」
「最後おかしくなかった!?……まぁ最後以外ならいくらでもいいけどさ」
そうツッコミを入れながらも、遥にはとことん甘い俺は膝の上に乗せるのだった。
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