第3話 転校生は美少女でした
――下駄箱で自分の上履きを履き終え、二年の教室に行くために廊下を歩く。
そんな最中、ふと廊下の窓に目を向けてみれば、桜並木……とまではいかずとも、それはそれは立派に咲いている桜が見える。
「綺麗だなぁ……」
窓の前に立ち景色を眺めている俺の口から、無意識のうちにそんな言葉が零れる。
季節が来ない限り滅多に見られるものじゃないし、きっと学校を卒業してからだとわざわざ見に行かない限り近くでついでに見られるなんて事はあまりないだろう。
「よいしょ!」
「うわっ!?」
温かく柔らかい、そんな小さな手のひらがいきなり後ろから俺の顔――それも目を覆ってきたので、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
「だーれだ?」
視界を隠されているのでそんな質問を繰り出す少女の表情が見えないが、それでもなんとなくにやついているのが分かった。
ただ、そのにやつきはさっきの優斗や海月が浮かべた憎たらしい物とは違い、きっと天使のような表情だろう。
「えー誰だろうなー、じゃあ……
俺の目を塞いできた人物には大変心当たりしかないが、即答してもなんだと思ったので俺は茶番を挟みながら回答する。
「ぶ~、世界でただ一人の妹の名前を即答出来なかったお兄には不正解を言い渡します」
「んな理不尽な!?」
あまりにも理不尽な物言いに、出題者がそんな事をしていいのか……なんて事を思いながら声を上げる。
すれ違った誰もが思わず振り返ってしまうであろう程に限りなく完璧な幼さが残る風貌と、雲のように白くふわっとした肩まで伸びた長髪に、どの宝石よりも煌めき輝く透き通った青色の瞳を持ったこの少女は、
俺の妹なんだが……実の所血は繋がっておらず、義妹という事になる。
そんな遥だが、今年から新一年生としてこの学校に入学したのだ。
兄としては一緒の高校に通えて嬉しいのだが、学校での俺の境遇……主に友達が少ないという事だけは知られたくないものだ。
昔、遥を守れるくらい立派に、強くなってやる!……的な事を本人の前で堂々と言い放ったというのに、現状は友達も満足に作れない残念な人間になっていると知れたら兄としてのメンツがつぶれる所ではないだろう。
「まぁ今回だけは?特別に?お兄のなでなでだけで?許してあげなくもないけど?」
俺の顔をチラチラと見ながら、そう提案という名の催促をしてくる遥。
何?俺遥と喧嘩しちゃってるの?許す許さないみたいな案件なのこれ?
なんて考えながら、俺は遥の髪が崩れないように優しく頭を撫でる。
別に、人の頭を撫でる事は嫌いじゃないし、妹にはしょっちゅうやっているので抵抗はない。
「くるしゅうないぞ、その調子で続けたまえよ」
「あぁ、サンキュー?」
何故だか褒められた(?)ので、一応お礼を言っておく。
今日は校内に早く慣れる為という理由で遥は俺より先に学校に行ってしまったが、多分明日からは一緒に学校に行くことになるだろう。
「……なんだかさ遥」
「ん?なにかな?お兄?」
猫のように頭を自分から俺の手のひらにこすりつけている妹をしり目に俺は辺りを見渡しながら言う。
「見られてない?」
廊下ですれ違う人全員がコチラをチラ見してくるし、なんだったら遠目でガン見してきてる人いるんだけど。
いや確かにすれ違う誰もが振り返る云々みたいな事は言ったけどさ、流石に比喩表現だったんだけど?
「私とお兄の仲の良さを嫉妬してるんだよ。気にしない気にしな~い」
「そうか……?いやそうは言ってもここまで見られると怖いんだが?遥は大丈夫か?」
「有象の視線よりお兄のなでなでが勝ってるから大丈夫だよ」
「兄としてその言葉遣いだけはやめておいた方が良いという事だけは言っておくぞ?」
有象って……お前はラスボスかなんかか?
そんなわけで、俺は一分間満遍なく遥の頭を撫でまくった後手を離し、流石に遥の元を後にして教室に向かって歩みを進めるのだった。
――何故だか名残惜しそうにしている遥の表情を見てもう少し一緒に居たいと思ったこの気持ちを押し殺して。
「――はい、先ず出席を取る……と言いたい所だが、今日はこのクラスに新しい仲間が加わる事になっている」
遥と別れてから時間は経ちホームルーム。
教卓の前に立っている黒髪ロングのメガネをかけた顔から覇気がうっすらとしか感じられない女性の先生――
登校中に海月が言っていた通り、本当にこのクラスに転校生が来たらしい。
「それじゃ早速入ってきてもらいましょう。どうぞー」
神田先生が扉に向かってそう言い放った時、スライド式のドアがカラカラと音を立て開かれ、一人の少女がその限りなく黒色に近い紫色をした腰まで伸びる妖艶な長髪を靡かせながら先生の横に歩いていく。
――そんな姿に、このクラスの人間は全員息を呑んだと思う。
横から見ても正面から見ても……その少女はあまりにも美少女すぎたからだ。
「自己紹介をどうぞ」
「はい。みなさんおはようございます。今日からこちらの南葉高校に通わせていただく事になりました、
そう言い終わると、深々とお辞儀をして自己紹介を〆る転校生。
掴みは完璧……いやそれどころか転校生の自己紹介として完成されすぎている挨拶だろう。
(鈴岸……ツユ?)
けれど、俺の思考はそんな挨拶の事よりも、彼女が言い放った名前の事を考えていた。
鈴岸ツユ――そんな懐かしい言葉の響きを聞いた俺の頭の中には懐かしい、遠い記憶が思い浮かんできた。
昔、転校して離れ離れになってしまったたった一人の幼馴染――――――――その顔を。
「えいえい、何見惚れてんだよー」
ただ転校生の方に視線を向けていただけというのに、海月が小声でそんな事を言いながらぶーぶーといった表情を浮かべて俺の頬を人差し指でツンツンとしてくる。
「これで見惚れてる判定ならこのクラスのみんなあの子に見とれてる事にならない??」
俺は小声でそうツッコミを入れて、視線を先生達の方向に戻す。
もしかしたら幼馴染本人かも、なんて思考はないわけじゃない。
けど人違いだったら申し訳ないし、期待半分でいたほうがいいだろう。
「はいみなさんよろしくー……ってわけで、鈴岸の席なんだけどあの窓際の一番後ろの席ね。もしなんか困ったら前に居る小黒に聞いてくれ。」
「わかりました」
先生の言葉に鈴岸さんが頷くと、その足をゆっくりと自分の席の方まで進める。
そんな彼女を俺は何の気なしに見ていたのだが、近くまで来た時偶然目が合ったその時だった。
鈴岸さんが俺の顔を見て目を丸くして驚いたような表情を浮かべながら呟いたんだ。
「真……斗……?」
「え……?」
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