きつねつき
零
第1話
私は昔から運が悪い。
何も無い所で躓くとか、鳥の糞が落ちて来るとかは日常茶飯事だ。
最近よく聞く「開運日」も、どうやら私には関係ないらしい。
むしろ、開運日だからと思って何かしようとするとよくない事が起きる。
普段いかないような高い店に行こうとして道に迷ったり、憧れていたブランドバッグを買おうとするとその日に限って財布を忘れて行ったり。
何とか運をよくしたくて、そういうセミナーに申し込んだこともあったけれど、運がよくなったためしなんかない。
本もかなり読み漁って、もうこうなってくると何を読んでも「どこかで見た」とか「そんなことわかってる。わかってるけどどうにもならないから困ってるんじゃない」と、余計ネガティブになる。
ひたすら負のループに落ち込んでいくような感じ。
そんな私が比較的安心してできる開運アクションが神社参拝。
というか、わざわざ開運目的で行くわけでは無いのだけれど、通勤の途中に小さなお稲荷様があるのをみつけて、なんとなく素通りするのもなぁと思ったのがきっかけだった。
小さな鳥居の奥、左右に鎮座する狐の石像は、どこか可愛らしい印象だった。
幼い頃によくお参りしていた稲荷神社を思い出す。
熱心にお参りしているわけでもないから、逆に何もなくても腹も立たない。
せっかくお願いしたのに、なんてならない。
まるで仲のいい友達に会った時みたいに、前を通ると自然に笑顔になる。
それだけで、不思議とこころがすっとする。
ま、いっか。
そのうち良いことあるよね。
そんな気持ちになる。
それこそがご利益なんじゃないかなと思ってる。
ある日、私は家を出るのが遅くなり、速足で出勤していた。
神社の前は会釈で通り過ぎようと思って軽く頭を下げてもとに戻した時、入り口に植えてある枝垂桜の枝に髪が引っかかってしまった。
「え」
花のついていない細い枝は、風景に溶け込んで見えなかった。
それにしても、と、思う。
いそいでいたけれど、枝を折る事も出来なくて必死で外した。
時間的にはもうギリギリ。
会社はもう目の前だとわき目もふらず歩いていると
「危ない!」
背後から聞こえたその声に思わず足を止める。
すると、目の間に大きな看板が落ちてきた。
そのまま歩いていたら巻き込まれていたかもしれない。
運が悪いにもほどがある。
そう、思った時、
「運が良かったですね。もう少し早かったら僕の声も間に合わなかった」
そう言って、声の主はそっと私の腕に手を添えた。
運が、いい?
今までそう思ったことはなかったけれど、もしかして。
そう思いながら声の主を見上げると、何故かにっこりと笑う狐の顔が見えた。
世界は案外こうして、簡単に180度変わっていくのかもしれない。
きつねつき 零 @reimitsuki
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