🕵️‍♂️1007号室、危機一髪❗️

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

全1話 隠蔽と鉄槌

「今の俺は探偵。掃除人(スイーパー)じゃないと言っている」


「ジェームズ、この件はどうしてもキミのプロの目と丁寧な仕事をこなす腕が必要だ。あの女は存在してはいけない。しかも事態は急を要する」


「自業自得だろう。トーマス、お前たちは学習能力がないのか」


「我々もできればこんな仕事を外注したくはない。だが、ゴードンの奴が急病で身動きが取れなくなった。大事な商談を目前にこれ以上無駄な人員を割く訳にはいかない」


「わかった。決行日はいつだ?」


「今夜だ」


「本当に急だな」


「ターゲットは本国からこちらに到着後、病院に見舞いに寄ってから1007号室に入る予定だ」


「高くつくぞ。三倍増しだ」


「わかった。スイス銀行の口座に振り込むのか」


「ふざけないでさっさとスマホで決済しろ」


「わ、わかった。ほら」


「うむ。振込が確認できた。早速だが今回の任務にどうしても必要なものがある」


「なんだ?」


「奴自身の毛髪と各部分の体毛だ。本人のものに限る。必ずだ。それなりの量が欲しい。それとその部屋の出入りのハウスキーパーの髪の毛だ。白髪ならなお良い。大至急、届けろ」


「何に使うんだ」


「今は言えない。だが、必要だ」


「わかっていると思うが、この件は他言無用だ」


「そちらこそ俺を裏切ればこういったモノが然るべきところに送られる」


 俺は一枚の写真をトーマスに渡す。


「いつのまにこんなモノを!」


「俺は保険もなしに危ない橋を渡るほど愚かではない」


「頭痛のタネを増やしやがって!」


「好意の印だ」


 俺は鍵を受け取り、完全装備に着替え変装もしてターゲットを迎えるため奴が暮らしていた1007号室に向かった。


 俺の今回の仕事は探偵ではない。掃除人(スイーパー)だ。俺自身の痕跡はもちろんあの女の痕跡を現場に残す訳にはいかない。


 俺は1007号室を速やかに物色した。女のモノと思われる歯ブラシ、マグカップ、化粧品、衣服やタオルなど身の回りのモノを見つけ次第全て回収した。


 ゴミの類もきっちり回収する。


 俺は部屋の隅々まで丁寧に掃除した。粘着テープを使い落ちている毛髪も完全に除去した。根気のいる作業が続く。


 もちろん風呂場もだ。排水口にも髪の毛一本残さないように。コレで大丈夫だ。だが、まだ完璧じゃない。


「おお、相変わらず綺麗な仕事じゃないか」


 トーマスが1007号室に来た。


「例のモノは?」


「ああ、ご依頼の毛髪と体毛を持ってきたぞ。こっちがゴードン本人のもので、こっちが年とったハウスキーパーのものだ。白髪を染めているみたいだな。根元の方が白い」


「それは結構なことだ」


 俺は受け取った毛髪や体毛を慎重に部屋の中にばら撒いていった。


「ジェームズ、折角掃除をしたのに何をしているんだ」

 

「ターゲットがきたときに、女の痕跡がないか探すだろう。そのときに毛髪や体毛がまったくないと不自然で隠蔽工作を疑われる。だが目立つところに毛髪や体毛が残っていれば自然だし、万が一俺が取りこぼしていてもそれ以上の捜索を行う可能性は著しく減る。そして回収された毛をDNA鑑定に出されて、その毛が奴本人なり出入りのハウスキーパーのものだと分かればより望ましい結果となる」


「そこまで徹底するのか」


「たった髪の毛一本で仕事が破綻することもある。慎重の上に慎重を期して当然だ」


「たった髪の毛1本でも文字通りに危機一髪になるのか」


「そうだ」


「さすがはプロだな。その意識の差が運命を分けることになるのだろうな」


「ところでゴードンやあの女はドリアンを食べるのか?」


「いや、二人ともドリアンは食べない」


「だろうな。問題がある」


「なんだ?」


「この部屋にごくわずかだが女物の香水の匂いがまだ残っていることだ」


「私にはわからないが」


「鼻が良い女性ならば絶対に気がつく」


「どうするんだ?」


 その時トーマスの携帯が鳴った。


「私だ。なんだと! ターゲットが空港から直接この部屋に向かっていると言うのか!」


「どうやら時間がないようだな。二手に分かれよう」


「私はどうすればいいのかな」


「ターゲットがこの部屋に着くまであとどのくらいだ?」


「30分弱だ」


「ではコレを渡しておく。今からきっちり10分後にこの箱の中身をキッチンのシンクで開けて、そのまま部屋に鍵をかけて離脱してくれ。それで香水の匂いはごまかせる」


「ジェームズは?」


「俺は大至急ゴードンの病室にいって奴の身体に女の残り香があるかどうかの確認をして対策をする」


「わかった」


 十分後。



「みぎゃああああああああああああ!」



 1007号室からトーマスの絶叫が響き渡って警察や救急車が出動する大騒ぎになったと俺は後で聞かされた。









 俺が車を飛ばしてゴードンのいる病院にたどり着いた。病室では青ざめた顔のゴードンが待っていた。


「トーマスから聞いたぞ! お前は俺をどうする気だ!」


「もちろん依頼を果たして、お前を楽にするために来たのさ、ゴードン」


 俺はガスマスクを装着して小さな缶を手にしてゴードンに近づく。


「やめろ、来るんじゃない」


「ゴードン、もともとはお前がまいた種じゃないか。本国の本妻が見舞いに来て家探しする前に、愛人の痕跡を消さなきゃいけないだと? ふざけるのも大概にしろ。全てお前が悪いんだ。責任は取ってもらうぞ」


「やめろ、やめてくれ」


「もう遅いんだよ、ゴードン」


 俺はゴードンの前で缶を開いた。


「おわあああああああああああああ」


 ベッド上で倒れて動かなくなったゴードンの手に開いた缶詰を残して病室を出た俺は、ガスマスクを懐に入れ、ごみ収集箱に臭いのついた上着を投げ入れると、トイレで着替えて病院職員用の通用口から外に出た。


 俺は無事依頼を完遂できた報告を依頼主にする。


「レディ、無事ターゲット二人の処分を完了した」


「ご苦労様。トーマスもゴードンも馬鹿じゃないかしら。単身赴任先で愛人を作っても会社ぐるみで隠蔽工作をすればバレないだなんて、考えが甘いったらないわね」


 全くだ。浮気調査専門の探偵に、浮気の隠蔽工作をさせようだなんて。俺は元々プロの掃除人(スイーパー)だから掃除は得意だが。既に自分たちの調査依頼を受けている俺に自分からノコノコと近づいてきたのだから。まさにカモネギ状態だ。浮気の証拠もしっかりと記録をとって回収できた。そして、浮気の当事者と隠蔽工作担当者には正義の鉄槌が下された。


「本当にいい気味だわ。素敵な復讐法を考えてくださって、ありがとう」


「どういたしまして。では」


 あの箱に入っていたのは。。世界一臭い食品と言われる、スウェーデンで作られているニシンの缶詰だ。その臭さのあまり匂いを嗅いで失神してしまう人までいる。


 実際、アレを知らずに開けたトーマスはその臭さで一時的に意識を失ったらしい。その後、近所からの通報で異臭騒ぎの元凶として警察に逮捕された。その後、この国の現地駐在員多数に愛人を紹介していたとして、公序良俗に反する行為について余罪を追求されている。


 ゴードンはトーマスからあの缶詰を送られた被害者と言うことになった。だが、現地妻となっていた愛人の存在が本妻に発覚して証拠も揃っているため、離婚訴訟では高額の慰謝料を請求されていると言う。





 俺のスマホが鳴る。


「こちら浮気調査専門のジェームズ探偵事務所です」


 単身赴任の夫の浮気が心配な人妻の依頼がある限り、俺は食いっぱぐれする事は無い。

 

 

終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

🕵️‍♂️1007号室、危機一髪❗️ 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画