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春夜如夢
1
それは、確かに極上の女だった。
艶やかな亜麻色の髪、しなやかで張りのある肉感的な体。その女が歩くだけで男たちは皆、目で追わずにはいられなかった。
盗賊崩れの男たちばかりが集う、掃き溜めのような酒場に現れたいい女だ。無理もない。
「なぁ、あんた。どこから来たんだい?」
「さぁ、どこからでしょうか?」
振り返って微笑む唇の色香に、男たちは色めき立つ。
あわよくば一夜の夢がみられるかと、次々誘いをかける男たちに女は言った。
「あなた方に私が望むものは、たったひとつです。」
甘い香りを漂わせて、しなやかな指先で窓の外を指し示した。
「あの崖に咲いている待雪草を一輪、私のために採って来てくれるなら、一番先に採って来てくれた方のものになりましょう。」
一拍おいて、野太い歓声が上がる。
バタバタと、いい女を取り巻いていた男たちは店の外に走り出て行った。
一人だけ出ていかずに遠巻きに見ていた赤髪の若い男が、カウンターの女に近づいて声を掛けた。
「あんな挑発して……。連中が戻って来たら、囲まれて結局奴らのいいようにされちまうぞ。」
「心配してくれるのですか?」
「……何か理由があるのかもしれねぇが、あんまり自分を粗末にするもんじゃねぇぞ。」
女は先程までの色香などなかったかのように、あどけなく笑った。
「フフフ、大丈夫です。でも、意外ですね。ここにいるのは彼らのような者だけだと思っていたのですが、こんな気遣いのできる方が混じっているなんて……。あなたには、少しのあいだ眠っていてもらいましょう。」
そう言った女に、シュッと香水を振りかけられた男は、深い眠りについた。
次に目覚めたのは、すっかり血生臭くなった酒場。血だまりがそこかしこにあり、店の外に出て行ったはずの見覚えのある男たちが、潰れて、千切れて転がっている。
女の姿は消えていた。誰も知らないし答えない。待雪草がいくつも床に散らばって白いはずの花が血で赤く染まっている。
女は、何故あんなところにある花を採って欲しいと言ったのか。目覚めた男は予感に突き動かされるまま崖の上に向かった。
そこには待雪草が一面に咲き、酒場にいた者たちが踏み荒したのだろう足跡があった。
一番見晴らしの良いところに、苔むした小さな墓標。
その傍らに、女は短剣を手に立っていた。
頭を垂れた待雪草が風に揺れる。
「お目覚めでしたか。では、さようなら。」
笑顔を浮かべて女は自分の胸に短剣を突き刺そうとした。
「やめろっ!!」
危機一髪、割り込んだ男の手が短剣に先に刺さった。
「……ッ、何故?」
「……く~イテェ、なんでって? こっちが聞きてぇよ。何でこんな真似すんだ?」
「もう、生きる意味などないのです。」
「酒場のアレは、あんたの仕業か。」
「ええ。」
白いワンピースの裾を血で染めて、極上の女は微笑んでいる。
女は墓標を見て微笑みを消すと、凍てついた表情で続けた。
「たった一人の妹を、獣のように嬲り殺しにした者たちです。その死を望んで、何が悪いというのです?」
「そこは悪くねぇんじゃねえか?
しかし、相当な手練れだな。盗賊崩れとは言っても、そこそこ腕の立つやつらだったろうに。妹のために身に付けた力なのか? 」
「何が言いたいのでしょう?」
「いや、悪くねぇけど勿体ねえなと思ってよ。殺すことだけ考えて強くなったんなら、楽しくもなんともなかったんだろう? 目的を達成しちまった今は何にも残らねぇから、死のうとしてんだろ。美人が大事な時間を使うのに楽しむ暇がねぇっていうのがよ。」
「同情でしょうか? 大きなお世話というものです。」
「俺ぁ頭が悪いから難しいことはわかんねえけど、その命俺に預けてみねぇか?」
「…………?」
「俺は冒険者やってる。今パーティーメンバーを探してるところなんだよ。あんたに仲間になってもらえたらいいと思ってな。」
「変な人……。私は見ての通りたくさん人を殺めてきました。何故、仲間にしたいなどと思うのですか? それに、あなたは何故あの酒場にいたのですか?盗賊崩れでもなければ出入りしない場所なのに。」
「急に質問責めかよ。別に盗賊の討伐依頼だったらあのくらい殺ることあるだろ。珍しくもねぇって。
あとあの酒場な、酒とチーズの味だけは良かったんだ。やつらの溜まり場になってるせいで金回りがよかったのかもな。血の気の多いやつらのいるところの方が情報集めにはいいしな。あ、あいつらの金で買った酒飲んでたなら俺も同罪か?」
「……いいえ。」
「そっか。よかった。とりあえず一緒に来ねぇか? 血まみれの服洗って、何か温かいもん食おうぜ。」
「本当に……変な人。」
2人が所属するパーティーが国でも名のあるものになるのは、この少しあとの話だった。
スノードロップをください 春夜如夢 @haruno-yono
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