冒険者〝危機一髪〟〜恋の〝スタート〟も兼ねて

ライデン

第1話恋の吊り橋効果

「〝吊り橋効果〟って、知ってるかい?」

 男は、始めてから3年目くらいの若手冒険者である。


 なお、前世の職業は心理学者。

 


「……。1974年にダットンとアロンが発表した〝生理・認知説の吊り橋実験〟。感情の生起に関する学説でしょう? 別名、〝恋の吊り橋効果〟」

 女は、答えた。



「詳しいねぇ。君も転生者だろ? しかも、心理学を相当専門的に勉強した、ね」


 〝吊り橋効果〟は転生前の世界なら有名な学説だった。だが、それを唱えた人物が誰で何年に発表したかなんて、普通は知らない。



「ねぇ」



「ん?」



「それ……今、聞くことっ!?」


 男と女は、さっき偶然居合わせただけの他人。初対面である。お互いの名前も知らない。

 場所は、仄暗き地下迷宮。

 そして、2人とも走っている。超走っている。ウルトラダッシュ!

 女は必死の形相で、今にも息ぎれを起こしそう。



 迷宮は、刻一刻と姿を変える。



 ドンッ!


 太い柱のような壁が男女へ絶え間なく突き刺さるようにぶつかってくるのだ。





「「ひいっ」」

 2人は、お互いを庇いあうように退避。咄嗟に男が下敷きになって床に叩き伏せられる衝撃から女を守る。




「ぐはっ」



「これ、特定の場所に誘導されてない?」

 女は男を起こす介助をしながら、疑問をていした。



「昔の王様が酔狂で作らせた迷宮……冒険者をある場所に誘導する仕掛け。古代ギリシャの世界感! さて、この先、何が出てくるでしょう?」



「……さぁ!? 考えたくもないわ」



♠️



 トンネルを抜けると、そこは……。




 闘技場のごとき円形状の広場だった。


 2人にとって、そこは〝雪国〟であってほしかっただろう。そう、川端康成である。



「グッ…モゥッツツツ———!!」

 地響きを起こすほどの咆哮!

 〝おはよう〟の挨拶ではない。


 広場には、獣臭さが充満していた。

 2人を覆う巨大な影。



 見上げると……



「「半人半牛の怪物ミノタウロスっつつつ——!!」」


 ギリシャ神話にでてくる半裸で筋骨隆々な怪物が、涎をたらしながら巨大なバトルアックスをもって鼻息も荒く立ちはだかっていた。


 その身長、推定10m前後。




♠️

「ねぇ。腹筋が割れてる高身長でワイルドな王子様って、好き?」

 男は、聞いた。



「高身長? ワイルド? 王子様??」

 女は、信じられない物を見るような表情で男を見た。


 確かに、腹筋は見事なほど6つに割れている。



「半裸だし、顔もちょっと牛っぽいけど……ね」


 神話では、ミノタウロスはミノス王の子として生まれた。王子様と言えるほどキラキラとした存在なのかは知らないが。

 食料は、人間。若い乙女のやわ肉が特に好き。


 その辺に冒険者のものらしき装備や骨が無造作に転がっている。


 この迷宮は、奥に冒険者が一生食うに困らないほどの宝物が眠るとされているが……おそらく、冒険者を誘い込むための罠だろう。


 ここがミノタウロスの巣であることを誰も知らないってことは……生きて帰ったものがこれまで1人も存在しないだろうことを意味する。


 まぁ、一生食いっぱぐれないほどの財宝に釣られてやって来た間抜けな男女が2人、ここにいるわけだが。

 退路はもちろん、塞がれている。



「現実をちゃんと見て! どうするの? ねぇ、どうするの? あれー!!」

 女は、男の背後にピッタリと隠れながら言った。



「現実かー。後ろから、グラマラスで超絶俺好みな美女にピッタリと密着されてる……ね」



「もうっ!」

 牛の鳴き声のようだが、これは違う。


 美女と言われて、ちょっと照れた女の声である。



「ねぇ、知ってる?」



「今度は、何? 今聞くことじゃなかったら、本気でぶっ飛ばすわよっ!?」



「男はね、即物的な欲求を満たすために超頑張れるんだよ?」



「……だから?」



「この状況をなんとか出来て、ここから脱出できたら2人で雰囲気のいいお店で一緒に食事して? お酒も一緒に飲んで?」



「その後は?」



「場の雰囲気と勢いに任せる!」


 目の前の牛頭魔人は、今にも襲ってきそう。答えに迷う猶予は無い。



「この状況で、それはずるい! ずるいけどっ」



「けど?」




「いいよ」

 女は、男の耳元で恥ずかしげに、ひっそりと囁いた。その響きは、至高のASMR!



「よっしゃ! じゃあ、下がってて」

 



「お互い、生きて帰ろうねっ」

 女は後ろから男をぎゅっと抱きしめた。そして、男のほっぺに口づけする。




「吊り橋効果でくっついた男女は長く続かないっていわれるけど、大丈夫。相手が魅力的じゃないと、そもそもそんな効果は発生しない。知ってるだろ?」

 男は、抱きつく女の手をぎゅっと握りしめる。



「もうっ!」



 お互いの体温を感じ合いながら、どちらともなく離れる。

 ずっとそうしていたい離れがたさを感じながら。


 それから、



「うおっつつつ—————!!」

 男は剣と盾を振りかざし、決死の突撃を敢行した。


 女は少し離れてそこそこ強力な攻撃魔法やバフ魔法やデバフ魔法で援護する。得意魔法は水や氷を自由自在に操る魔法。駆け出しだが、後方支援型の中級魔法使いである。この女は、回復魔法が使えない。


 男は、中級程度の回復魔法と万能なバリアのような防御魔法と真空魔法や雷魔法が使える。剣と魔法を素早く巧みに駆使する、そこそこ名前が売れ出した魔法戦士。


 ついでに言うと、ミノタウロスの魔法耐性は鬼。ほとんどの魔法が通じないと思っておいたほうがいい。物理耐性も物理的な攻撃力も鬼。


 2人がこの後どうなったかは、ご想像にお任せしよう。



—————————————————————


        [後書き]


 〝危機一髪〟の、お題を見て超即興で書いたんで、何の捻りもないベッタベタのベタ子さんでごめんなさい🙏

ちなみに、見逃していた〝スタート〟のお題も兼ねてます(間に合わなかった💦)。恋愛のスタート…的な。


ど直球を、読者の心のど真ん中に投げ込んだと感じてもらえたら嬉しいです。

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冒険者〝危機一髪〟〜恋の〝スタート〟も兼ねて ライデン @Raidenasasin

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