天使はじめました

棚霧書生

天使はじめました

スタート

 ようい、スタートでわかりやすく人生が始まってればな、やる気も出しやすいのに。どれくらい走ればゴールするのかが終わりがわかってりゃ、体力の配分とか考えたり、ここを越えたらあとちょっとだからラストスパートかけるぞ、とかできたりするんじゃないか。

 でも、現実では自分が生まれたときのことは覚えてないし、なんかいつの間にか始まっちゃってる。なに、断りもなく始まってんだよ、言えよ。よくわからんうちにスタートしてルールもやりながら、覚えてくださいってどんなクソゲーだよ。

 終わるときも自分でわかんないし、老衰ならなんとなくそろそろかなとか、わかるのかもしれないけど、突発性の事故とか病気とかあったら唐突にはい終了〜! なんてこともありえるわけで、それってキモいよ。いや、どうにもできないことは知ってるよ。仕様変更不可なのは知ってる知ってる。みーんな、知ってる。俺が納得してないだけで。

 だから、この状況に面食らってる。さっき事故って死んだら、女神っぽいのが目の前に現れた。これがウワサの異世界転生の前段階ってやつですか、転生についての説明と準備をしましょうってか。

「あっ、違いますね」

 ケータイショップの店員みたいに軽い感じで女神は言った。

「違うんかい!」

「そんな都合のいい話、あるわけないじゃないですか〜」

「あってほしかったな!」

「私は女神じゃなくて、天使ですわ〜」

「お、えっ、まっ……ガチ……!?」

「ガチ天使ですわ~」

「じゃあ、俺は天国に行けるってコト!?」

「あっ、違いますね」

「違うんかい!」

 またもや軽い感じで否定されて、同じツッコミを入れてしまった。

「同じ流れも三回までなら、許されますよ~。テンドンって言うんですよね〜!」

「天使なのに、人間の文化に詳しいな! ってか、さっきから俺の心の声を読んで、喋ってくんのやめてくんね!? まあまあキショいぞ!!」

「まあ、キショいだなんて……」

「えっ、ああ、ごめん、ごめんなさい……傷つけるつもりはなくてですね……」

「初めて言われましたわぁーー!!」

 嬉しげな高めテンションのデカい声に俺の鼓膜はギンッとなった。

「うるさっ……」

「うるさいですってぇ〜! そっちはいつも言われていますわ〜!!」

「自覚あるなら、ボリューム小さくしてくんねえかな!?」

 なんなんだこいつは。天使ってもっと静かで厳かなイメージあったのに。今んとこ、うざうるせえやつだぞ。

「うざうるせえとは、失礼ですわね!」

「だから、心読むなってぇ! プライバシーの侵害、はんた〜い!!」

 プラカードでもあれば、掲げてやったのにな。

「人間の法など知りませんわ」

「急に人外らしいこと言うじゃん……」

「そんなことよりも、あなたにはこれから天界に来てもらいます」

 切り替えが鋭角すぎるよ、この天使。俺、もう情緒がついていけないよ……。

「また急な話で……」

「天界で大天使様にお会いするのです」

「会ってどうなるんだ?」

「それは」

 うざうるせえ天使がもったいぶって黙る。いいよ、そういう演出、いらねえよ。早いとこ言えよな。

「こういうのは雰囲気が大事なのですわ~!!」

「うるさっ!! お前の声が雰囲気ぶち壊してるから! あと、心読むなって、何回言わせんだよッ!!!」

「まあ、飴細工のように繊細な方ですこと……」

「嫌み? 天使って、嫌み言うんだ……。ショック……」

「豆腐、ちり紙、プレパラートのカバーガラス」

「もろいもの列挙やめて? もしかして、俺のこと嫌い?」

「そんなことないですわ~! 天使は慈悲慈愛に満ちあふれていますもの〜!」

「そっかぁ、そうだよね、うふふふふ!」

「おーっほっほっほっ〜!」

「うふふ……あはは……あー、ムリ、死にたい」

 なんで人生の最期にこんな天使と話さなきゃならないん? 罰ゲームなんだが……俺なんか悪いことした?

「もうあなたとっく死んでますわ〜!」

「ソウデスネ……」

 疲れちゃったよ、人生に。マジで早めに終わってくれてよかったのかもしれん。

「あなたの人生は終わりましたが、これからは天使生が始まるのです! わたくしの仲間でございますよ、やりましたね!」

「はっ? はあ!?!?」

 突然の宣告。人間が天使になるだって? 本来なら聖人みたいでかっこいいはずなのに、こいつと同類と考えるとだいぶ嫌だな。

「嬉しいですか? 嬉しいですよね~! ではさっそく、大天使様のところに挨拶に向かいましょう!」

 天使の背中にある翼が勢いよく広げられた。ふわっと羽が舞い散る。幻想的な風景を目にして、俺の頭にまずよぎったのは

「俺、羽毛アレルギーなんだよッ!!!!」

「え?」

「マジでこっちくんな! しまえ! 羽をしまえ!」

「えー、でも、死んでるわけですしアレルギーとか無効では……?」

「うっ、息が苦しくなってきたッ!! 死ぬっ死ぬ死ぬ死ぬ!」

「だから、死んでますって!!」

「ううっ……バタリ…………」

 俺は地面に倒れ伏した。

「……死んだふりしてもムダですよ。早いところ大天使様のところに行って、人間から天使に生まれかわりましょう。いいですよ~天使、今が乗り換えどきですわ~」

「そんな、キャリア変更みたいに言わんでもろて……」

 俺は渋々、体を起こす。俺が死んでしまっていることは確かだ。行く場所もないし、仕方がない。あまり気は乗らないが、天使になるほかないようだ。

「レッツ天使、スタート!! ですわ〜〜!!」

「うざうるせえ……」


終わり

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天使はじめました 棚霧書生 @katagiri_8

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