「━エッセイ━ ありがとう、トラ━ノンフィクション加筆修正Ver」

織田 由紀夫

「光 輝く 君へ」

令和五年10月21日15時40分


愛猫のトラが死んだ。満17歳だった。


人間で言えば、84歳を過ぎていた。


大往生だ。


捨て猫だったトラを、近くの防波堤で拾って来てから17年も過ぎたと思えば、時の経過の速さに、感慨ぶかいものを感じる。


キジトラの雑種。オスだった。


名前は私が付けた。


「やっぱりそう来たか」


トラ色の毛並みに覆われた、子猫のトラを抱きかかえた兄の笑顔が今でも忘れられない。


トラが我が家に来てから、我が家の生活は一変した。


元来、猫アレルギーだった筈の母親が一番トラを可愛がった。


トラを愛する母親の姿を見ると、私達兄弟も母親の愛をしっかりと受けながら、育てて貰って来たのだと実感した。


トラは鶏肉に目が無かった。


母がボイルした、鶏肉のささ身がトラの大好物だった。


家の至る所でイタズラをするトラには手を焼かされた。


それでもトラは、我が家の光だった。


腎盂炎ステージ4と診断を受けたトラ。


私は急いで、─猫 腎盂炎─とGoogleで調べた。


そこに書かれていた数字を見ると、私は絶句した。


─余命103日─


その日、私はひとしきり泣いた。


亡くなる10日前、粗相が激しくなりオムツをあてがえた。


トラはオムツを付けるのも嫌がる事はしなかった。


まるで、自分の最期を悟るかの様に静かだった。


いよいよ持って、トラの具合が急変した。


口呼吸を始めた。


見ているだけで、私は苦しくなった。


急いで動物病院へと連れて行った。


主治医からこう告げられた。


もって、後一週間だと。


帰りの道中、私と兄は泣いた。


兄は気丈に振る舞い、口数が多かったが涙声だったのを覚えている。


家に着いた瞬間、私はわんわんと声をあげて泣いた。


トラがこの世から居なくなってしまう。


いつも、どんな時も一緒だったトラが死んでしまう。


その現実を受け止める事が私には出来なかった。


泣きじゃくる私に、兄は言った。人生で初めて聞く、兄の優しい、透き通った声だった。


「トラの肉体が、この世から朽ち果てたとしても、俺達とトラの想い出は消えやしない。魂と言う名の想い出は生き続けるんだ。最後まで見届けてやろう」


翌日、トラは息を引き取った。


最後に、家族全員で抱きかかえてやった。


父は、職場へ向かう途中にも関わらず、家に引き返していた。


私は、泣き崩れた。


トラともっと、もっと一緒に遊んであげれば良かった。


トラともっと一緒に居てあげれば良かった。


後悔だけが募った。


亡骸となったトラに私は叫んだ。


「トラ、ごめんよ。ごめんよ。許してくれ。トラ、ト・・・・・・」


そこまで言うと兄は、優しく私を抱きしめた。


あの時程、兄の優しさに包まれた事は無かった。


それは、トラを深く愛したしるしだと感じ、私は兄の胸の中で泣き続けた。


その日の夜、星等見える筈もない曇り空に、一つだけ煌煌と輝く星があった。


トラは、虹の橋のふもとへと行ったのだと感じ、次のステージへと向かったトラの幸せを祈った。


火葬が済み、ひと段落ついた私は、自分の部屋でエディットピアフの「愛の賛歌」を聴いた。


トラに対する、父の愛、母の愛、そして兄の愛。


私は家族の深い愛に初めて気づいた。


大切な、大切な事をトラは身を持って教えてくれたのだった。


命とは一体なんなのだろうか。


私は、尊敬する日野原重明先生(聖路加国際病院理事長・同名誉院長先生)の言葉を想い出していた。


─命とは、その人が持っている時間だと─その時間を、今度は人の為に使って下さいと。


トラは自分の持っている時間を、私達の為に使ってくれたのだ。そして、その命で私達に教えてくれたのだった。


命には限りがあると。


私はその命を、その時間を大切にしようと決めた。


そして、トラの遺影に手を合わせた。


今、思えば本当に不思議な事が起きた。


トラが亡くなってから、数日後。雨が降っていたある日。


雨があがると、母の職場からトラを拾って来た防波堤まで、言葉にならない程の綺麗な虹が見えた。


それも一回ではなく、二回も見たのだ。


二回目は、なんとダブルレインボーだった。こんな事が現実であるのかと、母は驚いていた。


きっと、トラが天国から私達が寂しい想いをしない様にと、粋な計らいをしてくれたのだろう。私は、そう感じた。


そして、トラの月命日の前日、母の知人が飼っていたネコが譲渡会に出される話を聞いた。


私達、家族はよく話し合い、そのネコを引き取る事にした。


トラが居る、虹の橋を架け合い名前を「ソラ」にした。


ソラもまた、キジトラの雑種で6歳のオスだった。


私は誓った。


トラに対する後悔の念を、教訓を生かそうと。トラが教えてくれた事を。


そして、半年が過ぎ今度は母が出先でシャム猫の雑種を保護した。


我が家待望の生後一ヶ月の女の子だった。


ソラは青いから「アオ」と私が名付けた。


ソラとアオは今、我が家で元気一杯に走り回っている。


その姿に私はトラの残影を見た。


ソラとアオの最期には「ごめんね」では無く


「ありがとう」で締めくくれるように毎日を、一日一日を大切にしようと決めた。


父と母、兄の愛の深さを実感している今、毎日が愛おしい。


ありがとう、トラ。


ずっとずっと一緒だよ。


またね、バイバイ。


そして、私はソラとアオを抱きしめた。


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