生体プリンタ

石田徹弥

生体プリンタ

『プロンプトを入力』

 生体プリンタの画面にそう指示が現れたので、明日奈はプロンプトワードを入力した。


 女の子・同い年・自分の意思を持ちながらも私を優先する・頭が良い・顔が良い——。


『生成フェイズに入りますので、生体プリント用の細胞素子をセットしてください』

 プリンタポッドに粉状の細胞素子を四十キロ分流し込む。その後も生体プリンタの指示に従い、最後に『実行』の確認画面が出たので、「今度こそ親友になれますように」と心の中で願いながら、明日奈はエンターキーを押した。

 生体プリンタが音を立てて稼働を始めた。


「明日奈、準備できた?」

 母がノックもせず、部屋の扉を開けた。稼働する生体プリンタを見て、母は少しため息をついたが、それ以上何も言わなかった。

「ノックして」

「はいはい。行くよ」

「わかってる」

 明日奈はスマホだけ持つと、上着を羽織って家を出た。父と母はすでに駐車場の自家用車に乗り込んでいた。明日奈は後部座席に乗り込むと、すぐにスマホで生体プリンタの進捗モニタアプリを起動した。

 現在三パーセント。帰宅したころには完成しているだろうか。

「電気代、ちゃんと払いなさいよ」

 母がバックミラー越しに明日奈を見た。母の小言は止まらない。それが母親の仕事なんだと言い聞かせ、明日奈は聞き流した。

「そうだ、お年玉あげないとな」

 そう言って、父が母に目配せをしてからアクセルを踏む。車は発進した。母がハンドバックからシンプルなポチ袋を取り出すと、明日奈に渡した。

「ありがとう」

 と小声でお礼を言った明日奈は、袋の中を確認した。一万円が入っていた。

 生体プリントは膨大な電気代を使用する。そのために明日奈の家は使用アンペアを五倍に上げてもらっている。その代わり、当然だが月々の電気代がかかる。

 明日奈は中の一万円を取り出すと、そのまま母に渡した。

「今月の」

 母は今度は振り返って明日奈を見つめた。

「まだやるの?」

 明日奈は答えない。

母はまた深いため息をついて、一万円を受け取った。


 車は近所の神社の駐車場に止まった。車から降りて境内に向かう。神社には近所の人々の大半が初詣に訪れ、狭い敷地内がさらに狭く感じられた。

 鳥居の前で一礼し、中へ進む。多くの人が並ぶ列に明日奈たちも並んだ。十五分ほど待って、順番が来た。お賽銭箱にお金を入れ、鈴を鳴らす。

 ——今回こそ成功しますように。

 そう、明日奈は心の中で三度唱えた。隣に立った父が明日奈に笑いかけた。

「ちゃんと受験のことお願いしたか?」

 明日奈は適当に頷いた。受験のことなんてどうでもいい。どうせ適当な高校には入学できる。願うまでもない。

「どうせあのことでしょ」

 母が嫌そうに言った。それには明日奈は何も答えなかった。後ろには多くの人が待っているので、明日奈たちは早々にその場を離れた。

「瀬川さん?」

 明日奈が声の方を向くと、クラスメイトの三島花が晴れ着姿で立っていた。

「奇遇。あっ、あけましておめでとうございます」

 花は丁寧に頭を下げた。明日奈の両親も頭を下げる。しかし明日奈はピクリともしなかった。

「学校のお友達?」

 頭を上げた父が言った。明日奈は答えない。

「同じクラスの三島です。席も隣同士。ね?」

 代わりに花が答えた。花は優しく微笑んだ。学校での時と同じように、馴れ馴れしく。

 その距離感に耐えられなくて、明日奈は何も言わずに立ち去った。

 後ろでは父が明日奈を呼ぶ声が聞こえたが、明日奈は足を止めなかった。

 

 両親を待たず、明日奈は一人徒歩で家へ向かった。

 アプリを開く。生体プリンタの進捗は八十七パーセントまで増えていた。

 明日奈は期待で顔を綻ばせた。両親から自分を探す連絡メールが来ていたが無視した。

 家に戻り、合い鍵を使って中に入ると、靴を揃えることなく自室へ駆けあがった。

 部屋に入ると、生体プリント独特の匂いが部屋に充満していた。パンケーキを焼いたような、甘い匂いだ。

 もうアプリを確認する必要はない。ちょうど『完了』の文字と共に、生体プリンタの稼働が停止したからだ。

 幅百七十センチのポッドの前に立ち、開閉ボタンを押した。

 電子レンジのようなベル音が一度鳴ると、ポッドの蓋がゆっくりと開いた。

 中には、まさに生まれたままの姿の女の子が入っていた。顔は明日奈の好きなユーチューバーに似ていて、期待が膨らむ。


 女の子は起き上がり、一度体を伸ばすと、明日奈に顔を向けた。

「……」

 女の子は声を出さず見つめたままだった。そこで明日奈は気が付いた。

「そうだ……私の名前は明日奈」

 初期起動が終わり、女の子が微笑んだ。

「明日奈」

「そう」

「明日奈! ねぇ、私の名前は?」

「えっと……どうしよ。うーん」

 スマホで「名前ジェネレーター」のサイトを開き、ランダムな名前を生成する。

 みなこ、ひかり、さやか、ほのか、まりさ、あかり、もみじ、まや……。

 さらに生成。その中の一つにピンときた。こういうのは悩まず、フィーリングが大事だと明日奈は思っている。

「あなたの名前は、ハナ」

 と、言ってから気が付いた。

「しまった……」

「私はハナ。明日奈、よろしくね」

 どうりでピンときたわけだ。間違えて先ほど偶然に出会った、三島花と同じ名前をつけてしまったのだ。

「えっと、キャンセル、名前キャンセル!」

「私の名前はハナだけど?」

 しかしハナは首を傾げるだけだった。すでに命名フェーズが終了し、後戻りができないようだ。これだから安物の人口脳はと、明日奈は顔をしかめた。

「間違えたの。あなたの名前、つけなおすから」

 どうにかならないかとキャンセル命令を繰り返したが、ハナはじっと明日奈を見つめるだけだった。そしてそのまま、微動だにしなくなってしまった。処理限界だ。

 明日奈は頭をガリガリと掻くと肩を落とした。


「ライザ・ルメ・エリトール」

 緊急停止ワードに設定した、好きなファンタジーマンガに出てくる呪文と同じ単語を呟いた。するとハナの体は瞬く間に溶け出し、あっという間にドロドロのプリンのような液体に溶け出して、ポッドの中を満たした。

 これをまたゴミ袋に詰めて、ポッドの中を掃除しなければならない。そう考えると明日奈は新年から重い気持ちになってしまった。

 手袋をはめて、その液体の中をかきまぜた。底に沈んでいた人口脳AIチップを拾い上げる。これだけは使いまわせる。だが、細胞素子はまた買わねばならない。ネットで発注しても年始だから恐らく一週間はかかるだろう。

 明日奈は失敗作の処理は後回しにして、ベッドに横になった。

 せっかく正月を楽しくしようと思ったのに。


 家の外で車が止まる音がした。しばらくして玄関が開いて父と母の声が聞こえた。

「やっぱり帰ってきてる」

「よかった」

「いい加減、ちゃんと怒ってあげてよ。正月に一人なんて恥ずかしい」

 明日奈は胃が重くなるのを感じた。

「今、頑張って友達作ってるんだろ?」

「作り物よ」

「別に作り物でもなんでも、明日奈が良ければいいじゃないか」

「もういい!」

 母が台所の扉を力強く閉めたようだ。

 明日奈がゆっくりと起き上がると、ちょうど部屋がノックされた。

「明日奈?」

 父だ。明日奈は答える。

「はい」

 扉を開いて入ってきた父は、手に小さなポチ袋を持っていた。かわいらしい猫のイラストが描かれていた。

「内緒な」

 明日奈が受け取ると、中には五千円が入っていた。父はもとより優しいが、この行動は明日奈の想像を超えていた。

そんな父はポッドを見ると、優しく微笑んだ。

「いい友達できるといいな」

 そう言って父は部屋を後にしようとした。

「お父さん」と、明日奈は立ち上がると、父に優しく抱き着いた。

「ありがとう」

 少し驚いた父だったが、微笑むと明日奈の頭を撫でた。

「お母さんもああ言ってるけど、明日奈のことが心配なだけなんだ」

「わかってる。お母さんだもん」

「……」

「ありがとう、お父さん」

 明日奈はもう一度、お礼を言った。その言葉で父は再び微笑んだ。

「ちゃんと晩御飯は一緒に食べような」

 明日奈が頷くと、父は部屋から出て行った。明日奈はポチ袋を引き出しにしまうと、そのままスマホで新しい細胞素子を注文した。


 次こそは完ぺきな友達が出来ますように。

 私なら、絶対に作り出せると、自分を奮い立たせた。

 だって、最高なバランスの父と母を生成できたのだから。

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生体プリンタ 石田徹弥 @tetsuyaishida

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