好く先の地獄

釣ール

いっそ全て楽になれる理想は売れ線的罠だと明かしてほしい

 全てには大前提がある可能性が高いのに、なぜ「当然」と切り捨ててしまうのだろう。


 なりたいが欲しいに変わる時の代償は最初に述べた話で充分だった。


 馴れ合いの果てや依存先が都合の良い現実になることは少ない。

 ただ経験の過程として吸収されるのみ。

 排泄も出来ないから、学べないとスッキリもできまい。


 無責任で薄っぺらい概念が好まれ、生み出したものは蔑まされる。


 その概念に何かを返して欲しいわけではない。

 だが、全く還元されないで欲しいとまで善人にはなれなかった。


 地獄に味付けするのは料理と違って苦しいだけ。

 それは既に証明されたかもしれない。


 どれも苦い想い出ばかりで、大事にすれば面倒だと揶揄されそうだ。

 その言葉さえもう反論をすることさえ可能で、聞き手の空気を察して話を止めることさえも可能。


 それが最善ならまだいい運命だと感じてしまう。

 地獄で報われるわけがないのだから、無い物は強請らないし出せない。


 悔しい。

 地獄でのうのうと釜茹でされて平気なわけがない。

 だが天も厳しい場所だとなんとなく気がつくこともある。


 演じるのはそう難しくないのか。

 それでも自分に嘘は吐きたくない。

 返り咲けなくても返り咲くために意地をみせるしかないのなら、このままでは終わらせない。


 強がっても燃費が悪いか。

 もうダメだと何度も諦めすぎて返って別の可能性を考える方が道しるべを見つけられそうだ。


 地獄に菩薩。

 それさえも言い過ぎなのに。


 ここで記録を物語として記しておく。

 まじないよりはマシなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好く先の地獄 釣ール @pixixy1O

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ