第13話 楓蓮お姉さんとアルバイト ①


 ※


「へぇ~そうなの? それならアンタも一緒にバイトしなさいよ」

「はぁ? 何でそうなるんだよ!」


 その日の夕方。黒澤くろさわくんがバイトしようかなと言ってたのをオカンに話すと、こんな返答が返って来たワケだが。ノリ突っ込みの如く返す三輪みわさんであった。


 あのな。オカンよ。黒澤くろさわくんはともかく。ウチにバイト出来る人間レベルがあると思ってるのか? 無理に決まってるだろ。しかも……


「どうせ接客だろうし、ウチがメイド服着ても可愛くねーし。」


 そう聞いたオカンは目を輝かせながら「え? メイド服で接客するの? いーじゃないのぉ! アンタと楓蓮かれんちゃんのメイド服姿なんて見たいに決まってるじゃない」などと他人事満載過ぎるので「あーあ。つまんね」と言いつつ自分の部屋に戻ろうとすると、


加奈子かなこ。どうせならアンタもそういう考え方。改めたらどうなの?」

「…………」


 そういう考え方ってなんだよ。


「この際、色々と挑戦してみるのもいいんじゃない?」

「そんな簡単に「一緒にバイト行きます~」ってなれるわけねーだろ? ウチのメイド服なんか誰が期待するんだよ! 客からお冷ブン投げられるぜ」


「そんな客がいたら、私が投げ返してあげるわよ。それに……アンタにそんな事をする人間がいれば楓蓮かれんちゃんが黙ってると思うの?」


 それは……全力で守って貰えそうな気はするけど、何となく申し訳なく感じてしまう


「でもウチにそんなバイト出来る器量があるとは思えねーよ……」


 今までそんな外の世界にも興味無かったし、この自分の部屋で自分の「思い通りの世界を築いてきた生粋のオタクなのに……


「ま、それは自分で考えなさい。別に今すぐってワケじゃないし、無理そうならすぐに辞めたって構わない。ただ、色々やってもいいんじゃない? って思うだけよ。まぁ週末には引っ越しもあるし、それからでもいい。これから随分と環境が変わるんだからアンタもこの際、色々と変わってみれば? ってお母さんは思うだけよ」


 いつも真面目な話なんてしないオカンに畳みかけられるが、ウチは逃げるように自分の部屋へと戻る。


 そりゃウチだって変わりたい。変わりたいけど難易度が高すぎるんだよ。

 働くにしても、接客とか一番無理なヤツじゃないか。それに楓蓮かれんお姉さんや白竹しらたけちゃんみてーに可愛くないし、見劣りしまくりなのは流石のウチでも傷つくぞ。


 少しばかりイライラしながらベッドで寝転がりスマホをイジってると、オカンが勝手に部屋に入って来る。


「ねぇ加奈子かなこ楓蓮かれんちゃんは何時からバイトするか言ってた?」


 普通にウチの部屋に入って来るオカンにキレそうになったが、我慢しながら目を合わせず、ぶっきらぼうに話す。


「今日電話するらしい。即断即決ってヤツだ」


 その行動力は賞賛に値するぜ。だってバイトするとか今日学校で聞いたばかりだし。


「ねぇ加奈子かなこ

「なんだよ」


 思い改まったような、そんな言い方するからギロっとオカンを睨んだが、その態度を見たのかオカンも一瞬で笑顔からムスっとした表情になった。こりゃやべぇ。直感でそう思ったウチは慌てて強硬な姿勢を解除した。


「アンタもそこの喫茶店にバイトに行きなさい」

「命令かよ」


 そう言うと「そうね」と返される。真剣な顔をぶつけられてるので下手に口出さない方が良いと思った。その後にオカンが「入れ替わり体質の事なんだけど」そこまで言って言葉が途切れたので、ウチはベッドに座り直してとりあえず話を聞こうとした。


「丁度良い機会よ。黒澤くろさわ家と白峰しらみね家。どういう風に別人を装ってこの世界に溶け込んでるのか、あんたももっと理解しておきなさい」

「…………」


玲斗れいとは私に身体の秘密を教えてくれた。それは玲斗れいとにとっても黒澤くろさわ家にとってもこれからの人生を共に歩んで行こうと、私達を全信頼しての決断なのよ」


 そんな話を聞きながらこれまでの黒澤くろさわくんや楓蓮かれんお姉さんとのやり取りを思い出していた。


 この事を知ってるのは「三輪みわさんだけ」と。事ある毎に言われてた気がする。それは弟であるりんちゃんからも聞いてたじゃないか。


 向こうから仲よくしようという気持ちは凄く伝わって来てる。


「でも……ちょっと待って。考える時間くらいくれよ」

「分かった分かった。そんなすぐに行けとは言わないけど、とりあえずお母さんの理想を聞いてくれるかな?」


「理想? なんの?」

「あんたがれんくんと夫婦になればいいかなぁって思うだけなんだけど!」

 

 それを聞いた瞬間、ウチの顔がとんでもない事になってるのを見越して、オカンにタックルして部屋から追い出していた。この時ばかりは親だろうが関係なく「どっかいけこの野郎!」と叫んでしまう事態に。


「私は別に、りんくんでも良いと思うわよ。今は小学生でも二十歳になればそんな年の差なんて気にならないしね。うま~く良きお姉ちゃんだと分かってくれれば、そっちもアリかもしれないわね」


 適当なことばっかり言いやがって! 

 第三者だからって言いたい放題なオカンに腹が立つが「ちょっと考えさせる時間をくれい!」と、いつもの口調に戻るとバタンと自分の部屋のドアを閉めるのだった。



 ※



 ピンポーンと我が家のインターホンが鳴ると、自然と玄関向かう三輪(みわ)さん。よくアマゾンを利用するので、陰キャなウチでもこの時ばかりは素早い。何かが届いたかな? などと玄関を開けると完全に油断してしまっていた。


「お姉ちゃん。こんばんは~!」

「ども。三輪みわさん!」


 まさかの白峰しらみね姉妹に慌てて笑顔をみせる三輪みわさん。

 しまったぁ! 中学のジャージ上下姿を見られてしまうとは不覚! 


 ウチの後ろからオカンが「こんばんは~」と声を掛けると白峰しらみね姉妹も頭を下げる。すると、楓蓮かれんお姉さんは、


「じゃあすみません。華凛かりんをお願いします」

「分かったわ。華凛かりん)ちゃ~ん。お留守番しとこうね」


 え? どういうこと? ウチだけが意味が分かってないみたいなのでオカンに聞くと、代わりに楓蓮かれんお姉さんが答えてくれる。


「今からあの喫茶店に面接しにいくんです。電話したらすぐ来て欲しいって言われちゃて……なので華凛かりんを預かってもらおうと思って」


 そういうことか。でもさ、電話掛けてすぐにでも来てくれ。ってすげー話じゃないか?

 

「お姉ちゃん。加奈子かなこお姉さん。よろしくお願いします」


 そう言って礼をしてから家に入る華凛かりんちゃん。今日もプリティなツインテールで魔法少女みてーな可愛さで何よりだ。そして楓蓮かれんお姉さんは長い髪で尚且つストレートォ! フラッシュ! 眩しすぎてヤバい!


「ねぇ加奈子かなこ。どうせならアンタも面接受けてきたら?」

「はぁ?」


 またオカンはそんな事をいいやがる。だが白峰しらみね姉妹がいる手前苦笑いで凌ごうとするが、オカンの目が。目が……笑っていなかった。


 これには何も言えない白峰しらみね姉妹。華凛かりんちゃんは意味が分かってなさそうだけど。


「今日電話して、今日来てくれって言うのなら、きっと人が足りないのよ。アンタでもきっと採用してくれるわっ。ほらっ。楓蓮かれんちゃんと2人で社会勉強してきなさいよ」


「えぇ? 加奈子かなこお姉ちゃんも働くの?」と華凛かりんちゃんがいうと、オカンは間髪入れず「そうよ」とか言い出しやがった。


 ウチの顔がクラッシュしてるのは楓蓮かれんお姉さんも気づいたようだが、縦線が生えているということは、ウチに「ごめんなさい」と謝罪しているようでもあった。


 いあ……謝らなくていいっす。これも社会勉強として頑張りまっす!



 何かこう……アルバイトはいいんだアルバイトはね。

 そのバイト先がさ、なんか白竹しらたけちゃんいるしさ、なんていうのかな……


 まぁ、社会勉強だよね。なるようになるさ。多分……



 という訳で急に決まったアルバイト。そして面接なのだが、まずウチも喫茶店に電話を掛ける。ここでまず重要なのが年齢が16でも大丈夫なのかということ。これは白竹しらたけちゃんが働いてるので問題なかったようだ。


『じゃあ今すぐにでも店に来て欲しいんだけど。どうかな?』


 電話越しに聞こえるのが叔父さんの声。お爺さんと言った方がいいのだろうか。しゃがれた声だったが電話中でも店内が忙しいっぽくて、物凄く慌ただしかった。


 そのタイミングで、先刻に面接する予定だった女の子。つまり楓蓮かれんお姉さんと知り合いなので一緒に喫茶店に伺うと伝え電話を切るのであった。


 あぁ~~マジでバイトするの? ウチが? 接客? ウソだろ!

 しかもメイド服で? 待て! そ、それだけは絶対にイヤだ!


 どうにかして、接客じゃない裏方の作業で、バーテンみたいな男っぽい衣装でお願いしてみようか。そうだ! それしかねぇ! 


「うん。こんなもんでいいでしょ。どうせ履歴書なんて、ろくに見ないで採用されるわよ」 


 そんな風にいうなよオカン。ウチらにとっては初めてのお仕事なんだから。ちょっとでも使える人間アピールしたいから履歴書もちゃんと書くんだろ?


 今しがた即興の履歴書を作成を終えると、とりあえずバイト先での三輪みわ家と白峰しらみね家の関係をもう一度おさらいする。


 三輪みわ家と白峰しらみね家は遠い親戚で、楓蓮かれんお姉さんは……


「親父と言ってたんですけど、楓蓮かれんは19歳でも通用するって言われたんですけど。本当に大丈夫かな?」

 

 そう言いながら少し心配そうな楓蓮かれんお姉さんだったが、オカンが背中をバシバシ叩くと「全然大丈夫よ!」とかいいやがる。その後こっちに視線を送ってきたお姉さんにはウチも「楽勝」と一言。うん。楽勝すぎるぜ?


「じゃあ表向きは楓蓮かれんは19歳。なので三輪みわさん。すみませんが妹で……」 


 どう考えてもそれが自然! ウチが姉など世間様が許してくれるわけねぇぜ? 

 などと盤上一致で決まったのはいいのだが、少々不安な顔を見せる楓蓮(かれん)お姉さん。


 なぜ19かというと、18以下なら高校生になり、どこかの高校に在籍してなきゃいけないし、そんな生徒などいないとバレるのも痛い。適当な名前の高校を挙げておきながら、喫茶店関係の人間にその高校に通う人間もしくは内情に詳しいヤツがいれば言い訳に苦しくなるだろう? その点。19歳なら浪人生でも高卒で働きだしました。でもいくらでも言い訳が出来る。とのことだ。


「大丈夫よ。何かあったとしても、加奈子かなこ白峰しらみね家を守るから安心してね」

加奈子かなこ楓蓮かれんちゃんと上手く口裏合わせて、助けてあげなさいよ」


 いあいあいあ、どう考えても助けられるのはウチのほうだろ! ウチを心配しろよ。

 そう思ってると、楓蓮かれんお姉さんは大きな声で「はい!」とオカンに頭を下げるのであった。


 ……なんで? 

 どう考えても助けられるのは……

 


 ※



 楓蓮かれんお姉さんと家を出ると、すでに日は落ち真っ暗になっていた。家から10分も掛からないし時給も申し分ない。上手く行けば小遣いレベル以上の金が手に入るのなら言うこと無し! 


 これってさ、陰キャじゃなくてリア充に昇格してね?

 上手くバイトが続けば。の話だけどさ、


「でも、一つだけ質問いいですか? 楓蓮かれんお姉さんはメイド服とか平気なんですね?」


 もしかして、メイド服を着てみたい。そんな願望でもあるのかな? 

 などとごく普通に聞いてみたつもりだったんだ。 


 すると楓蓮かれんお姉さんは少しだけ口を開けて停止してしまっていた。

 それはアホ口ともいう。そんな顔をお披露目してくださったお姉さんは、


「あっ……やべっ。俺……そのこと全然考えて無かった」


 え? どういうこと?

 さらにプチパニックしてるのか、顎に手を当てて立ち止まってしまった。


「やべ。マジで考えてなかったっす。家から近いのと、時給が結構高いし、知り合いがいれば働きやすいかな~って思ってただけで」


 はぁ?

 これにはウチも動揺を隠せなかった。


「メ。メイド服。着なきゃ仕事。できませんかね?」


 そんな意味不明な言語を並べた楓蓮かれんお姉さん。めちゃくちゃ焦ってるようにも見えて、それでいて顔を赤くして凄く恥ずかしそうな表情を見せて頂きました。


「いあ、待てよ。あのバーテンみたいな制服が良いって頼んでみようかな? メイド服はぜってー無理だって!」 

 

 まさかこんな土壇場でメイド服姿を恥じらうとは思ってもみなかったぜ。

 それ。マジで気がつかなかったの?

 

「か、み。三輪みわさぁん? 三輪みわさんはメイド服。行けるの? 俺ぜってー無理だよ!」


 いあいあいあ! ウチの方が無理だっつーの!

 楓蓮かれんお姉さんは美人だからいいけど、ウチは無理です! 

 断固として拒否するっす! メイド服着るくらいなら不採用でいいです!


 などと面接に行く前から大混乱なウチらだったが、とうとう喫茶店に到着してしまった。


「すません。ここから女っぽく喋ります。名前も加奈子かなこちゃんって呼びますね」

「おっけ~っす! 行きましょう」 


 何故かウチが先に喫茶店の中に入ると、一歩下がって入る楓蓮かれんお姉さんだった。

 いあ、楓蓮かれんお姉さんがメイド服着ないとか……ありえねーだろ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰キャで内弁慶なウチが再婚した母親の連れ子と出会って色々人生が変わるお話 @hootare1022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ