第12話 黒澤くんはお友達が欲しい ②

 ※


 ウチの担任は英語教師である。一発目からやる気が感じられないのは初日と一緒だった。こりゃ頭の中にも残らない授業だなと思った。だがこの独身教師、生田いくた先生は英語を喋らせるとやたらとイケボになってしまうのだった。イケボといってもコイツの場合はちょっと種類が違って……その流暢な英語を聞いていると、眠たくなってくるデバフが付いてるのである。


 開始20分くらいでクラスの半分が机に突っ伏していた。やべぇ。マジでいい声だなおい。声だけだぞ? 見た目はハゲてるおっさんだぞ? そして子守歌のように聞き心地が抜群に良いだと?


 真面目に授業受けてる奴はほとんどいなかった。起きてる男子はスマホを見ながら遊んでる奴もいるし、先生は英語をペラペラしゃべってるだけで注意もしない。もう授業が成り立ってるとは思えず、カオスな状態になっていた。


 という訳でウチも授業をボイコットし、白竹しらたけちゃんとコソコソ喋り出した。すると白竹しらたけちゃんはこんな質問をしてくる。


「あにょ。にょ、一緒に来てたお姉さんと妹さん。ものしゅご。美人。ものしゅご可愛いくてビックリサンボでした。魔樹まきもね。しゅごしゅご驚いてましたでございます」


 楓蓮かれんお姉さんと華凛かりんちゃんですね。確かにあの2人はもう色々と異次元ですからね。しかもケンカまで強いという新たな長所が見つかり、人間としての価値がヤバいことになってますぜお嬢さん。


「お姉さん達のお、おにゃまえは何ていうのでし?」

「えっと、楓蓮かれんお姉さんと華凛かりんちゃんと言うのだぜ?」


 その時会話が聞こえたのか一瞬だけ黒澤くろさわくんと目が合ったけど、ニコっとされるだけだった。大丈夫っす。普通に会話してるだけなんで問題ないっす!


「遠い親戚なんです。姉妹揃って美人すぎるってビックリサンボでしょ?」

「うにゅうにゅ。ビックリサンボでし」


 白竹(しらたけ)さんの「うにゅうにゅ」は「うんうん」らしい。

 サンボの意味はちょっと分からねぇ。こりゃ白竹(しらたけ)辞書を作成しなければ。

 ビックリサンボは、とりあえず「凄くビックリ」的な表現だろう。サンボって……

 

「また良かったら来てくだしゃいね。今度は量を間違えたりしませんからね。次来た時は特大パフェとか頼んでみて下さいね。すっご美味しいでしゅよ。あ、割引しましゅ。む、無料は怒られるかもでしゅが、300円くらいでいいらしいですよ?」


 ん? 何かこの喋り方。どこかで聞いたような……

 まぁいいか。ウチはおっけーと言いながら親指を立ててグッジョブすると、今度はこっちも質問させてくれ。


「そいえば昨日の喫茶店の白竹しらたけさんって、凄いアグレな動きだったけど。何だか学校の白竹しらたけさんとちょっと違うような……」


 ちらっと黒澤くろさわくんを見ると、机に突っ伏してしまった。それってこっちの会話に興味津々なのか聞き耳立ててるよね? そうだよね絶対。すると白竹しらたけちゃんはこう答えた。


「え~っと。え~~っと。えっとですね。わたひ。学校の時と喫茶店の時ってキャラが変わっちゃったりするんです。よく分かんないですけど~。え~~っと。ほら。アレです。二重人格とか言うじゃないですか? あんな感じになっちゃう時がありまして。ごめんなしゃい」


「いあ、弟ちゃんを殴ってたりしてたんで、ビックリしちゃって」


 そう返すと「あへ、あへへ」と変な笑い声に変わる彼女は、


「ここだけの話をしましゅ。魔樹まきって……」


 お? なになに? すげー楽しみ! ほら! 黒澤(くろさわ)くんも机に突っ伏しながら、こっちにちょっと近づいたよね? 


「ちょっと壊れちゃう時があるんですよ。凄い男っぽくなったり~男の娘になったり、ほら、アレです。二重人格とか言うじゃないですか? あんな感じになったりするので、なので昨日みたいに見苦しい場面を見せちゃったり……よ、よく分かんないのです」


 えぇ~? 弟なのによく分かんないの?


 んん? なんだろう。何かこうやって喋ってると、昨日の喫茶店の弟さんって、なんとな~く、今の白竹しらたけちゃんに似てね~? なんだかそんな感じもしてきたぜ。



 ※


 白竹しらたけちゃんから得られた情報は早速黒澤くんにも共有した。弟はたまに変になるのと、白竹しらたけちゃん自体二重人格だと言ってたのをそのまま彼に話した。っていうか殆ど聞いてたよね?


『確かにそれなら納得いきますけど、白竹しらたけさんは完全にキャラ違うし、弟さんはよく分かりませんので、まだ何も言える段階じゃないですけど。ただ昨日の白竹しらたけさんの動きはかなりヤバかったっす。相当強いといいますか、ヤンキーのお姉さん達と実力あんまり変わらないと思います』


 そこまで言うほど白竹しらたけちゃんは凄いのだろうか。ウチにはわからないが。


『でも、ありがとうございます三輪みわさん! こうやって情報教えてくれるのは本当に有難いです。ただし、れんでは喫茶店を知らないので白竹(《しらたけ》さんに喋ることは出来ませんしノータッチを貫きます』


 沸々と湧き上がるこの感情。

 三輪みわさんはこの立ち位置が素敵に思えて仕方がないぜ!


 あ! そうだ。ここで……聞いてみるか? 黒澤くろさわくんの恋愛事情ってやつを


『そういえば、黒澤くろさわくんってこのクラスで言うならどんな子がタイプですか? 実はさおりんやまゆちんとそんな話になってて、どうなのかなと思っただけなんですけど』


 あ……ま、マジで送信しちまったよ! ちょっと冗談っぽかったのに。

 焦り過ぎてジョークでっせとも言えない空気の中、すぐに返事が来た。


『タイプですか……難しいですね』

白竹しらたけちゃんとかど~ですか旦那』


 うわぁ~~! 調子に乗り過ぎて「旦那」って付けちゃったよ!

 

『うん。白竹しらたけさんは相当いいですね。無茶苦茶モテるでしょうし』


 やっぱりそうだよね。このクラスじゃもう白竹しらたけちゃん一択だぜ。それは黒澤くろさわくんとて例外ではない。そう思ったのだが、


『でも、付き合うっていうお話なら無理です』


 なんだと? まさかの問答無用で一刀両断?

 白竹しらたけちゃんで無理だったら……じゃあ誰だったらいいんだ?


『もし俺が付き合うのなら……俺の正体を知ってて、黒澤家を秘密を守ってくれる人だけですよ。それが前提にないとそんな気持ちになれないんです』


「…………」


 それって。私も……入ってるよね? じゃなくって……私だけじゃねぇか!

 突然の候補に選ばれてしまって物凄く恥ずかしい三輪みわさん。穴があったら入りてぇ! 


 まさかの白竹しらたけちゃんより上なのか? ウチが? ウソだろ!

 などと頭が爆ぜそうな状態で黒澤くろさわくんが続ける。


『人とお付き合い自体興味はありますけど、それよりも今大事なのは、友達を作ることなんです。それで仲良くなった人や信頼できる人が出来たのなら、この身体を説明して……友達でいられるような、そんな人を今までずっと探し続けてるんです』


『だから親の紹介とはいえ、三輪みわさんの存在は黒澤くろさわ家にとって凄く大切な存在なんです。黒澤くろさわ家の秘密を知ってて普通に接してくれるあなた達とはずっと、よりよい関係でいたいんです』


 あぁぁ……ベタ褒めはやめて。また目が合わせられなくなるってば。


『今現在はお付き合いは考えてません。とりあえずお友達を作ってそれからは、その人が信用できるかよ~く考えてからカミングアウトしようと思ってます』 


 そか。今はまだ女性に興味は無さそうだな。もしこの先で――

 黒澤くろさわくんが気を許す女性が現れて、正体を知ったら…‥


 友達作るのはいいけどさ、お、女の子はちょっと……

 ウチなんて、勝てるはずないだろ……


 一人で落ち込んでる間もなく黒澤くろさわ)くんが続ける


三輪みわさんには正直言いますけど、実を言うと、昔かられんで友達が出来た事が無いんです。だからどうしても友達が欲しくてこの高校から頑張ろうと思ってたんです』


 だから……前の席にいる染谷染谷くんと友好を深めようとしてて、西部(にしべ)にも嫌な顔をせず、誰に対しても笑顔なのか……


『その内、この身体のことを分かってくれる。そう信じてもいい人が出来たらいいなって思ってます。だって三輪みわさんなんて凄く羨ましいですもん』


 ウチが羨ましいだと? どこが?


坂田さかたさんや米山よねやまさんと昔から仲の良い幼馴染だし(その話は以前につたえてあるぞ)近くの席の男の子とも仲がいいみたいだし、それに白竹しらたけさんとも上手くやってて、凄いと思いますもん』


 いあいあ、これはただの腐れ縁みたいなやつらばっかで……それよりも黒澤くろさわくんの方が普通の人が持ち合わせていないモノをいっぱい持ちすぎて、雲の上のような存在なのに。


『とりあえず、染谷そめやくんとちゃんとお友達になりたくて頑張ってます。男の友達が欲しいんです』


 すげー推してるもんな。分かるよ。

 それに染谷そめやくんも黒澤くろさわくんと仲良くやろうって感じが伝わってくるんだよ。ただ西部にしべにはむちゃくちゃキツくて怖いんだけどね。


 でも……黒澤くろさわくん。あなたに友達がいなかったというのは……意外過ぎる。

 こんなに社交性があって陽キャな彼になぜ友達が出来なかったのだ? それが気になってしょうがなかったが、よく見るとラインの文章には……


れんで友達が出来た事が無い】と言う点だ。つまりそれって。

楓蓮かれんお姉さんでは?】 と言う話なのだろうか?  


 ふと質問していた。楓蓮かれんさんでは友達がいたのかと。すると――


『友達っていうか……喋る友達は出来ましたが、俺はそう思ってただけで……向こうはそう思っていなかったんです』


 ん? 何だかその文面からしてふと空気が変わった気がする。

 ちらっと後ろを向くと、ウチと一瞬目が合うと、初めて……先に目を逸らす黒澤くろさわくんであった。つまりこの話は……なんとなく今は聞かない方が良いと思った。


 暫くして、また黒澤くろさわくんからのライン。なんだろうと思ってたら、


『そそ。ずっと考えてたんですけど、俺。白竹しらたけさん家の喫茶店でバイトしようかなって思ってます』


 はぇ? び、ビックリ? サンボ?

 

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