第4章 ネジレアイ
「社長・・・!? 」
苅田は驚愕に眼を見開くと、その声の主を凝視した。
黒い作業服を纏った大柄な人影が、戸口に立っていた。
白髪交じりの頭に、筋肉質な体躯。日焼けした浅黒い顔には鬼の様な憤怒が宿っている。
その後ろに、四十代位の屈強な体躯の男が三名。彼の部下の様だ。
「貴様ら、見ちまったようだな」
壮年の男が、悲しそうな憂いの表情を浮かべる。
「まさか、あんたが彼女を・・・」
苅田は声を震わせた。
「仕方ねえだろ、苅田にとどめをさした所を見られちまったんだからな・・・おっと、余計な事を言っちまった。そんな事より、おめえは何者なんだ? 見れば見る程、苅田とそっくりじゃねえか」
社長はぎろりと苅田を睨みつけた。
「思い出した。私はあんた達にボコられたんだ・・・その鉄パイプで」
苅田は憤怒に眼を血走らせながら、彼らの手に握られた鉄パイプを凝視した。
苅田の額から、幾つもの朱の筋が溢れ出る。
血だ。
止めどもなく溢れ出るどす黒い血の噴流は、苅田の頬を伝うと顎からぽたぽたと滴り落ちた。
「な、何だよてめえ、妙な小細工しやがって・・・そんなもんでこの俺がビビるかよ」
社長は粋がった台詞を吐くものの、眼は不自然に泳ぎ、動揺を隠せない。
「分かった、分かったよ。苅田に掛けた保険金が入ったら、お前達に五千万やるから、この件は見なかった事にしてくれ。な、悪い話じゃねえだろ? 」
社長が薄気味悪い笑みを浮かべた。
「今まで事故で死んだと思ってた連中も、実はあんた達が殺してたんだな。保険金目当てに」
苅田の顔に、底知れぬ憤怒が宿る。
許さない
苅田が、鬼の形相で社長をねめつけた。
同時に、異様なまでに禍々しい気配が廃墟を満たしていく。
「な、何だこれは・・・? 」
社長の顔が驚愕に凍てつく。
どす黒い影の様な凄まじい瘴気が、床や壁、天井から染み出し、激しく渦巻きながら苅田を包み込む。
まるで、彼の魂に巣食う怨恨と憎悪の情念を煽るかの様に。
「苅田さん、こらえてっ! 」
四方の掌から無数の白い影が走る。
「こいつをはずせっ! 奴らをぶっ殺す! 」
苅田は両眼を吊り上げると、四方に怒号を浴びせた。
「鬼心に身を委ねたら、ここに巣食う情念の思惑道理になる。地縛霊になって未来永劫ここに留まるのは嫌だろ」
四方は静かに呪詛を紡ぐと、大きく右手を薙いだ。
刹那、禍々しい瘴気の渦は跡形も無く消え失せる。
男達は、四方の術を目の当たりにしてか、さっきまで粋がっていたのが嘘の様に消沈していた。
「糞どもがっ! ぶっ殺してやるっ! 」
狼狽える部下を前に、社長は気を奮い立たせると、鉄パイプを振り上げながら四方達に襲いかかる。
その姿を見て触発されたのか、部下達も鉄パイプを振りかざして後に続く。
刹那、つぐみが前に出る。
同時に、彼女の唇から牙が覗き、顔や腕は褐色の毛で覆われ、爪は刃の様に伸長すると鋭い光沢を放った。
暴徒達の顔から、一気に血の気が失せる。
つぐみは四人から鉄パイプを奪い取ると、四本束ねたまま飴細工の様に折り曲げた。
恐怖に立ち竦む男達。
が、つぐみは容赦無く奴らを手で捉えては次々に投げ飛ばす。
ほんの一瞬きもしないうちに、四人の男達は天井に頭を突っ込んで宙ぶらりんになっていた。
「少しは苅田の苦痛を思い知れ」
つぐみがそばの壁を蹴破る。
と、四人の男達の身体は一斉に床に落ちて動かなくなった。だが気絶しただけらしく、胸が上下しており、息はあるようだ。
「つぐみちゃん、最後の変態までしなかったんだ。ちゃんと着替え用意したのに」
宇古陀が悲しそうに呟く。
「最高の変態は貴様だ、宇古陀。この屑どもは我の真姿を見せるには値しない」
つぐみが妖変を解きながら、床に横たわる奴らを睨みつける。
「これは・・・いったい」
苅田が、途方に暮れた表情で立ち竦んだ。
苅田ではない。服装は同じなのだが、顔が全くの別人になっていた。
「燻間さんですね? 」
四方が彼に話し掛けると、怯えた表情で黙ったまま頷いた。
「ちょっと外へ出ましょう」
四方は彼を廃墟から連れ出すと、今までの出来事を語った。
その間に、宇古陀は警察に通報を済ませる。
「そうだったんですか・・・」
燻間は頷くと大きく息を吐いた。
不意に、燻間の身体が大きく痙攣する。
「ミイツケタ モウ離サナイ」
燻間の表情が恐怖に凍てつく。
彼の身体に二本の白い腕が絡みついていた。その肩越しに、笑顔を浮かべた白い顔が覗く。
雉元沙弓だ。
「駄目だ。彼はまだ生きている」
不意に、二本の腕が燻間から雉元を無理矢理引き離す。
苅田だ。
「皆さん、有難うございます。彼女は私が責任を持って上に連れて行きます」
苅田は満面の笑顔を浮かべると、雉本を抱き締めたまま昇華し、姿を消した。
四方は大きく息を吐くと、呆然と佇む燻間に向かい合った。
「燻間さん、彼女にストーキングされましたよね」
「はい。彼女とは取材を受けたのがきっかけで知り合ったんです。彼女はストーカー被害を受けてて、その相談を受けているうちに・・・」
「今度は彼女があなたのストーカーになったって事か」
四方がそう尋ねると、彼は黙って頷いた。
「四方ちゃん、知ってたの? 」
宇古陀が眼を見開く。
「彼女が事務所で見せてくれた燻間さんの画像、どう見ても盗撮したような構図でしたから」
四方はそう答えると、間近に通るトンネルを見据えた。
「トンネルも祓っておこうか。廃墟はさっき済ませたしね」
「四方ちゃん、やっぱいるの? 」
宇古陀の表情が強張る。
「霊そのものはいないよ。たださ、ひょっとしたらいるんじゃねって想念が渦巻いて、変な瘴気を呼び込んでいるな」
四方はトンネルに向かって呪詛を紡ぐと右手を縦横に薙いだ。
一瞬にして、トンネルから感じられた重苦しい気の存在が消失する。
「これで一件落着か。あの二人、あちらの世界で幸せになれるといいんだけどな」
宇古陀がしんみりと語った。
「苅田さんは幸せかもだけど、雉元さんはどうかな」
四方が苦笑を浮かべた。
「え、どうして? 」
宇古陀が訝し気に四方を見た。
「苅田さん、多分だけど雉元さんのストーカーだったかも」
「まさか・・・」
四方の言葉に、宇古陀は呆気に取られて彼女を見つめた。
「気付きませんでした? 雉元さんの遺体を見つけた時、彼、親しげに『沙弓さん』って呼んでましたから」
(完)
四方備忘録~探シテ欲シイ しろめしめじ @shiromeshimeji
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