第3章 残忍ナ オシラセ

「なんだ、化けトンって、バカでっけーとんかつではないのか」

 つぐみは不服そうにぼやいた。

「私、『化けトン』って何ぞやって話、したよね? 」

 四方は苦笑を浮かべながら、つぐみを窘めた。

「確かこの近くに、美味しいとんかつ屋がありましたよ」

 苅田がつぐみに気を遣ってか、グルメ情報をそっと囁く。

「じゃあ現場検証が終わったら、そのとんかつ屋を食べに行こう。宇古陀の奢りで」

 つぐみは苅田の一言で一気に機嫌を取り戻した。

「え、ちょっと待ってよ。日本語おかしいし、それに俺の奢り? 」

 宇古陀が困惑しながら振り向く。

「苅田さんがお勤めの会社って、結構曰く付きの廃墟の解体を請け負っているんですね? 」

 四方は宇古陀の焦燥振りに笑みを浮かべながら、運転中の苅田に話し掛ける。

「ええ。零細企業なんで、何でも請け負いますから」

 苅田は肩を竦めるとしみじみと語った。

「因果関係は分らないけど、労災が多いですよね。それも重大な」

「ええ、まあ。しょっちゅう社葬ですよ」

「社葬? 」

 宇古陀が訝し気な表情を浮かべた。

「ええ。うちの会社、身寄りのない者が多いんで。それ故に社葬になってしまうんです・・・。あ、そろそろ着きますよ。このトンネルを抜けたらすぐです」

 苅田は古びたトンネルへと車を進めた。噂の金栗トンネルだ。

「何となく、ぞわっとするね」

 宇古陀が言葉に反して嬉しそうな目線を車窓に注ぐ。

 交通量はそこそこあるものの、内部のどんよりとした重い空気が、威圧めいた雰囲気を醸している。通行量の減る深夜に来るとまた更に不気味さが増し、訪れる者の恐怖心を煽るのだろう。

 トンネルを抜けると、すぐに二階建ての廃墟が姿を現せた。

「着きました」

 苅田が、廃墟の前で車を止めた。解体作業を見越してか、廃墟の周囲は草が刈り取られているものの、建屋そのものは蔦で覆われ、趣のある風貌を晒している。

「どうぞ、鍵、開いてますから」

 苅田が管理棟のドアを開けるとポケットから懐中電灯を取り出した。

 宇古陀もリュックから懐中電灯を取り出すと先頭に立った。

 管理棟から客室に通じる通路に入った途端、四方の表情が険しくなる。

「つぐみ」

「ああ、臭うな」

 四方の問い掛けに、つぐみが呟く。

「足元、気を付けて下さい、床がぼろぼろですから」

 苅田が懐中電灯で床を照らした。彼の言う通り、通路の中央部分の板が拉げており、床下の基礎部分が露になっている。

「板が腐っている訳じゃないな・・・何か強う衝撃を受けた感じか? 」

 四方が破損が進んだ床を見つめながら首を捻った。

「あ、ここ天井が抜けているぞっ! 」

 宇古陀が天井を懐中電灯で照らすと、そこには見事な大穴が口を開き、黒々と染みの浮かぶ二階の天井が丸見えになっていた。

 四方は足元の木片を拾い上げ、首を傾げた。

「二階の天井から雨漏りがしているみたいだから、それで床板が腐ったのかと思ったけど、そうじゃないみたいね」

 四方は宇古陀に木片を見せた。木片は腐食まではしておらず、ただ妙な事に裂けめの途中から、鋸で切った様な切れ目が入っていた。

「苅田さんの最後の記憶ってのは、確か頭の上に重い物が落ちて来たんでしたっけ? 」

 四方は探るような視線を苅田に向けた。

「はい、そうです」

「上から、か・・・」

 四方は訝し気に首を傾げた。

「お、あそこ、鉄板が敷いてあるな」

 宇古陀が数メートル先の床を懐中電灯で照らした。

「ああ、あそこは床が抜けちゃったんで、危ないんで鉄板で蓋をしたんです。残置物の撤去作業の時に落ちる危険性があったんで」

 苅田がそう説明した。

「つぐみ」

「うん」

 四方とつぐみが鉄板に駆け寄った。

「どうしたんですか? 」

 苅田が慌てて二人に駆け寄る」

「鉄板、どかしていいかな? 」

 四方が苅田に尋ねた。

「いいですけど、それ、めちゃくちゃ重いから・・・」

 苅田がそう答えた矢先、つぐみは鉄板に右手を掛けると楽々めくり上げた。

「これはっ!? 」

 宇古陀が驚愕に顔を歪ませる。

 鉄板の下の床の裂け目に、人が倒れていたのだ。

 其れも、見覚えのある人物が。

 雉元沙弓だ。ベージュのカットソーにデニムのパンツといった、つい先ほど四方の事務所に来た時と同じ服装だった。但し眼鏡は、レンズが割れた状態で少し離れた所に転がっている。

「おい、大丈夫か? 」

「触らないで。残念だけど、彼女はもうお亡くなりになっている」

 四方が、彼女を抱き起こそうとした苅田を慌てて制した。

「これ、ただの転倒事故じゃないよ。事件だ。頭をかち割られているし、首に絞められた指の跡が残っている。この感じじゃあ、死後二、三日は経っているな」

 四方の検分を聞いた宇古陀から血の気が引く。

「じゃあ、俺がここで彼女と会った時には、もう既にってこと? てより、今日、四方ちゃんの事務所のに来たよな・・・まさかっ? 」

「そのまさか、です。だから私は彼女には探偵費用の提示はしなかった。依頼は受けるつもりでしたけど」

 四方は終始落ち着き払った声で宇古陀に語った。

「思い出した・・・思い出しましたよっ! あの日の事を」

 苅田が興奮しながら四方達にまくし立てた。

「解体前の確認をしに二階へ上がったら、突然目の前に沙弓さんが現れたんです。驚いて逃げる彼女を追い掛けようとした時、床が抜けて私は階下に落ちたんだ。でもその時、私はまだ生きていた。起き上がろうとした直後、誰かに頭を棒のようなもので殴られて・・・」

 不意に管理棟のドアが開く。

「てめえら、何してやがるっ! 」

 男の野太い罵声が、重く沈んだ廃墟の空気を震わせた。


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