第2章 化けトンって、喰えるのか?

「詳しくお話を伺いましょうか」 

 四方はつぐみが用意した珈琲を進め乍ら、新たな依頼人に話し掛けた。

「私、死んでいるらしいんです」

 立ち昇る珈琲の湯気の向こうで、彼は覇気のない声を漏らした。サングラスを取った下から現われた目も生気がなく、どんよりと濁っている。

 依頼人の名は苅田琢史。解体業の作業員だと言う。

 その日、彼は近々解体予定の廃墟の下見に、上司と訪れたそうだ。彼が言うには、廃墟の中に入った辺りから記憶が無いらしい。

「気が付いたら、廃墟の前で座り込んでいたんです。上司もおらず、乗って来た車も無く、携帯で連絡しようとしたんですが、携帯も無くなっていました」

「どうやって戻ってこれたんです? 」

「肝試しに来た方に無理矢理頼み込んで車に乗せて貰いました」

 会社に行ったら、死んだはずの従業員が戻って来たものだから、大騒ぎになったららしい。だが、結局不審者扱いされ、姿が似ている事に乗じての悪質な悪戯だと激しく責められた挙句、警察に通報するとまで言われ、這々の体で逃げ帰ったのだと言う。

「今は、どこで生活しているんですか? 」

 四方が心配そうに苅田を見つめた。

「廃墟で知り合った方の家です。会社での一騒動の後、そのまま彼のアパートについて行きました。会社の寮に住んでいたんですが、そこも閉められちゃったので」

「親兄弟はいらっしゃらないのですか? 」

「はい。実は、私、両親の顔を良く知らないんです。物心ついた時から施設で暮らしていたんで」

 苅田は寂しげな笑みを浮かべると、珈琲カップを口に運んだ。

「分かりました。お引き受けしましょう」

 四方が静かに頷く。

「有難うございます」

 苅田は嬉しそうに頭を下げた。

「依頼の費用なんですが、これくらい考えておいてください。諸経費含めた金額ですので。多少は変わるかと思いますが、下がることはあれど上がる事はほぼ無いです。宜しいですか? 」

 四方は彼にメモを手渡した。

「分かりました」

 彼はメモの金額をチラ見すると、それをポケットにしまった。

「早速ですが、その、今お住いのアパートに案内していただいていいですか? 」

「アパート? かまいませんが」

 四方の申し出に苅田は首を傾げた。

 探偵とは言え、依頼人のプライベートにまで踏み込むものなのか。

 彼の顔に疑念の色が浮かぶ。

 依頼人は車で来ていると言うので、四方達は同乗させてもらい、向かう事にした。

 道中、四方は何かしらの情報収集に勤しんでいるらしく、タブレットを真剣な眼差しで操作していた。

「四方ちゃん、何調べてんの? 」

 宇古陀が四方のタブレットを覗き込む。

「秘密です。てより、何で宇古陀さんが付いて来てるの? 」

「まあ、成り行きと言う事で」

 四方の追及に、宇古陀はにやにや笑いを浮かべた。

「着きました」

 苅田が車をアパートの駐車場に入れた。

「部屋の中、見れます? 」

「え、まあ・・・構わないと思いますが」

 苅田は一瞬戸惑ったが、四方の強い眼差しに押され、渋々頷いた。

 アパートは三階建てで、外観は目だった烈火は無く、比較的最近建てられたものと思われた。

「ここです」

 彼はポケットからキーを取り出し、ドアを開けた。

「どうぞ」

 苅田に勧められるままに、四方達は部屋に入った。

「結構広いね」

 宇古陀が室内を見回しながら呟いた。

「2DKですしね。部屋は洋室8畳と6畳。バストイレは別々ですし、快適ですよ」

 苅田は嬉しそうに部屋を案内した。

「確かに、いい部屋ですね」

 この部屋の主の性格は几帳面且つ綺麗好きなのだろう。部屋はきちんと片付けられており、衣類も脱ぎ散らかっておらず、ベッドの掛け布団も綺麗にたたまれている。

 四方は居間のテーブルに置かれたダイレクトメールをチラ見すると、キッチンに向かった。シンク回りも綺麗に片付けられており、食器も水切り籠に入れられている。

「ここの住民は、今は仕事に出かけているんですか? 」

 四方は苅田に質問を投げた。

「あ、仕事かどうかは・・・ちょっと出かけると言って出て行ったので」

「朝ご飯は一緒に食べました? 」

「はい、食べましたけど。それが何か? 」

 質問の意図が分からず、苅田は訝し気に四方を見た。

「いえいえ大丈夫です」

 四方は目線を泳がせると、さり気なく彼の追及を躱す。

「苅田さん、あなたが立ち寄った廃墟に連れて行ってもらえませんか」

「え、これからですか? 」

 苅田は戸惑いの色を満面に浮かべると、眼を大きく見開いた。

「これからです」

 四方は、有無を言わさぬ勢いで、苅田にぴしゃりと言い放った。

「その廃墟って、どの辺りなの? 」

 宇古陀が好奇の目を光らせる。彼はこの手の分野の専門家なのだ。

「ここからだと、車で一時間位ですかね。ラブホテルなんですが、十年以上前に廃業になっていて・・・」

「ひょっとして、金栗トンネルの所の? 」

 宇古陀が苅田に問い掛けた。

「よくご存じですね」

 苅田が感心したように頷く。

「知ってるも何も、今までに記事にした事があるし、それに、とうとう解体されると聞いて、昨日も写真撮りにいたんだ。金栗トンネルを超えてすぐの所だから、化けトンとひっくるめて心スポで知られているよ」

 宇古陀が得意気に語った。

「宇古陀さん、昨日そこに行ったの? 」

 四方が宇古陀の顔を覗き込む。

「うん、雉元とはそこで知り合ったんだ。彼女も取材中だったらしくて」

「ふうん・・・じゃあ、行きますか。化けトンに」

 四方が納得したように頷く。

「四方」

 つぐみが真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「今日のお昼は『化けトン』なのか? 」

 つぐみのお腹が、ぐぐうと鳴った。



 


 



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