四方備忘録~探シテ欲シイ

しろめしめじ

第1章 依頼人は多種多様

「四方ちゃーん、暇? 」

 事務所の扉を開けるなり、宇古陀は失礼な挨拶とともに姿を見せた。

 本人は年齢不詳永遠の美青年などと嘯いているものの、白髪交じりの毛髪とぽってり小太りの狸体型は、どう見ても壮年の域だ。

 そんな彼だが、ルポライターとしては神レベルで、年中廃墟と心スポを駆け回る行動力は他の追従を寄せ付けない実力派だ。。

「宇古陀こそ暇なのか? 最近毎日来るではないか」

 つぐみは容赦の無い返しで反撃する。

 清楚さを感じさせる白いブラウスに黒のタイトスカートが初々しい。

 穢れの無い澄んだ瞳。通った鼻筋に薄い唇。後ろで結えた長い黒髪は艶やかな光沢を放っている。

 清楚で妖艶――その不思議な色香と魅力が、彼女から媚薬の様に立ち昇っている。

「くううっ! 痛いところを突くねえ。つぐみちゃんのアイスピックのようなとげとげしい言葉につんつんされると、今日も頑張れる気がするなあ」

 宇古陀が嬉しそうに眼を細めた。

「宇古陀さんが変態度をあからさまにするから、お連れの方がひいてますよ」

 四方が机上でパソコンのキーを叩きながら、苦笑を浮かべた。

 宇古陀の後ろに、小柄な女性がおどおどしながら佇んでいる。セミロングの黒髪に丸顔。銀縁の眼鏡。トップスはベージュのカットソーにボトムスはデニムパンツ。足元も服装同様ラフな感じのスニーカー。全体的に清楚なイメージの風貌だ。

「紹介するよ。地元のタウン誌やPR誌を作っている編集者の雉元さんだ」

「雉元です。宜しくお願い致します」

 雉元は緊張した面持ちで四方に一礼した。

「四方です。どうぞ、お座りください」

 四方は二人に席に着くように勧めると、自身も応接用の席に向かった。

 ゆっくりと近付いて来る四方に、雉元の眼は釘付けになっていた。

 淡いピンクのブラウスにベージュのスラックス。そのシンプルな装い故に、四方の整った顔立ちがひきたてられ、謎めいた魅力を醸している。

 ソファーに腰を降ろす前に、四方は雉元と名刺を交換した。

『株式会社みるしる  代表取締役   雉元 沙弓』

 大したものだ。彼女はただの編集者ではなく、れっきとした経営者なのだ。

 つぐみは一度部屋の奥に引っ込むと、珈琲カップをお盆に載せ、再び姿を見せた。

「失礼致します」 

 つぐみは珈琲のカップを配り終えると、其のまま四方の隣に腰を降ろした。

「彼女は助手の戸来です」

「戸来と申します。宜しくお願い致します」 

 つぐみは宇古陀の時とは対照的な言葉使いで雉元に挨拶をする。

「こちらこそ宜しくお願い致します」

 雉元は頭を下げながら、つぐみと四方を見つめると感嘆の吐息をついた。

「あのう、ここって・・・探偵事務所ですよね? 」

 雉元が困惑気味に四方に尋ねる。

「そうですけど? 」

 四方が訝し気に答える。

「よかった。てっきり芸能事務所かと思いました」

 雉元は安堵に胸をなでおろした。

「まあ俺達三人を見ればそう思うかもな」

 宇古陀が得意気に笑う。いや違うって。四方とつぐみだけだって。

「よろしかったらどうぞ」

 四方が雉元にさり気なく珈琲を進める。

「有難うございます」

 雉元は珈琲を口に含むと、驚きの表情を浮かべた。

「この珈琲,一階のカフェのオリジナルブレンドと同じ香りがします」

「あ、分かります? 実は、私、そのカフェのオーナーなんです。因みに戸来は店長なんですよ。この事務所にいらっしゃるお客様には、このブレンドをお出ししているんです」

 四方が嬉しそうに笑みを浮かべた。

「下のカフェ、よく利用させていただいてるんです。仕事の取材や打ち合わせとか」

 雉元が、はにかんだ笑みを浮かべる。

「それはどうも有難うございます。あのう・・・早速なんですけど、御用件をお伺いしても宜しいですか」

 四方は膝の上で両手の指を組みあわせた。

「はい、実は人を探して欲しいんです」

 雉元はじっと四方の眼を見つめた。緊張しているのか、両膝に載せられている手が小刻みに震えている。

「家出人ですか? 」

 四方が優しげな目線を雉元に向けた。。

「それが分からないんです」

 雉元は表情を曇らせると目線をテーブルの珈琲カップに落とした。

 家出する理由が見つからないと言うのだ。

 雉元は、記憶をたどるかのように、経緯を振り返りながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

 ターゲットは燻間創大 男性 二十六才。体格は中肉中背。不動産会社の営業マンとの事で、雉元の彼氏だそうだ。

 連絡が取れなくなったのは三日前。その夜、彼から会社の同僚と心スポに行って来るという電話が掛かって来たのが最後だった。彼のアパートにも行ってみたのだが、姿は無く、心配の余り、彼の職場にも問い合わせたのだが、無断欠勤しているとの事で、やはり連絡が取れなくて困っているとの事だった。

「警察には相談したのですか? 」

 四方が雉元に尋ねた。

 雉元は伏目がちに悲しそうな表情を浮かべながら頷いた。

「警察はまともに取り合ってくれなかったんだ。成人だしね。自分の意志で蒸発した可能性が高いって判断されちまう」

 宇古陀が不満気にぼやいた。

「でもおかしいんです。洗濯物が干したままだったり・・・」

「生活感が残っているって事ですか? 」

「そうなんです。それに、私達の関係もうまくいってましたし、仕事も順調で、職場でもトラブルや悩みは抱えていなかったようなんです」

 雉元は困惑した表情を浮かべながら、四方達に語った。

「あのう、心スポに行ってから、連絡が取れなくなったって、おっしゃいましたけど、その場所分かります? 」

 四方が雉元を見つめた。

「はい、金栗トンネルです」

「ああ、あそこかあ。有名な化けトンですね」

 四方が眉を顰めながら頷いた。

「化けトン? 」

 四方の言葉に雉元が首を傾げる。

「幽霊が出るからお化けトンネル――通称『化けトン』って呼んでるんです。あそこはある意味ヤバい所だからなあ。確か宇古陀さんも前に取材してたよね」

「うん。化けトン特集やった時に行ったな。俺が行った時は何も出なかったけど」

 宇古陀は何故か口惜しそうに呟いた。

「雉元さん、この案件お受けします。彼の写真とかお持ちですか? 」

「携帯に画像が」

 雉元は四方にスマホの画像を見せた、誰かと話しているのか、笑顔をを浮かべる白いカッターシャツ姿の青年の横顔だった。髪はきちんと整えており、清潔感が感じられる好青年だ。 

「雉元さん、彼に関する他の情報についても、早いうちに名刺のアドレスに送っていただけませんか? 」

「有難うございます。宜しくお願い致します」

 雉元は深々と頭を下げ、事務所を後にした。

「宇古陀さん、雉本さんとはいつ知り合ったの? 」

 まだソファーでくつろぎながら珈琲を飲んでいる宇古陀に四方が声を掛ける。

「昨日だよ。彼女が手掛けている雑誌で、地元の心スポ特集を組むってんで俺が取材を受けた。その時に、人探しの話が出たんだ」

「ふうん・・・」

 四方は片手を顎に添えながら頷いた。

 と、不意に事務所のドアが開く。三十台前後の作業服姿の男が姿を見せると、きょろきょろと落ち着かない素振りで室内を見まわした。キャップを目深に被り、顔を隠すかのように黒いサングラスとマスクをしている。

 一見不審者かと思しき風貌だ。

「いらっしゃいませ」

 つぐみが男に声を掛けると、彼は驚いたかのように体を震わせる。

「あのう・・・ここって探偵事務所ですか?」 

 男が、不安げに四方を見つめた。

「そうですけど、どんな御用件でしょうか」

 四方に尋ねられた男は、一瞬俯いたものの、意を決したかのように顔を上げた。

「実は、私の死因を調べて欲しいんです」

 


 

 

 

 




 

 

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