第15話 事件に巻き込まれた 8

暗闇の中、私から数メートル離れた場所に父が立っていた。

父さん。

私は父の元に駆け寄ろうとした時、私の背後からボロボロになったシリウスがバーナーで滑るように移動しながら私を追い越し父の元へと向かっていくのを見た。

思わず立ち止まり、父とシリウスを見つめる。

シリウスを従えた父の顔は、優しく温かく笑っている。

その笑顔に悲しい予感を覚えた。


「待って」


闇に溶けるように消えていくかけがえのない存在たちに手を伸ばす。


「行かないで。置いてかないで」


父さん、シリウス。

私を一人にしないで。

闇の向こうに消えた存在に呼びかけるが、闇は静かに私を拒絶し続ける。

一人になった私は呆然と立ち尽くした。

いつかはお別れをするものだとは思っていた。

でもこんなにも唐突で、予想外なお別れだとは思っていなかった。

涙が両目から溢れだす。

心の支えをなくした私は今度こそ独り立ちをしなくてはならない。

この暗闇の中、ただ一人で。

それが身を切るように辛くて寂しくて悲しくて、私は泣いて泣いて泣きまくった。

でも泣いても誰も来ない。

……そうか、もうここから独り立ちしなきゃいけないんだ。

私は涙と鼻水を拭った。

私は力の入らない足腰に神経を集中し、ふらつきながらもどうにか立ち上がる。

そして周囲を見渡し、背後に光が灯っているのを見た。

反射的にあれが私の向かう先だと悟るが、性懲りもなく私は果てしない闇を見つめる。

でも何も見えないし聞こえない。

私はベソをかきながら闇に背を向け、ノロノロと歩き始めた。

後ろを振り向きたい衝動に駆られたけど、我慢して光に向かって歩き続ける。

頑張って歩き続けて、そして光に包まれるのを感じた。


あの街の外での戦いから意識を取り戻して五日が経った。

私が意識を失っている間にグリードたちがすぐに病院に運んでくれたおかげで、私は重篤な後遺症は残らずにすんだ。

ただ、街の外の空気を吸ってしまった結果、肺炎になってしまい、検査も兼ねてしばらく入院することになった。

入院なんて生まれてはじめての経験だ。

諸々の手続きはスロウスさんがやってくれたらしい。

スロウスさんはこの件の責任を取るし、罰も受けると言っていたからその一環なのだろう。

そのスロウスさんの管理するシャマイムの決戦兵器ルシフェルだが、結論から言えば、予定通り埋立地に誘導されたルシフェルは、目論見通りゆるい地盤に足を取られて動きが取れなくなり、続々と集まってきた傭兵たちによって破壊され、ようやく機能を停止した。

街はこの件に関する調査委員会を設立し、事件の調査と原因究明等を行っているそうだ。

ただし、ルシフェルと事件のことを街のニュースが取り上げることはなかったし、街の管理AIであるグラトニーさんこと、トニーちゃんからも口外をしないようお願いされた。

街の住民に不安を与えないようにするためだとは理解できるけど……それでいいのかな?

疑問には思うけど、今の私はそれどころじゃなかった。

まだ呼吸に違和感があるし、熱も一時より下がったが普段よりは高い状態が続いている。

ちゃんと休んで、身体を治さないと。

と、チャイムとともにドアが開いた。


「こんにちは、ナナミ」

「グリード」


現れたのは見慣れた多脚ロボットのグリードだった。

ちょっと不気味なデザインの多脚ロボットでも病院に入れることに当初は驚いたが、どうやら病院は清潔と静音を条件に許可を出したらしい。

グリードは私が意識を取り戻す前から病院へと通い、面会謝絶にも関わらず私の様子を見に来てくれたらしかった。

私のそばにいたい。

足繁く通う理由を看護師さんに聞かれた時そう答えたそうだ。

仕事は大丈夫なのか心配になったが、グリードの仕事の半分は会社の外でもできるもののようで、私を見舞うついでに仕事もしている有様だった。

元々少し過保護かなと思っていたけど、この件を機に拍車がかかったようだ。

とは言え、お見舞いに来てくれた事自体は家族のいない私には嬉しいことではあった。

部屋に入ってきたグリードに、私は小さく笑顔を作った。


「今日も来てくれてありがとう。仕事は大丈夫?」

「ああ、心配ない。……今日は君に大事な話がある。君にとっては辛い話になるだろうが、先延ばしにもできない話だ」

「シリウスのことだね」

「そうだ」


グリードの複眼のシャッターが開き、鮮やかな水色の光が私を見た。


「君のシリウスをこの数日調査した結果、廃棄処分が妥当だという結論が出た」


グリードはいつもの事務的な声音で言った。


「理由は一つ。LSSの損傷だ。該当の機体は二十年以上前の型落ち製品ではあるが、損傷した手足やブースターに関しては載せ換えが可能である。しかし、LSSだけは違う。生命に関わる最重要機構であり、安易な載せ換えは危険と判断せざるを得ない。故に廃棄処分が妥当と結論づける。……調査を担当したメーカーからの陳述だ」

「会社じゃなくてメーカーに見てもらったのか」

「ああ。君達は街に対しそれだけの貢献をしたのだ。最大限の礼は尽くすとAIたちも言っている」


本来ならとても名誉なことで、喜ぶべきことなのだろう。

でも、私の気持ちが浮上することはなかった。


「君の退院を待って解体、廃棄処分の手続きをすることになる」

「そっか」


私は静かに頷いた。


「うん、わかったよ」

「ナナミ」

「大丈夫だよ、グリード。こうなるってわかってたから」


私もパワードスーツのパイロットの端くれで、何よりシリウスに乗っていたのだ。

LSSがやられた時点で、シリウスはもうダメなことはわかっていた。

これが、自分で選んだ選択の末路だ。

だから後悔などしていないはずだった。

後悔などしていないはずなのに。

それでもやっぱり涙がみるみるうちに目に溜まってきて、ボロボロとこぼれ出す。

もっと何かうまい方法があったではないか。

シリウスと共にあり続ける未来の可能性はなかったのか。

そんな思いが胸にせり上がり、涙が止まらなくなった。

私はとっさにサイドテーブルにあったタオルを引っ掴んで顔に当てる。


「ナナミ」

「ゴメン、グリード。できれば一人にしてほしいんだけど」


今は思い切り泣きたくてそう頼んだ。

グリードがいるとそれができない。

だがグリードの気配が更に近づき、硬いアームが私の背に回った。


「君のその要請は却下する」

「グリード」

「君を一人にしておけない。私は君の側にいる」


紛れもない美声だが淡白で無機質なそれに、揺るぎない意志のようなものを感じた。

気のせいのはずなのに、それでも私の心に伝わってくる。

私は何故か悔しくて、タオルを顔に押し当てながら呟いた。


「この頑固ロボ」

「なんとでも言うがいい。君の発言なら甘んじて受け入れよう」


だから何でそう、甘やかすようなことを言うのかな、このロボは。

私はちゃんと独り立ちしたいのに。

一人で泣きやんで未来へ向けて歩き出したいのに。


「私は、君の父君の代わりはもちろん、シリウスの代わりもできない。私は人ではない。こういう時に人が言う心の穴と呼ばれるものを認識することすらできない」


そんな意志を挫くように、硬い鋼鉄の手が私の背を優しく撫でる。


「でも、君の側にいることはできる」


はっきりとグリードは言った。


「君の邪魔はしない。だが一人にもしない。君の友としてでいい。どうか私を君の側においてくれ」


ロボットやAIに心はない。

この優しくも切実な声音も高い表現力に裏打ちされた演技なのだ。

でも私は経験不足のお子様でチョロいから、最後の最後で堪えていた壁がその言葉で決壊し、私はついに声を上げて泣いた。

グリードは泣き止むまでずっとそばにいて、私の背中を撫で続けてくれた。


<事件に巻き込まれた 完>

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多脚ロボットに告白されまして 小栗チカ @chika_march

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