最速を狩る

右中桂示

一瞬に懸けた勝負

『さあ、さあさあ! 人魔合同競技会、和平百周年記念大会! 注目の試合が間もなく始まります!』


 拡声魔法によって増幅された司会の声が、世界そのものを震わせんばかりに響く。

 歓声もまた爆発的。巨大な会場を埋める多種多様な観客が、一様に熱狂していた。


 それに反して俺の周りは静かだ。選手が並んで、スタートの瞬間を待っている。


 選手は強者揃い。

 ゴブリンの英雄、ケンタウロスの族長、魔獣の勇将。

 天下無双の武道家、身体強化魔法を極めた魔術師、伝説の盗賊。

 俺も歴戦のハンターとして、人類トップクラスとの自負がある。


 だが、選手誰もが、ただ一人だけを意識していた。

 優勝候補はやはり──


『そう! この試合には魔王陛下が直々に参加されます!』


 魔王。

 その立ち姿には、威厳。

 横目で見るのも重圧を感じた。

 気を遣って負けなければ、なんてそんな考えが起こりようもないオーラ。

 実力は測るまでもなく最強格。


 だが、負けない。

 最速は俺だ。そう信じて、挑む。


 緊張感が高まっていく。

 強者揃いのレース。

 たった千マルトーの距離なんて、すぐ終わる。

 だから、スタートの瞬間が勝負だ。

 司会の盛り上げ口上が済み、いよいよ始まる。


『選手一同、位置に着きます』


 スタートを知らせつつ、フライング防止意味もある結界。

 それが消える、その一瞬を見極める。

 集中。

 一秒を数万に分けるような、極限の認識。

 コンディションは最高。

 じりじりと時間を待つ。


『構え』


 筋肉が張り、始動直前の姿勢を保つ。

 そしてスタートの瞬間を見定める為、更に一段階集中を深める。


『ス』


 足から力みを抜く。


『タ』


 汗がじわり。


『ー』


 結界の力が弱まる。色が薄れていく。


 ──今だ!


 意識した瞬間、筋肉が始動する。俺の体が結界に向かっていく。


『ト』


 結界が消える正にその瞬間、接触するかしないかのベストタイミング。

 ラインを踏み越えて、飛び出した俺の体は直線を駆け抜けていく──!






 会場は大歓声に包まれていた。

 勝者を称えて、熱狂は冷めるどころか加熱していく。

 その、万雷の喝采を受けるのは勿論──


『優勝は魔王陛下! 魔王陛下です! 流石の実力を存分に見せてくださいました!』


 俺は負けた。

 結果は準優勝。顔ぶれを考えれば上等で、称賛に値する栄光だ。

 それでも、負けは負けだ。

 クールダウンしながら、反省の深みに落ち込む。


 だが、そこに。

 優勝者、当の魔王が手を差し出してきた。


「良い勝負であった。我が部下に欲しいくらいだ」


 爽やかな笑み。口調の割に気さくな声。

 力量を認める王者の貫禄であり、好敵手への心からの賛辞だった。


「光栄です……!」


 負けは負け。

 それでも俺に最早悔いはなく、清々しい充実感が体を満たしていたのだった。

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