私はまおちゃんのお婿さんにはなれない。

犀川 よう

私はまおちゃんのお婿さんにはなれない。

 かつて私とまおちゃんは、私の住む人間村にある女子大のクラスメイトだった。私は実家のリサイクルショップを継ぐため経営学部に入り、まおちゃんは隣にある魔人村の魔王を継ぐべく、自宅である魔王城から自転車で大学に通っていた。入学以来、お互い好意を持っていたので、恋人となるまでの時間はほとんど必要なかった。


 ある日、私の家で二人で課題をしていると、まおちゃんは私の手を握ってきた。私は驚きながら見ると、まおちゃんの瞳は綺麗なピンク色をしていた。

 私はその色が何を意味しているのか知っていたから、慌てることなく手を握り直した。もし私が人間族ではなく、まおちゃんと同じ魔人族であったら、私の瞳の色はきっと、まおちゃんよりも早い段階で同じ色になっていたに違いなかったからだ。——まおちゃんは感情が瞳の色に表れる体質で、その色は、恋を患っているサインであった。


 卒業式を終えると、私はまおちゃんの手を握り魔王城の門まで見送った。まおちゃんは魔人族の中ではかなりの小柄で、平均的な人間族女性の身長である私よりも、頭ひとつ低かった。

 別れ際、私がまおちゃんの頭を撫でると、まおちゃんの瞳は紫に染まり悲しみを滲ませた。私は魔王の娘とは思えない素直なまおちゃんが大好きで仕方がなかったから、本当に辛かった。


 そんな大学時代の恋人であったまおちゃんとの再会を期待して、私は故郷の人間村で実家が営んでいたリサイクルショップから暖簾を分けてもらい、まおちゃんのいる魔人村でリサイクルショップ魔人村店を始めることにした。

 まおちゃんに会うためのお店であるが、物入りなのは人間族も魔人族も関係ないらしく、経営は順調に黒字化していった。毎日多くのお客さんが来て、買い物をしてくれたのだ。存外、魔人族というのは理知的な人が多いらしく、治安面でも問題はなかった。

 こうして、待ちわびているただ一人のために、私は魔人村でリサイクルショップを続けることができるのであった。


 どうやって魔王城の中にいるまおちゃんに会おうかと、開店から一年ほど思案してきたが、今日ついに再会をすることができた。魔王修行に耐えられなくなったのか、まおちゃんが外出禁止中のはずの魔王城から抜け出してきたのだ。

 魔王城のすぐそばにある私の店は、意図的に人間村の店と同じ外観にしてある。まおちゃんはすぐわかってくれたようで、泣きながら自動ドアをくぐって私の名前を叫んだ。――りんちゃん! と。


 まおちゃんのしょんぼりしている表情と寂しさを表す黄土色の瞳を見て、私は涙があふれてしまった。まおちゃんは黒い髪を腰まで伸ばしていて、黒の外套を纏って一丁前に魔王になっている。唐揚げに目がなく、私の母が手作りした唐揚げを子供みたいな笑顔で食べていた、あのまおちゃんが――ああ、そんなことはどうでもいい。やっと、やっと会えたのだ。


 私は「まおちゃん!」と大声を出してから抱きしめた。お客さんたちはまおちゃんの存在と、私たちの久しぶりの再会を察したのか、そっとしておいてくれる。毎日世間話をするためにやってくるおばあさんは「あらあら」と言いながら、店番を引き受けると言ってくれた。私はおばあさんに感謝をして、まおちゃんを抱きしめたまま、ズルズルと引きずるように店の奥にある事務所へと連れていった。


「まおちゃん、元気だった?」

「ぜんぜん、元気じゃない」

「魔王になる修行はどう?」

「ぜんぜん、面白くない」

「唐揚げ、食べてる?」

「出されるけど、ぜんぜん、おいしくない。りんちゃんのお母さんの唐揚げ食べたい」


 子供みたいに拗ねながらメソメソするまおちゃん。怒ったり悲しんだり懐かしんだりする度に、瞳の色が変化していく。


「そうなんだ。まおちゃんは大変だったね」

「りんちゃんはどうだったの?」

「私? 私はまおちゃんに会えるよう、こうしてこの村でリサイクルショップをしてるんだよ」

「知らなかった。手紙をくれればよかったのに」

「何度も書いたよ。届かなかったのかな?」

「うん。手紙、来なかった」


 まおちゃんはジャンプをして私と目線を合わせようとする。その瞳は少し赤身を帯びていて、どうやら抗議をしているようだ。手紙はきっと魔王城のどこかで止められていたのであろう。魔王修行というのは、なかなか大変なものらしい。


 まおちゃんを備品のパイプ椅子に座らせてから、私も座る。これで目線は対等。まおちゃんの瞳は赤から薄いピンク色へと変わりつつある。久しぶりに真正面から見たが、まおちゃんは髪が伸びただけで、可憐な少女のままであった。


「それにしてもまおちゃん、魔王城を抜け出してきていいの?」

「……よくない」

「だろうねぇ」

「でも、嫌なんだもん」


 まおちゃんは修行が心底嫌らしく、長い髪を振り乱しながらジタバタと暴れる。私はまおちゃんの頭の上にある短い二本の角に当たらないよう、避けながら手を握る。


「何が嫌なの? 魔王になること?」


 私がその質問をすると、私にはどうしようもできない回答が返ってくる。


「ううん。違うの。まおが嫌なのは――お婿さんをもらうことなの」


 私は気が遠くなる自分を必死に呼び止めて、まおちゃんを瞳の色を見る。その瞳は、絶望を示す漆黒だった。


「あー。まおちゃんはお婿さんをとる必要があるんだね」

「うん……そう、みたい」


 まおちゃんはそう返事をすると、モジモジしながら「りんちゃんはどう思う? まおが結婚するとか」と上目遣いで問うてきた。そりゃあ、反対に決まっているけど、私は女でしかも人間族。どうしようもない理由が揃い過ぎている。


「そりゃあ、私だって」

「私だって?」


 まおちゃんは泣きそうな顔をしている。私は迷った。本心をぶつけてこれ以上まおちゃんを苦しめたくないが——。


「私だって、まおちゃんと結婚したいよ」


 嘘はつけなかった。まおちゃんの手を握り直して事務所を出ると、店の指輪コーナーの前に連れていく。


「まおちゃんは、どうなの?」


 今度は私の番だ。店番をしてくれていたおばあさんは口に手をあて、まおちゃんの返事を待っている。いつの間にか、お客さんたちが私たちを囲んでいた。


「まおちゃん、私と結婚しよう。ううん。結婚しちゃおうよ!」


 私の無謀すぎるプロポーズに、まおちゃんは戸惑う。


「いいじゃない。私がお婿さんになるよ。魔王――お父さんは、私が説得するからさ」


 まおちゃんを見ると、真顔で首を振っている。


「――だめだよ、りんちゃん」

「……どうして?」


 まおちゃんは、私のかすれた声に答えた。


「どうしてって? それは、だって、まおが、まおが――りんちゃんのお婿さんになるんだから!」

「ええええ!?」


 周囲のお客さんたちが拍手と大笑いすると、おばあさんは「魔王様のドッキリ作戦大成功!」と書かれた手看板を嬉しそうに掲げる。そして、見慣れぬお客さんが突然、私の前に立って仮面を剥がした。——その人は、まおちゃんのお父さん、つまり、魔王であった。


「りんちゃん。まおのことをくれぐれも頼むぞ。それと、まおが婿になるのなら、次の魔王はりんちゃんにやってもらおうか。よろしく!」


 放心している私に、魔王はガハハと笑いながら肩を叩いてくる。こんなのアリ? と思ってまおちゃんを見ると、ドッキリを仕組まれていたなんて知らないまおちゃんは、瞳の色だけではなく、あの長い髪の毛までピンク色に染め上げ、つま先立ちをしながらショーケースの中の指輪を楽しそうに見ているのであった。

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