始まりの日

水城みつは

迷宮発生

「石の天井……、あっ、彩花さいか! 彩花さいかは?!」


 それは、突然だった。


 穏やかな行楽日和の秋休み、僕たち家族と幼馴染の彩花は出来たばかりのドリームツリーの展望台へと遊びに来ていた。


―― 迷宮ダンジョン発生スポーン


 この世界において予測できない災害の一つである。

 迷宮ダンジョンが発見されたのは四半世紀程前。そして、迷宮内には銃火器の効かない魔物モンスターが溢れていた。

 当初、迷宮発生による周辺地域の崩壊や迷宮氾濫による周辺被害によって人類の生存圏が大きく脅かされると考えられていたが、まるでゲームのようなステータスにスキル、役職ロールが発現したことにより、魔物モンスターを迷宮内に留めることには成功した。


 迷宮ダンジョンと共存する世界。それが今の世の中だった。



 ◆ ◇ ◆



しろくん……?!」

 微かな声と共に腕に抱え込んだ彩花が身じろいだ。 黒く艷やかな髪も今は埃と血に塗れている。


「彩花! 良かった。痛いところとかはないかい?」

 意識を失っていた彩花が目を覚ましたことにまずは安堵した。


「うん、私は大丈夫って、白くん血だらけじゃない!」

「あぁ、もう治ってるから大丈夫」

 服はボロボロになっているが胸の大きな傷は既に塞がっている。


「ところで白くん、何が起きたの? それに、おじさんとおばさんは?」

「……迷宮ダンジョン発生スポーンだ。おそらく、ドリームツリーが迷宮化したんだと思う。それに……僕たち以外は……」

 静かに首を振った。迷宮発生における生還率は1%を切ると言われている。

 そして、このダンジョンに生存者は他にいないのが分かった。分かってしまった。


 生存率が限りなく低い迷宮発生だが、生還した人には共通点があった。

 その全ての人の共通点、それは役職ロールの発現である。


「ところで彩花、役職ロールが発現してると思うんだけど確認できる?」


「ん……、ステータス」

 虚空を見つめた彩花の目が見開かれる。

 役職ロールが発現した者はステータスとして役職やスキル等を確認することができるようになる。

 ただし、そのステータスは本人のみ確認でき、決して他の人が知ることはできない。


「……守護者ガードナー。私の役職ロールは白くんを守るためにある」

「そっか……、まずはこのダンジョンから帰還しないとな。僕の方はまだ役に立てそうがない役職なんで地上までは任せるけど良い?」

 モンスターの少ない道を案内することはできそうだが、まだ戦闘面が心もとない。


「大丈夫、白くんは私が守るよ! そのための役職だからね」



 ◆ ◇ ◆



―― 迷宮ダンジョン


 現代における災厄。

 迷宮ダンジョン発生スポーンにより生まれ、【迷宮管理者ダンジョンマスター】により管理されているとまことしやかに言われている。


1.迷宮核ダンジョンコアが破壊されると死亡します。

2.迷宮核ダンジョンコアから離れるとステータスが下がります。

3.迷宮核ダンジョンコアに関わる不利益な行動はとれません。


 これが役職ロール迷宮管理者ダンジョンマスター】の制約ルールとされている。


 だが、【迷宮管理者ダンジョンマスター】を見たものは居ない。



 ◆ ◇ ◆



「――このように迷宮核ダンジョンコアを破壊することによって迷宮ダンジョンを一時的に弱体化することができます。では、 麻桜まおう 彩花さいかさん、それ以外に迷宮核ダンジョンコアを破壊するメリットがわかりますか?」

「はい、迷宮核ダンジョンコアを破壊した際、高確率でスキルを取得することができます」

 迷宮発生から帰還した俺達は役職が発現したこともあり、探索者になるための講習を特例的に受けていた。


「その通りよ。よく勉強してますね。講習の方はこれで終わりだから、後は探索者シーカー登録をしてライセンスカードを受け取れば完了ね。あなた達はまだ十五歳になっていないから制限付きだけど……、まさか中学入学前の子たちが役職ロール持ちになるなんてね」

「そもそも役職ロールが発現しなかったら死んでたんで運が良かったです。それより、登録の時って役職ロールの申請するんですよね。ステータス確認できないから嘘付いて探索者シーカー登録できたりするんじゃないですか?」

 この世界、ネット小説等でよくあるような『鑑定』スキルは発見されていないし、便利なステータスカードのようなものもない。ただ自分のステータスが分かるだけだ。


「あー、それね。けど役職ロール持ちじゃないとダンジョンに入っても魔力酔いで動けないし、最悪死ぬからすぐバレるのよね。ただ、役職は自己申請だし同じ役職でも人によって微妙にスキル構成が違ったりするから嘘ついててもわからないわよ」

 ギルドの方も個人情報にあたるため、それほど厳密な申告は求めていないらしい。クエスト斡旋時に参考にする程度だそうだ。


「だけど、【勇者】とか【賢者】とか背伸びした申請はやめときなさい。黒歴史として延々とからかわれるわよ」

「えー、白くんかっこいい役職で登録してもよいんだよ?」

「いや、しないから。それに〚狩人ハンター〛は気に入ってるんだよ」

「じゃあ、『白の狩人』とかは? 髪の色に合わせた名前で良くない?」



 ◆ ◇ ◆



「経緯を思うとおめでとうというべきか悩むところだが、ようこそ探索者シーカーギルドへ。このギルドで最年少の探索者シーカーの誕生だな」

 およそ公務員とは思えない、ごつい風貌のギルドマスターから探索者シーカーライセンスを受け取った。

 通称、探索者シーカーギルド。正式名称、迷宮管理局はれっきとした国営の組織である。


「ありがとうございます。これでダンジョンに潜れるんですね」

 ライセンスカードを握る手に力が入る。


「うむ。やはりダンジョンに潜るんだな……。ただし、君たちのライセンスはまだ制限付きだ。入れるダンジョンと階層の制約がある。それに、当分の間はギルドから保護者というか指導役が付いてないとダンジョンへの入場は禁止だ」


「うっす」

「はい、わかりました。って白くん、ふてくされない」


「ところで、何故そこまでしてダンジョンに潜りたいんだ? 言っちゃ悪いがダンジョンに対して良い思いは持ってないだろう?」

 ギルドマスターが少し眉根を寄せてじっとこっちを見つめている。


「俺はダンジョンを、俺から家族を奪ったダンジョンを潰します。ダンジョンの元である迷宮核ダンジョンコア、そして、【迷宮管理者ダンジョンマスター】を狩る〚狩人ハンター〛になるんです」

「私は白くんを守る〚守護者ガードナー〛になるよ」



 その日、最年少探索者シーカー、そして、探索者シーカーランク更新速度記録を次々と塗り替えていく二人組が誕生したのだった。





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