女神様、そんなご無体な!

結 励琉

気が付いたら、俺は雲の上にいた

 気が付いたら、俺は雲の上にいた。

 目の前に、優雅なローブを纏い、豪華な椅子に座った、気品溢れる女性がいる。俺に向かって、優しげに微笑んでいる。

 あ、この方、もしかしたら、女神様かな。

 そして、このシチュエーション、これから転生させてもらえるってやつかな。


 俺は、信号無視をして交差点に突っ込んできたトラックから、小さな女の子を助けようとして轢かれて……嘘です、スマホを見ていて赤信号に気付かず横断歩道を渡ろうとして、トラックに轢かれたのが俺です。

 そんな、トラックの運転手さんにも悪いことをした俺が、転生なんてさせてもらえるのだろうか。

「そんなことはありませんよ。あなたは生前にとてもよい行いをしたので、転生神たる私が、あなたを転生対象に選びました。これから胸を張って新しい人生を歩みなさい」

 やっぱり女神様だった。お声も凜としている。それに、俺の心を読んだのかな。


 これまでの人生でよい行いなんてした覚えがないけど、あれかな、この前の同人誌即売会のことかな。

 人気サークルの最新刊の最後の1冊を手に取ったら、後ろに並んでいた俺好みの女の子が絶望的な表情をしたので、譲ってあげた。

 下心なんてなかったよ。なので、声を掛ける間もなく女の子が行ってしまっても、がっかりしなかったよ。


 考えてみれば、それくらいしか思いつかないような、あんまりたいした人生ではなかったな。

 死んでしまったのは残念だけど、新しい人生が送れるなら、それもいいか。


「あの、神様、転生というと、何か願いをかなえてもらえるのでしょうか。例えば、何か特殊なスキルがもらえるとか」

 俺は女神様におずおずと尋ねた。

「もちろんですよ。全く新しい世界に行くのですから、何もなしでは送りませんよ。あんまり無茶な能力はダメですけど、何か希望はありますか?」

 やった。何がいいだろう。

 あれ、でも待てよ。転生先がどんな世界かわからないのに、希望っていっても。


「それ、向こうの世界に行ってからじゃダメですか?今ここでは、どんなお願いがいいのか思いつきません」

 ダメ元で聞いてみた。

「うーん、私も次の転生者の相手をしないといけないから、すぐに決めてほしいのだけど」

 じゃあ、これではどうだろうか。


「お手間はかけません。向こうの世界に行ったら、すぐにお願いをしますから」

「仕方ないわね。それじゃ、あなたが最初に望んだことをかなえてあげるわ。それでいいわね。では、新しい世界へ!」


 体中が光に包まれたと思ったら、俺は丘の上に立っていた。

 向こうに城壁に囲まれた街が見える。

 ここが俺の転生先なのだろう。

 よし、さっそく街へ行って、どんな能力がいいか考えよう。

 いままでの人生とは決別して、俺は、新しい人生のスタートを切るんだ!


 気が付いたら、俺はさっきの女神様の前にいた。

「あれ、女神様、俺はどうしてここにいるんですか。俺は転生したはずですよね」

「だってあなた、『いままでの人生とは決別して、俺は、新しい人生のスタートを切る』って言ったわよね。だからこうして願いを叶えてあげたのよ。じゃあ、新しい世界に送るわね」

「いや神様、それはそう意味じゃなくて、単なる決意表明であって……」

「だからその決意を叶えてあげたのよ」


 女神様がこんなに融通が効かないとは思わなかった。

「そんなご無体な!わかりました。わかりましたよ。今度はちゃんとしたお願いをしますから、それを叶えてください」

「神が人の願いを叶えるのは1回限りよ。だからあなたはこのまま新しい世界に送るしかないわね。裸一貫でのスタートね」

「裸だけは勘弁してください」

                                     了

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