セブンスター・シンドローム・アフター

惣山沙樹

セブンスター・シンドローム・アフター

 宣言通り蒼士はセブンスターのカートンを欠かさない。去年のクリスマスの時には五カートン買ってきてタワーを作って遊んだ。もう僕も箱の数とやった数を合わせていない。蒼士はあれから暑苦しく求めてきて果てる度に愛の言葉を囁いてくるようになった。

 お前は僕の家政婦か何かか、と思わされるくらい、蒼士は僕に尽くしてくれた。部屋の掃除からゴミ出しから料理まで。僕は生まれて初めて手作りの味噌汁というものを食べた。大根とワカメが入っていて旨かった。奴がそんなことをできるだなんて本当に意外だったし、段々ほだされてきたのは事実だ。

 そして、金曜日の夜、甘ったるい行為をした後喫煙しながら、蒼士がこう持ちかけてきたのである。


「なぁ……美月。明日どっか行こうなぁ。付き合ってからどっこも行ってへんやん」

「コンビニは行った」

「そんなんデートに入らへん。もっとさぁ、それっぽいとこ行こう」


 蒼士は画面がバキバキに割れたスマホを取り出した。


「美月、水族館は?」

「喫煙所ある?」

「えーと……敷地内禁煙」

「却下」

「ええ……」


 蒼士はいくつか候補を探しているようだったが、僕は退屈してきてしまったのでベッドに寝転んだ。うとうとしかけた時、蒼士が叫んだ。


「美月ぃ! イオンなら中で吸える」

「イオンかよ」


 男二人で行くところじゃない気がする、あんなところ家族連れしか行かないだろう。蒼士は何を求めているんだ。


「映画とか観ようなぁ」

「僕一時間以上吸えへんのとか耐えられへんのやけど」

「ほなゲーセンとか」

「まあ……ええけど……」


 そんなわけで、わざわざ電車に乗ってイオンに行くことになってしまった。蒼士はいつも通りチャラチャラしたヒョウ柄のコートとサングラス姿で悪目立ちもいいところである。


「美月、服とか見ぃひん? いっつも同じのん着てるやん」

「金ないねん」

「俺が買ったる。なっ、行こ行こ?」


 僕はマネキン状態になって蒼士が持ってきた服を次から次へと着させられた。蒼士のセンスには期待していなかったのだが、他人にはまともな服を着せる感性を持ち合わせていたらしく、僕は買ってもらったばかりのトレンチコートとニット、デニムに着替えさせられた。


「可愛いなぁ、美月。よう似合うわ」

「タバコ」

「わかっとう。喫煙所行こか」


 このご時世喫煙者は肩身が狭い、こうして室内で無料で喫煙できる所は少ない。僕は生まれる時代を間違えたんだと思う。映画館で吸えるのならそうしたかった。


「ほな美月ゲーセン行こか」

「行くん久しぶりや」


 土曜日ということもあり子供がわらわらいて、僕はガキの頃を思い出した。母親が男を連れ込んでいる夜に行く場所がなくて、よくゲーセンにたむろしていたものだ。補導されかけたことも何度かあったが、たまに知らないオッサンからジュースをおごってもらうこともあったので、思い出はそれなりにあるのだ。


「美月、何でも取ったる。どれがええ?」

「んー、あのネコ」

「よっしゃ、任せとき」


 そう言うのだからさぞかし自信があるのかと思いきや、ネコのぬいぐるみ一匹取るのに四千円を費やした。その金でヤニが何本吸えると思っているんだ。


「はぁ、取れた……」

「ありがとさん」


 僕はネコを抱き締めた。なかなかのサイズである。腹が減ってきたのでフードコートでラーメンを食べ、また喫煙所に行った。


「蒼士、疲れた。もう帰ろう」

「えー、もうちょっとブラブラしような」

「嫌や。荷物多いし限界」


 僕のボロアパートに帰ってキスをした。蒼士はしつこい。とてもしつこい。歯茎も頬の裏も舐めるし舌をガンガン吸ってくる。ただ、僕の身体も段々蒼士に沿うようになってきてしまい、息があがる頃には僕のものは反応してしまっていた。


「美月ぃ……」


 カチャカチャと僕のベルトを外して蒼士がしゃぶってきた。最初はド下手くそだったけれどすっかり上達して、僕は蒼士の口の中でいけるようになった。


「あはっ、美月の美味しい」

「この変態」


 僕たちは下だけ脱いだ。座った蒼士の上にまたがって挿れてきゅっと抱き合った。


「はぁっ……奥まで入ってるぅ……」

「蒼士この体位好きやなぁ」

「密着できるもん……好きやで、美月」

「はいはい」


 僕は頑なに好きとは言わない、言ってしまうのがこわいのだ。確かに蒼士は僕のためにあれこれしてくれるけど、いつ飽きるかわからないし、取り残された時のことを思うと全てを明け渡したくはないのだ。


「動くで……」

「あっ……」


 蒼士の青みがかった瞳はすっかり濡れていて、この時ばかりは彼を独占できているのだと思うけれど、僕の知らないところで他の男や女を抱いていてもわからないし、仮にそれがわかれば本当に僕は刺し殺すかもしれない。


「いいっ、美月、めっちゃいい」

「感じやすいなぁ……」


 いっそ何もかも投げ出して蒼士のものになりきれば、僕ももっと楽になれるのかもしれないが、何度身体を交わしてもその勇気は出ない。


「もう……いってもいい?」

「好きにしぃ」


 蒼士は荒い息を吐いて僕の背中にしがみついた。僕が抜こうとすると止められた。


「もう少し……もう少しこのまま……」

「ゴム抜けんくなったらどうすんねん」

「ちゃんと抜いたるから……」


 また暑苦しいキスを浴びせられて、そろそろ一本吸いたい、手近なところに引き寄せておくんだったなどと思いながら蒼士にされるがままになった。


「美月……好き……一生好き……」

「ほな一緒に死ねる?」

「うん。どうやって死ぬ?」


 飛び降りだ轢死だ入水だと物騒な計画を話し合っているうちに、僕も一言くらいは言っていいんじゃないだろうかという気になってきて、それでも素直になれなくて、結局こんな言葉で濁した。


「蒼士のこと、嫌いやないで……」

「嬉しい、美月……」


 こんな日々はいつまで続くのだろう。ベッドの枕元に置いたネコのぬいぐるみがじっとりと僕たちを睨んでいた。

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セブンスター・シンドローム・アフター 惣山沙樹 @saki-souyama

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