主人公の幼馴染を寝取る予定の悪役王子に転生したけど、復讐されたくないので絶対に俺は寝取らない!
みつばち架空
第1話 俺は悪役寝取り王子に転生した
「全くお前って奴は何をやらせても駄目だな」
そんな上司のパワハラまがいの言葉を俺は黙って聞いていた。この会社に勤めてはや八年。上司の罵声はもはや自然音のように俺の鼓膜を通過していく。
(ああ、早く帰ってドラゴニアタクティクスの続きでもしてぇなぁ……)
上司から説教を受けている間もそんなことばかり考えてしまう。そんなこと言うと俺がダメ社員のように聞こえるがそうではない。
この会社では部下の成果は上司の手柄となり、上司の失敗は部下の責任とされる。今回も当の上司の失敗を当てつけのように叱責されているのだから、まともに耳を傾けても仕方がないのだ。
今日もぼやっと突っ立っていたのだが、妙なことが起きた。真っ赤な顔で声を上げる上司の顔を見ているうちに、視界がぐにゃりと歪んだのだ。
なんだ?まだそこまでの年じゃないってのに脳管でもぶちぎれたか?そんなことを考えているうちに、気づくと俺は奇妙な世界に立っていた。
いや奇妙だと思ったのは最初の数秒だけで、一気に自分の立つ世界を理解する。どうも俺は異世界に来たらしい。
そして、ここは俺がずっとはまっているドラゴニアタクティクスの世界だ。典型的な中世RPGの世界観を持つゲームで、騎士や冒険者の格好をした男女の姿が目に入る。
すぐに気づいたのは、目の前にゲームの主人公であるリークとその幼馴染のティナがいたからだ。リークは辺境に貧しい領地を持つ若き伯爵。ティナはそのリークを甲斐甲斐しく支える美しい娘だ。
それにしても推しのティナは可愛いなと思っていると、当の彼女は俺に向かって敵意丸出しで言った。
「マクラーレン王子。これ以上リークを邪魔するのはおやめ下さい」
「邪魔?」
「ですからリークをこれ以上、いじめないでもらいたいのです」
ティナのその言葉でようやく理解が追いついた。そうか転生は転生でも俺はこのゲームの悪役貴族であるマクラーレン王子に転生したと言うわけか。
数多くのゲームをやってきた俺にとってもマクラーレン王子は最低最悪のキャラクターだった。身分が低い立場ながら天性の能力でのし上がっていく主人公をあの手この手で妨害するのはまだいい。罪のない村を気ままに焼き討ちしたことも多めにみる。さらに主人公の親を殺害した首謀者だったというのもこの際許そう。
最低なのは主人公の最愛の幼馴染であるティナをマクラーレン王子は寝取るのだ。
主人公のリークは幼馴染を寝取られたことに憎悪し、マクラーレン王子に復讐することを誓う。結果的にマクラーレン王子の許嫁、妹、姉、母親に至るまで支配下に置き、非道を尽くすことで復讐を果たすことになる。
ただしどれだけ復讐をしようが俺の心は晴れなかった。俺は別にマクラーレン王子の母親なんかと深い関係になりたくなかった。幼馴染のティナがいればいい。それだけで良かったんだ。
もちろんティナと復縁することは可能だ。だけれども、マクラーレン王子に初夜を奪われた事実には変わりがない。
俺がクリア後もドラゴニアタクティクスをプレイし続けているのもこれに理由がある。なんとか寝取られルートを防ぐ方法はないかと思い、再プレイしてしまうのだ。ネットの情報を見ればそんなことは無理だってわかっているのに。
そして目の前で、あれだけ大事に思っていたティナが主人公を庇っている。俺がティナというキャラクターを推していたのもこの性格にある。どんな時も主人公を一番に考え、大事に思う優しい性格。
ティナの健気な様を見ていると、俺の口からは自然と本音が出ていた。
「わかったよ、ティナ。これ以上リークをいじめたりしないよ。リーク、今まで悪かったな。二人で仲良くやれよ」
俺がマクラーレン王子なら話がはやい。自分から身を引けば、NTRルートが起きるわけはないのだ。なぜだかティナはその後も何か言いたげな様子だったが、俺は配下の騎士を引き連れて二人から離れていった。
その後の俺の気分は晴れやかだった。なんせ悪役貴族といえど、身分は高く、毎日楽して暮らすことができるのだ。
ゲームプレイ時はティナほどの推しではなかったが、マクラーレン王子の許嫁であるマリー・フォワードは絶世の美女。前世で女性と付き合える機会が皆無だった俺にとっては夢のような生活だ。
実際、転生してからというものの夜な夜な許嫁であるマリー・フォワード令嬢を部屋に呼びつけてはベッドインする日々だ。十八歳の絶世の美女を毎日抱ける生活は控えめに言って最高だ。
転生前の王子はよほど性格が悪かったらしく、普通に接しているだけでマリーは涙ながらに「お優しくなられて」と喜んでくれる。
ちょっと頭を撫でてやるだけで、歓喜の表情を浮かべるのだから可愛くて仕方ない。時間が経つほどにリークやティナのことなど忘れてしまい、俺は美しい許嫁と幸せな日々に満足して暮らすこととなった。
この幸福な生活がずっと続けばいい、そう思っていたのにあの悪名高いイベントが起きようとはこの時の俺は想像もしていなかった。
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