第2話 なんで NTRイベントが起きるのだろう

 それは晩餐会のこと。大広間には名だたる貴族たちが酒を飲みながら談笑する風景が広がっている。

 その風景を見て俺は不意にゲーム内のイベントを思い出した。なるほど、いよいよこの日が来たというわけか。


 そう、忘れもしない、本来なら今夜、俺こと悪役貴族マクラーレン王子がティナを寝取ることになるのだ。晩餐会の面々に目を向けると、リークとティナの姿もある。


 固定イベントなので成り行きは毎回同じだ。マクラーレン王子に薬を盛られたリークは深い眠りについてしまう。その間にティナは巧妙にマクラーレン王子の部屋に誘い込まれ、無理やりに寝取られてしまうのだ。夜深く、目を覚ました主人公はティナを探し、偶然二人が交わっている姿を目にしてしまう。


 ドラゴニアタクティクスのプレイヤーをどん底に叩き落とす悪名高いNTRイベントである。


 もちろん、今夜はそんなこと起きはしない。だって俺はリークに薬を盛れなんて指示はしていないし、そもそもティナとやる気もない。主催者としてそつなく晩餐会を終わらせたい、それしか考えていないのだ。


 だからいつものように俺は席を回りながら、何人もの貴族と談笑して過ごした。会社員時代に培った接待技術を応用して対応すると、配下の貴族たちは皆一様に目を輝かせてくれる。


「マクラーレン王子はお変わりになった」

「私たちのような下級貴族にまで気を使われるなんて」

「この王子が王になるならこの国の未来も明るい」


 マリーによれば俺の評価は鰻登りで上がっているらしい。まぁ以前までのマクラーレン王子がどれだけクズだったってことだけど、臣下たちから評価されるのは実に結構なことだ。


 今宵の晩餐会も何事もなくすぎていく、そのはずだった。晩餐会の会場の雰囲気が突然一変した時、俺は呆然とその光景を眺めることになった。


 ゲーム内で何度も見た光景。リークが真っ青な顔をして地面に倒れている。


 その様子を眉を顰めて眺める参加者たち。ヒソヒソと粗野な行動を非難する声が耳に入ってくる。


 俺はというと何度も見てきたこの風景に焦るしかない。


(なんでだ? 俺は何もしていないのになんでリークが倒れるんだ?)


 脳裏には何度やってもNTRルートが防げなかった悪夢が蘇る。まさか、どうやってもこのイベントは防ぎようがないのか?


 俺はマリー・フォワードと一緒に過ごすうちに、彼女のことを愛すようになっていたし、別の誰かと寝て彼女を悲しませたくない。何より、主人公の復讐心を焚き付け、許嫁のマリーが奪われるなんて死んでも嫌だ。


 頭が真っ白となった俺は人の目がリークに集中しているうちにこっそり晩餐会から抜け出した。この場を離れればあのイベントだって起きないはず。


 俺は城でも人気のない内庭に向かった。ここで、晩餐会が終わるまでやり過ごそう。マリーがいたらいいのだが、彼女は親のフォワード公爵領に帰っていて不在だ。


 自分の部屋にいたりしたら、命令もしていないのに配下たちがティナを拉致って俺に献上するなんてこともありうる。二人きりになったら最後、リークは寝取られたと思って俺に復讐することだろう。


 寒い夜風に一人耐えながら、時間を過ごす。今晩が何事もなく終われば、俺の未来は安泰。早くイベントよ終われ、それだけを願っていたが女の声がして俺はびくりとした。


「マクラーレン様」


 恐る恐る声の方を向くと、ドキリとするほど魅力的な女が立っていた。俺を一心に見つめるのはティナだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る