没落貴族の善行(予定)

束白心吏

没落貴族の三男坊が冒険者を始める前日までの話

 家が没落した。

 そんな知らせを聞いたのは、冬の寒さも和らぎ始めたある休日の朝のことだった。

 詳しく聞けば、どうやら次期当主であるビリー兄さんが何かの手違いで不正を露見させてしまったとか何とか。

 ……不正って何やってたの親父達。

 その不正がなんか重罪だか何だかで、親父とビリー兄さんに実刑が処されかつ財産と共に貴族位返上。僕は運悪く巻き込まれて平民落ちと呼ばれるものを体験してしまったわけだ。お陰で通っていた魔導学園は中退を余儀なくされて、現在は途方に暮れ……られる時間もなく。王様の慈悲もあって僕の持ち物までは奪取されなかったので、僕は現在、実家に戻って自分の物を回収をしていた。

 とはいえ――


「無趣味、かぁ……」


 三男坊として兄さん達よりは自由に、されど最低限の貴族としての嗜みはあるとはいえ、持ち物としてまとめられたものは数日分の質素な着替えと魔法の教科書のみ。許婚……いや、元許婚にもよく言われたものだ。「もっと周りを見ろ」と。まあ別の意味も含まれてたんだけど。

 態々買ってきたブリーフケースと呼ばれる鞄の半分も埋まってないことに苦笑しながら口を閉めて元より何もない自室を出た。


「お帰りになっていたのですな。坊っちゃん」

「! ホフマン……いや、ホフマンさん、かな」


 廊下を歩いているとすぐ、皺ひとつない燕尾服を着てびっしりと背筋を伸ばしている執事――ホフマンと会った。

 幼い頃から我が家に使える老執事は、僕の魔術の師匠でもある。貴族位こそないけれど、格というものが個人個人で定められてあるのなら、明らかに上の人物になるだろう。


「いいえ。ホフマンで構いません。例え貴族でなくとも、坊っちゃんは坊っちゃんですからな」

「そっか……っと、ただいま。まあすぐに出るけどさ」

「お帰りなさいませ――ところでですが、坊っちゃんは学園を自主退学したと聞きました。どこか行く当てはあるのですか?」

「……ないな」


 ホフマンに言われ改めて考えてみると……行く当てと表せる場所は特にない。

 パッと思いつく限りでも、幾つか寝泊まりさせてくれる場所はあるかもしれないが、そのどれもが貴族として培ってきた縁からくるもの。没落貴族の子ともなれば、余程のお人好しか政治的価値がなければ受け入れなんてしてくれないだろう。

 それをお見通しだったのか、ホフマンは「だと思っておりました」と苦笑気味に言う。


「キース坊っちゃんから心配の手紙が届いておりました。『困ったら頼ってくれ』と」

「そうか」


 キース兄さんなら言いそうなことだ。

 しかしキース兄さんの世話になる気はない。邪険にされないだろうが、兄さんの負担が増えるだけになるのは目に見える。


「一つ提案なのですがな。冒険者、になってみるのは如何ですかな?」

「冒険者?」


 ホフマンの口から出た意外な言葉に思わず聞き返す。

 冒険者……まあ言ってしまえば、何でも屋な傭兵だ。冒険者ギルドという大きな組織の実行部隊と言ってもいいか。

 小さな街、それこそ村であっても、場所によっては支部のある組織だ。幅広い人材を募集してることも有名だし、人によっては大出世の足掛かりにもなる。

 僕の家が統治していた街でも、魔物の間引きの際にはお世話になっていた。


「しかし僕は戦闘なんてからっきしだぞ。魔法は使えるけど、魔物と対峙なんて怖くて出来ないだろうさ」

「何も冒険者の仕事は魔物の討伐だけではありません。怪我人の治療や掃除、変わったものではお店番なんて依頼もあります」

「! 噂に何でも屋と聞いていたが、そこまでやるのか」

「やらないのは戦争くらいでございます。正直、坊ちゃんは国軍に入るより、冒険者の方が気質的に向いていると思っておりますぞ」


 そうだったのか。


「それにしても、ホフマンは詳しいな」

「こう見えて、前職は冒険者でしたからな」

「そうだったのか! いや、でも納得だ」


 実はホフマンは僕の魔術の師匠でもある。その腕は非常に優れたもので、正直こんな弱小家の執事をやってることに疑問を覚えたこともあったけど、それで少し納得した。


「しかしどうして冒険者から執事になったんだ?」

「旦那様……いえ、先々代からスカウトされたのです」

「凄いなお爺様……」


 主に見る目が。

 そう言えば武功も立ててた気がする。僕が生まれた時には昇天してたから顔は飾られてた絵画でしか知らないんだけど、とても巧みに魔法を使ったらしい。

 というかお爺様って現役引いたの20年以上前だった筈。そんな昔からホフマンは仕えていたのか。


「ええ。本当に凄いお方でした……というのはさておき。よろしければ一筆、推薦状を書かせていただけませんか」

「いいや。そこまでしてもらうのは……」

「いいのです。どうか爺のお節介だと思って、貰って行けばいいのです」


 そういうホフマンに更に遠慮の意を伝えようとすると「坊っちゃんも貴族社会で縁の大切さを学んだかと思ったのですがな」とギリギリ聞こえるくらいの声量で呟かれる。

 ぐ……確かに知っている。嫌と言うほど味わったが……っ!


「貴族も冒険者も、所違うだけで社会の枠組みの範疇にあることに変わりありません。外見は違えども、中は似たり寄ったりですぞ」

「……わかったよ」

「では、今日は私の家に泊まって行ってください。久々にエレノアも会いたがっていましたからね」

「む。そう言えば元気しているか」

「それはもう。学校の成績もすこぶるよくてですな」



 少し本筋から逸れた会話もしながら、その日はホフマンの家にお邪魔し、食事から寝床まで提供してもらった。ありがたいことだ。

 明日から頑張らないと……と考えながら与えられた部屋でくつろいでいると、扉がノックされた。ホフマンだろうか。

 扉を開けてみれば、予想は大きく外れ。僕より頭一つ分くらい背の小さい女の子が立っていた。


「イアン様!」

「がはっ!」


 女の子は僕が扉を開けた途端に突進もかくやと言わんばかりに抱き着いてきて、思わず尻もちをついてしまった。


「ああっ! ごめんなさい!」

「いいよいいよ……久しぶりだね。エレノア」

「はい!」


 相変わらずお転婆は治ってないのか、上目遣いで泣きそうな表情をしていたエレノアは、すぐにギューッと僕の身体に抱き着いた。


「ちょ、エレノア!?」

「うううぅ……フィリップ家が取り潰しされると聞いてっ! イアン様が魔導学園を退学なされたと聞いて一時はどうにかなりそうでしたが、元気そうで良かったですぅ!」


 ガッツリ胸に顔を埋めて、少しくぐもった声が響く。

 僕は僕で混乱状態だ。女性に抱き着かれたのもだし、泣かせてしまったことでもだし……思考もごっちゃになってきた。 


「ホッホッホッ。大きな音がして何事かと思いましたが、お邪魔しましたかな」

「ホフマン!? いや、邪魔じゃないし助かった……というか、それ」

「はい。ギルドへの推薦状になります」


 どうにか起き上がり――しかしエレノアは右腕ごと胴体に抱き着いている――占有されていない左の手で、ホフマンから推薦状の入った封筒を受け取る。その間際。


「孫娘のことも、よろしくしてよろしいですかな?」

「ホフマン……それは笑えないぞ」


 没落した僕の新生活は波乱の予感と共に始まり出したのだった。

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没落貴族の善行(予定) 束白心吏 @ShiYu050766

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