Episode 6 【碧-Ao-】

#42

 暫くの間続いていた穏やかな気候が少しだけ熱を帯び出した、日差しが強い昼下がり。

 ルナは構造上伝達しづらい身体で、宝石達や生物とは違って寒暑の感知が鈍い。

 魔石となったコアのおかげで多少の感覚が生まれてからは嬉しくなる反面悲しくもなっている。

 ルナはふと交易が始まったあの時を思い返していた。

 あの日以来、週一のペースで蛍吾が遊びに来るようになった。

 普段は徒歩で、交易の時期になると荷車を運んでやって来る。



『ルナちゃん、本っ当にごめん……。またスピーダーを落としちゃったみたいなんだ』


『えぇ!? 今度は何処で無くしたの?』


『橋を渡る手前で気付いたんだ……。家を出た時は確かに付けてたんだよ……』


『もー! 手首に付けてるのにどうやって落とすんだよぉ……!』



 ルナが頭を抱えながら探しに行く光景が何度もあった。

 それに引き替え、三人の魔法が付加エンチャントされた魔導コンパスは一度も無くしていないらしい。

 瑠璃の魔法の効果が大きいと思われる。

 ――スピーダーにも瑠璃の魔法を付加エンチャントしたいところだけど、魔晶石は脆いから錬金術で作ると壊れちゃうんだよなぁ……。

 スピーダーの制作方法は錬金術とは別物で、魔晶石に直接魔法を注いでいる。

 ルナの風魔法が付加エンチャントされている為、魔晶石の脆さから一種類の魔法が限界だ。

 過去に何度も挑戦したが上手くいった試しがない。



「あ、そうだ!」



 ルナはふと思い立って魔力感知能力を発動し、宝石達の居場所を確認する。

 蛍吾は先程帰ったばかりで、はやては現時点では居ない。

 藍凛あいりは赤屋根倉庫、瑠璃はおそらく図書室に居る。

 ――黒斗はいつもの修行に行ったみたいだけど、この様子だとすぐ帰ってきそう。

 玄関前のテラスに腰掛け、記憶を整理しながら黒斗の帰りを待った。


 あの後も師匠であるソレイユの魔力を探し続けてはいるが、一向に見つかる気配がない。

 広範囲を駆け回っても見つからないのであれば、人の住む街に居る可能性も十分考えられる。

 一人で行くのは不安だが幸いここには翔平と蛍吾がいる。

 気乗りはしないが探しに行くとすれば次の交易についていくしかなさそうだ。



「おっ」



 考え事をしながら水車のある方向を見ると、黒斗とあおが戻ってくる姿が見えた。

 二人の仲むずまじい様子は遠くから見ても解ってしまうほどだ。

 ――本人が望んでいる事とはいえ、ボクだってもっとあおと一緒に過ごしたいんだけどなぁ……。

 ルナにとって、あおは初めて出来た友達だ。

 アトリエの代表者として振る舞う事になってしまったとはいえ、もっと友達らしい事をしてみたい。

 その想いは魔力を注がれてからの変化を気付かせられる瞬間でもある。

 複雑な感情を抱いてしまう程に、ルナにとっては大切な存在だ。

 それでも彼女が笑っているとルナも嬉しくなるのだ。

 暖かい日陰と緩やかな風が、機械の身体であるにも関わらず、彼女に心地良さを与えてくれる。

 ルナはちょっぴり嬉しくなりながらぴょいっとテラスから飛び降りると、二人に大きく手を振ってみせた。



「ねぇ、黒斗。ちょっと頼みたい事があるんだ」


「へ? 何?」



 キョトンとした顔で黒斗は立ち尽くしている。

 彼は出会った頃と比べてもここでの生活にだいぶ馴れてきている。

 誰かとぶつかりそうになったものなら過剰に怖がって逃げ出していた頃とは違い、今では多少当たっても気に留めなくなった。

 修行の一環である瞑想が警戒心を解いた――可能性はあるが、実際のところはルナでもわからない。

 危険を察知すると逃げ出してしまう所は相変わらずだからだ。



「あのね、今後の話なんだけど、修行のついででいいから《無属性クリスタル》と《魔晶石》を集めてきて欲しいんだ」



 ルナは小さな魔導具をポシェットの中から取り出した。

 首に下げられる程の長い紐が付けられた無属性クリスタルの中心には虹色の魔晶石が埋め込まれている。



「これ。って言うんだけど、魔晶石と無属性クリスタルの両方を見つける事が出来る魔導具なんだ」



 魔晶石とは大地が宿す無属性魔法が結晶化したもの。

 その結晶が成長し大きくなったものを無属性クリスタルとルナ達は呼んでいる。

 クリスタの宝石コアである光属性の水晶とは全くの別物なのだ。



「だけどその無属性魔法ってのが厄介でさぁ。どうしてだかわからないけど、魔力感知能力では感知しづらいんだよ。その為のこの探知機なんだ」



 黒斗は渡されたそれをまじまじと見つめていた。

 魔晶石、元い無属性クリスタルに近付けば近付くほど輝きが強くなる。

 一度実践してみるのが良いとルナに提案され、あおとはここで別れ、早速西側の森の奥へ向かう事になった。



「まずは魔導探知機を魔力感知で視て欲しいんだ。無属性クリスタルと魔晶石を合成した物だから強く視えるハズなんだけど……」



 黒斗は言われた通り魔力感知能力を発動させる。

 今まで視てきた魔力とは違い、ルナ達や魔獣達よりも明らかに弱い――と言うより大地の魔力と似たものに視えるので、ルナが苦労をして集めていると嘆いているのも頷けるほどだ。



「つまり、これより弱いって事?」


「うん。感知しづらいってのはそういう事」



 二人は歩きながらやり取りをする。

 弱い魔力であるが故、ある程度近くまで行かないと見つけにくいという。



「そこで登場するのがこの探知機! これと魔力感知能力を合わせて探していくの!」



 そうして先日探知機で見つけたという場所へと辿り着いた。

 ここは所謂、森特有の代わり映えのない景色が広がる場所。

 黒斗が初めて外で修行をした場所――地図で例えると折れた大木がある場所から南東側に位置する。

 ここから先は黒斗に探してもらう流れのようだ。



「これが中々に難しくてさぁ。人間が使うダウジングみたいに動いてくれないから、光の強弱を頼りにするしか手段がないんだよねぇ……」



 ダウジングも合わせて合成すれば探しやすくなるかもしれないと独り言を零している横で、黒斗は南西方向を真っ直ぐに視つめている。

 何も言わずにそのまま歩き出したので、ルナは慌ててついて行った。

 ルナの魔力感知能力で視る限りでは、宝石達を見つけた時と同じく広範囲に薄らと反応があるように視えていた。

 だからこそ迷うことなく進んで行く姿を目の当たりにすると不安になってくるのだ。



「ねぇ、まさかとは思うけど何処にあるのか視えてる……?」


「え、うん」



 黒斗の言葉がルナの心を貫いた。

 それから十分も経たない内に魔導探知機が淡く輝くと、彼は無属性クリスタルを意図も簡単に見つけてしまったのだった。



「ボクより見つけるのが早いなんてムカつくんだけど!!」


「んな事言われてもさ……」



 ルナは頬を膨らましてあからさまな不機嫌顔を決め込んでいる。

 彼が魔力感知能力を習得する前から器用さを何度か垣間見ていたが、習得後は更に磨きがかかっており、魔力感知の正確さはルナを上回っている事実を思い知っていたので、不服ではあるが認めざるを得なかった。

 それを踏まえた上でこうも簡単に見つけられてしまっては師匠としての立場が危うい。

 地団駄を踏むルナを見ている黒斗がいたたまれない気持ちになって視線を逸らしている姿があった。


 その後も探し回った結果、無属性クリスタル二個、魔晶石十数個を手に入れる事が出来た。

 双方とも、どちらかと言えば生え方も取り方もキノコに似ている。

 一箇所に沢山あるわけではないが、草木に沿って生えているおかげで誰かが来ても踏まれる可能性は低いだろう。

 想像以上の収穫だとルナは大袈裟だと思えるくらい喜んでいた。

 先程の不機嫌な彼女とは打って変わり、帰りはご機嫌な様子でスキップをしながら口ずさんでいる。

 何事もなく帰路に着く二人はあっという間にアトリエに到着したのだった。

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機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~ 綿飴ルナ @rapiAsagi

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